2003
12.12

グルメに行くばい! 第20回 :蒸しキャベツ

グルメらかす

丸元淑生さんの本を読みあさった。
丸元さんが紹介している料理は、すべて作ってみようという気になった。
作るには道具がいる。道具もすべて紹介してあった。

ある休日、意を決して、名古屋・栄の三越に出かけた。調理道具の買い出しである。1階の化粧品売り場には、美しいお姉さんたちがたくさんいるはずなのだが、わき目もふらず、一目散に、家庭用品売り場に向かった。

(突っ込み) 
俺は究極の単機能マシーンか?

 休日。
デパートの家庭用品売り場。
男1人。
何か、しっくりこない。周りは、家族連れ、男女の二人連れ、数人の女性グループばかり。その中を一人、男が行く。
惨め、ともいえる。

が、こちらには明瞭な目的がある。崩れかかったわが食生活を、見事に復活させるのである。

「これ、可愛くない?」

 「ねえ、このグラスで君とウイスキーを飲んだら美味しいよなあ」

なんて、浮かれているだけで、人生の酸っぱさ、甘さをわきまえない、感じ取れもしない連中とは、が違うのである。
何の恥じるところがあろうか!

が、何となく伏し目がちになってしまうのはどうしたことだろう……。

(余談) 
ま、この歳になって、原宿・竹下通を歩くというのも、相当に違和感のある行為です。
見知らぬ惑星に降り立った宇宙飛行士の心境になるというか、こんなジャリどもを量産するために生きてきたのかという空しさ・腹立たしさを感じるというか……。 

男一人、デパートの家庭用品売り場を歩く違和感とは種類が違うかもしれませんが

 むろん、支払える金には限度がある。いくら必要だからといって、すべてを一挙に買いそろえるのは現実的ではない。必要最低限にとどめなければ、道具はそろったが食材は買えないなどという事態に陥ってしまう。食材が買えなくては、食生活の再構築は夢である。夢であるだけでなく、栄養失調どころでなく、一挙に飢餓状態に陥ってしまう。お酒も飲めなくなる。

まず目指したのは、鍋売り場である。
丸元さんが紹介している料理には、特殊な鍋がいる。

ビタクラフト

という。
アメリカ製の、ステンレス多層構造鍋である。軽いアルミを3層に重ね、外側を丈夫なステンレスでくるんである。熱伝導・保温に優れ、鍋とふたの接触部分に工夫が凝らしてあるため、水なしで、あるいはごく少量の水で、野菜を茹でることができる。水の中に野菜の栄養素が流れ出すことがないので、美味しく、栄養価の高い料理ができる、とある。
だから、

「買わずばなるまい」

と決意したのだ。

売り場を見て回る。あった。「VitaCraft」と書いてある。これである。さすがに百貨店だ。ほしいものがちゃんとそろえてある。

手を伸ばした。伸ばす過程で値札が見えた。手が止まった。目が点になった。直径25cmほどの両手鍋に付いていた値札は、

¥ 24,000

だった。

(注) 
価格は正確ではありません。記憶が曖昧になっているためです。でも、2万円は超えていました。

 えっ、鍋って、980円とか、1280円で売ってるんじゃないの?!
そりゃあ、特殊な構造の製品で、しかもアメリカからはるばる海を渡って運ばれてきたものだから、いくらか割高にはなるだろう。でも、3000円とか、せいぜい4000円とかっていう世界じゃないの?

隣にあるフライパンを見た。こちらは、

¥ 21,000

(注) 
同上。

 宙ぶらりんになった、伸ばしかけた手のやり場がなくなった。

おいおい、たった鍋2つで、何日分の飲み代、食事代が消えるんだ? 5万円近い金があれば、高級小料理屋で美味いものを腹いっぱい食って、ナイトクラブに出かけて色っぽい姉ちゃんと楽しい時間を過ごして、それから……。いずれにしても、この世の楽しみを味わい尽くせるではないか!?

当初の意図通り、この手で鍋をつかんでしまうと、わが財布から、そんな大金が消え去るのである。

To be, or not to be.

日本語で言おう。

どぎゃんする?

様々な思念が脳裏を駆けめぐった。毎月の給料、生活費、日々の飲み代、節約の余地、乏しい蓄え……。
だが、決めた。

買うことにした。
我が家の収入は、私の給与だけである。つまり、私は、我が家における唯一の稼ぎ手であり、唯一、社会的有用労働、交換価値のある労働を提供している大黒柱なのだ。

言い換えれば、我が家の収入はすべて私のものなのである。その収入を、私が必要と思うものに費やして、誰はばかることがあろうか。
それにもまして、私は惨めな単身生活を余儀なくされているのである。家族のことを思えばこそ、過酷な生活環境に耐えて、あまつさえ、自炊の道を探っているのだ。その私に、多少の贅沢が許されてもいいのではないか?
鍋に、多少の贅をこらしたところで、罰が当たることはないのではないか?
単身生活が解消されれば、我が妻が使うことになる鍋だ。多少の投資をしてもいいのではないか?
黙っていれば、ばれることはあるまい?

いずれにしても、買った。
両手鍋と、フライパン、併せて買った。
やけになったついでに、鰹節削りも買った。こいつには1万円近い値札が付いていた。

ふむ、清水の舞台は、限りなく高いところにあるものだなあ。

デパートは、やはり高い。

(後日談) 
私は口が軽い。 

 黙っていようと思っていたのに、次の休みに横浜へ戻ったとき、ペロリとしゃべってしまった。すばらしい機能を持った鍋を発見し、手に入れたことを家族に自慢するつもりだった。

妻は反応した。

「えっ、鍋が2万円?! ねえ、聞いてよ、お父さんは2万円もする鍋を、2つも買ったんだってよ! どうする?」

子供も反応した。

「お父さん、何でそんな高い鍋を買ったの? お母さんは、いつもうちにはお金がない、お金がないって言ってるよ」

全員から袋叩きにあった。

燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志(こころざし)を知らんや 

―へん、おまえらみたいな小物に、俺様の雄大な志が分かるはずがないわい―

私は一人、心の中でそうつぶやくしかなかった。

数年後、東京に転勤になり、鍋は私と一緒に自宅に戻った。
いま妻は、毎日この鍋を使って調理している。
やはり私は鴻鵠であったのだ。

さて、道具というものは、どんなに高価なものでも、どんなに立派なものでも、使わなければただの物である。場所ふさぎにすぎない。

その日から、早速使い始めた。

まず試みたのは、ビタクラフトのフライパンを使った蒸しキャベツである。

ビタクラフトを「IHクッキングヒーター」に乗せ、熱量を最大にする。
30秒~1分ほどすると熱が十分回るので、ここに小さじ2~3杯の水を入れる。ジュッといって、もうもうたる湯気が出る。このときとばかり、ざく切りにした、あるいは手でちぎったキャベツを放り込み、熱量を弱くして蓋をする。あとは1~2分放っておくだけで完成する。

蓋を取り、中身を皿に移して削り節をかけ、ポン酢で味つけしていただく。キャベツの、本当にキャベツらしい味が楽しめる。

畏友「カルロス」が名古屋まで遊びに来たとき、朝食のおかずにこの料理を作り、振る舞った。

(余談) 
畏友「カルロス」の来名については、そのうち本格的に書く機会があろう。 

 それは別として、素人が、料理を始めて1年もたたない男が、プロの料理人に手作りの料理を振る舞う。無謀というか、向こう見ずというか。
が、なかなかに気持ちのいいものである。

削り節、蒸しキャベツ、ポン酢。この三身一体を口に入れた畏友「カルロス」は言った。

「う、うん。いやー、これは凄まじいね

凄まじい、とは、畏友「カルロス」の最大級の誉め言葉である。語彙が乏しい畏友「カルロス」は、ほかに誉め言葉を知らない。

ほとんど水を使わずにキャベツを蒸す。ビタクラフトならではの料理だ。
最初に少量の水を入れるのは、キャベツが焦げ付かないようにするためで、キャベツを蒸す水分のほとんどは、キャベツ自体の中から出てくる。
茹でるのではないから、キャベツの栄養素が周りの水の中に逃げていくことがない。キャベツが含んでいる水分が外に出るから、キャベツの味がコンデンスされ、ずっと濃くなる。おそらく、それが美味しさの秘密である。

(暮らしの知恵) 
少人数でキャベツを食べる際は、キャベツの葉を1枚ずつはがして使います。全体を半分に切ってざく切りするなど大雑把なことをしてはいけません。
キャベツは切り口から傷んでいきます。大人数であれば2、3回で1玉食べ尽くすでしょうから半分に切って処理してもいいでしょうが、少人数の際は切り口が残らないよう、葉をはがして使った方が長持ちします。

ついでながら。レタスも傷みやすい野菜です。こいつは、とがった包丁の先などで芯の部分に深さ3cm~5cm程度の穴をあけ、ティッシュペーパーに水を含ませて詰め込みます。この状態で冷蔵庫に入れておくと長持ちします。

 いずれにしても、私が料理人として高く評価する畏友「カルロス」に絶賛された「蒸しキャベツ」は、やがて、私が客をもてなすときの定番メニューとなった。

最近は、ビタクラフトだけでなく、いろいろな多層構造鍋が出回っている。決して安い買い物ではないが、投資する価値のある道具だと思う。
何かの機会に手に入れられたら、まず、この「蒸しキャベツ」をお試しいただきたい。

と終わろうと思ったら、畏友「カルロス」からメールが来た。単身赴任者用の、簡単で、とびきり美味しい料理なので、日記で是非紹介しろとのメッセージが付いていた。
ご紹介する。

 【簡単鍋】

 材料 
     白菜 :半分(4人分) 
   豚細切れ :400g(バラ肉) 
      酒 :1カップ 
      塩 :1つまみ 
     胡椒 :適宜

 作り方 
 白菜を大きめに切り、土鍋につめます。白菜の隙間に豚肉を詰め、酒をかけ、塩を振りかけます。味を付けるためではなく、白菜の水分出すためですので、ひとつまみで十分です。 
この状態で、中火でじっくり煮ます。

 できあがったら、ダイダイかカボス醤油で召し上がってください!
ビール、日本酒に、実によくあいます。

また、調理に使う酒の代わりに焼酎を用いると、豚肉がさらに柔らかくなります。

お試しください。