2007
01.13

2007年1月13日 ドック入り

らかす日誌

本日、我が愛車がドック入りした。6月に我が家にやってきた、まあ、まだピカピカの新車、同然の車である。いや、あった。それが、どうにも見ていられないほどの傷を負ったが故に、入院したのである。

事故は11日木曜日朝にさかのぼる。
私が会社に出かける準備をしていると、娘が車でで戻ってきた音がした。そこまではよくあることである。トントントンと足音をさせながら2階の居間に姿を現した娘が言った。

「やっちゃったあ!」

この状況で、何を、と聞く必要はない。開口一番のやっちゃったあ、なら馬鹿でも想像が付く。

「どこを?」

 「後ろのドア」

それだけで会話は成立する。

「あら、まあ、やっちゃったの?」

我が妻が、何故か嬉しそうな声を出しながら駐車場に降りていった。間もなく上がってきた。

「まあ、後ろのドアがシマシマね」

この人の感受性には、時折ついて行けなくなる。

どうやら、目的地の駐車場から道路に出ようとして左折した際、ブロック塀に左後ろドアをこすったらしい。

「ひどくか?」

 「ちょっとこすっただけだけど」

失敗をしでかした者は、自らの失敗をできるだけ小さく表現しようとする。どう表現しようと、車の傷が小さくなったり、なくなったりはしないのだが。まあ、その場しのぎの浅知恵ともいえる。従って、この際の

「ちょっと」

をあてにする者は馬鹿である。

駅まで送るよう娘に命じた。

「ええっ、今日はもう乗りたくないよ」

という泣き言は、敢然と無視して駐車場に降りた。おお、やっとる、やっとる! 深いグリーンのドアが、真ん中やや上から地上30cm あたりまで、幅25cm ほどにわたって塗装がはげ落ち、白い下地を露出させておる。被害はドアだけでなく、その下のロッカーパネル、それに左後輪のホイールまで及んでおる。何が、ちょっと、だ、馬鹿者め!

触ってみた。手の感触から判断するに、ドアは幸い、塗装が剥げ落ちたにとどまっているようだった。が、ロッカーパネルは一部が凹んでいる。

娘がキーを持って降りてきた。ヤツが運転席に、私が助手席に乗る。さあ、教育的指導の時間である。

「この傷から見て、お前の運転には欠陥がある。運転中にサイドミラーを見ているか? 特に、障害物があるところで曲がるときは、サイドミラーで車と障害物の距離を見ながらハンドルを調整するのが常識だ。お前はそれをやっていないだろう、馬鹿者!」

いつもなら、

「馬鹿とは何よ!」

と鋭い声が飛んでくるところである。が、この日だけは一言の反論もない。反論できない日、時を選んで説教している私の勝ちである。

人間とは実に面白い生き物である。この事故を起こしたのが私であったら、今頃は後悔の念に苛まれていたはずだ。あの時、なぜもう少し大回りをしなかったのか、サイドミラーを見なかったのは何故か……。そして、飛び去って行く1万円札の群像がリアルに目に浮かんでいたはずだ。
ところが、事故を起こしたのが娘となると、後悔などない。この事故を利用して娘の運転を再教育しなければいかん、と考える余裕すらある。娘に反論を許さない説教ができて快感すら覚えている。傷ついたのは我が車なのだが。

黙りこくってハンドルを持つ娘の運転が、いつもより慎重だったのは言うまでもない。

その車を今日、ディーラーに持ち込んだ。

「あれー、やっちゃったね、大道さん」

担当の武田さんは、なんだか嬉しそうに言った。ひょっとしたら私の気分がそう聞かせたのかも知れないが。

「ドアを塗って、ロッカーパネルは叩いてもらうのかなあ。10万円ぐらいかかる?」

「ダメダメ、これはドアパネル、ロッカーパネル取り替えだよ。ドアはやっぱり凹みがあるよ。叩いても元通りにはならないんだって。それにロッカーパネルはプラだから叩けないの」

修理費は20万円を超えそうだ。車両保険を使うことにした。毎月高い保険料を払っているのは、このようなときのためなのである。こうして、我が車はドック入りした。

代車が来た。見たこともない輸入車だった。

HYUNDAI TB

韓国車である。ご丁寧に、ドアに修理工場のロゴが書いてあった。

しばらくは、正確には、我が愛車がドックから出てくる日までは、車での外出はできるだけ控えたい。
いまは、そんな気分である。