2008
09.19

2008年9月19日 これは……

らかす日誌

当初の計画では、16日からの日誌は抱腹絶倒の読み物、もしくは涙なくしては読めない奮戦記、になるはずだった。ところが、今日までそのどちらも字にしなかった。
しなかったのには訳がある。書きたくても、できなかったのである。
腰痛、が本格化したのだ。

以下、時系列に従ってご説明する。

9月16日
いやあ、前日からルンルンの独身生活が始まった。心地よく目覚めたのは6時40分頃だった。さて、久しぶりの独身最初の朝は心地よく始めなければならない。
目覚めて布団の上で仰向けになり、両膝を立てる。両膝をそろえてまず右に10回倒し、11回目は倒して強くひねり10秒待つ。うん、腰は痛くない。次は左だ。おっ、こちらも大丈夫だ。そうだ、昨日マッサージに行って、寝る前は腰が軽くなっていた。腰よ、お前はもう大丈夫らしいな。
念のため、3セット繰り返す。大丈夫だ。

次は、左足を布団につけたまま、右膝をかけて胸に引きつける。20秒。次に左膝を抱え込んで20秒。3セット。
これもいける。腰は痛まない。よし、もう大丈夫だ。快適な独身生活の幕開けだ!

念のため、そろそろと体を起こして布団に座った。
その時だった。嫌な痛みが腰を走り抜けた。

ウッ!

いかん。また腰が……。

まあ、治りかけなのである。3歩前進2歩後退の時期なのである。これぐらいのことは起きるさ。動いて動けないほどの痛みではないではないか。
気を取り直して立ち上がった。これから愛犬「リン」の散歩である。それに、火曜日は生ゴミを出す日だ。
服を着替え、キッチンに歩を運んだ。生ゴミの袋を取り出すためである。
ビニール袋の先端を縛り、右手で持ち上げようとした。重い。実に重い。先週金曜日に捨てたばかりだというのに、我が家の生ゴミの袋はどうしてこんなに重いのか? 2人暮らしで、どうしてこんなに生ゴミが出るのか?
が重くても放って置くわけにはいかない。捨てなければ、部屋の中が臭くなるだけである。力を込めてぐっと持ち上げた。

「痛てて!」

本格的に腰に来た。これはいかん。また連休中に逆戻りではないか!
といっても、この家にいるのは私だけである。泣こうがわめこうが、助けてくれる者も同情してくれる者もいない。唯一の同居者である愛犬「リン」は、目前に迫った朝の散歩しか頭にない。我が腰の痛みなど、どこ吹く風である。

何とか生ゴミを運び、何とか散歩を終えて自宅に戻った。
さて朝食である。痛む腰をかばいながら、私はキッチンに立った。

ご飯はラップして冷蔵庫に入れてある。これを電子レンジでチンする。簡単だ。

みそ汁は、ダシが冷蔵庫に保管してある。これを1椀分だけ鍋に取り、ガスレンジで加熱する。具は何にしよう? 冷蔵庫を開けたら、食べ残しのちびた大根があった。こいつにしよう。皮を剥いて短冊に切る。ダシが沸騰してきたので、こいつを加える。煮えたら弱火にして味噌を溶かし込む。沸騰する前に火を止める。
最近は、体のためだとかいって、薄いみそ汁を飲まされてきた。違う。みそ汁はある程度濃くないと美味しくならない。味噌をたっぷり溶かし込む。上に載せる油揚げは、切りそろえて冷凍してある。ふむ、ちょいと彩りが悪いな。おっ、ネギがあった。こいつを刻んで入れてやれ。

冷凍庫に塩鮭の切り身があった。こいつはガスオーブンに放り込んで7分間。

ふむ、冷蔵庫に豆腐がある。半分だけ冷や奴で食べるか。あれ、鰹節がないぞ! うーん、こいつもネギを刻んでかけてやれ。

もう1つぐらいないか。あった、あった。食べ残しのニラ卵とじだ。これも電子レンジでチン。

食卓に並べた。なんだか豪華な朝食である。あまり手間のかからない朝食ではあるが、まあ、まだ初日だ。腰は痛むが、まあ、よしとしよう。

念のため、30分腰湯をして会社に出かけた。湯船からあがった後は、腰に冷水をかける。温まった体に冷水をかけると湯冷めをしない。その原理を利用して、腰が温まった状態を少しでも長引かせようとの猿知恵である。

仕事の合間を見て、行きつけの接骨院に行った。ギューギューやられたが、院を出た時は腰が軽くなっていた。やっぱり、腰は治りかけている! もう、一直線によくなるばかりのはずだ。

夜、飲み会。心も軽く、腰も軽く、飲んで食って話した。遅くなって帰宅、就寝。

9月17日
目覚めたのは、7時前だった。まず腰の体操からだ。うん、大丈夫。起きあがる。腰は痛まない。やはり、昨日の接骨院は効果があった。では、犬の散歩だ。
玄関のたたきに座り、愛犬「リン」にリードをつけようとした。その時、来た。
ギクッ!
えーっ、ここまでたどり着いたのに、また戻ってくるのかよ、腰痛が。

手短に散歩を終える。痛む。いかん、これでは朝食の用意ができない。
こんな時に頼りになるのは、何といってもコンビニである。近くのコンビニで巻きずしを買う。これならお茶さえ入れれば食べることができる。朝食自作がとぎれるがやむを得ない。

食事後、腰湯30分。出社前に整体へ。

夕刻、帰っても、夕食はない。会社を出て仲間と軽く食事を取る。そこに向かいながら思いつく。

「腰痛に酒は悪いのではなかろうか?」

歯の治療をすると歯科医はいう。

「今日はお酒を飲まないで下さい。飲むと患部が腫れ上がります」

きっと患部が炎症を起こすというのだろう。腰痛は筋肉の炎症である。であれば、酒はいけないのでは?
そんな話をしながら、生ビールを中ジョッキ2杯。私としては、極めて少ない量である。

早めに帰宅。時間がたっぷりあるので腰湯30分。珍しく10時前に眠くなった。

「こんな時間に寝たら、5時に目が覚めちゃうぞ」

と思いながら、眠気に勝てず寝入る。明日は、腰はよくなっているはずだ。酒も控えたし……。

9月18日
目が覚めたら7時。
おいおい、昨日寝入ったのは10時だぞ。ということは9時間も眠り続けたってことか? この歳になってこんなに眠り続けることができるとは!
ということはあれか? そんなに体が疲れていたのか? それが今回の腰痛の原因か?

目覚め後、ここ数日続けている腰の柔軟体操。痛みなし。起きあがる。痛みなし。愛犬「リン」を連れて散歩へ。玄関でリードをつけるのに細心の注意を払う。痛みなし。よし!

歩き始めた。腰は軽い、軽い、軽い…………、あれっ? 重くなってきた。えっ、少し痛むぞ!
いかん、これはいかん。
16日は布団の上に座った時に痛みを感じた。
17日は玄関で痛みを感じた。
今日は、歩きながら腰が重くなる。痛みも少し出始めた。
目覚めてから腰が痛むまでの時間は、確実に長くなっている。これは改善である。だけど、改善の速度があまりにも遅いのではなかろうか?
私は断固決意した。今日は会社を休む! 徹底的に腰をいたわる!

朝食はコンビニで買ったネギトロ巻きにした。腰湯30分。
近くに住む次女が、今日は我が家に来る日だったので、これから車で迎えに行くと電話をした。

「お父さん、腰は?」

 「うん、まだ治らない。だから今日は会社を休むことにした。休んで整体に行き、自宅に戻ってじっと横になっている」

 「お母さんが、病院に行きなよっていってたよ」

 「俺は腰痛のプロだ。西洋医学では腰痛は治らない。整体に行く」

 「だって……」

「整体だ!」

娘と瑛汰を車で拾った。また娘が話を蒸し返した。

「お母さんが入院してる済生会横浜市東部病院にも整形外科はあるからさあ。お母さんが手続きしておくから来いっていってたよ」

何? 私の了解も取らずに受診の手続きを始めたって!
私は罠にかかってしまった。

「それに、お医者さんにかかると薬も出してくれるし」

逃げ場がなくなった。まあ、確かに妻も娘も私の腰を心配しているのである。心配が行きすぎた行動を引き起こすことは、ままあることだ。仕方がない。事態がそこまで進んでいては2人に従うしかない。
それに、と考えた。ラスベガスの医者の話である。異国で腰痛に苦しむ私に、彼はこういった。

「でね、これからモルヒネを打ちます」

 「ああ、そうか。日本じゃモルヒネってあんまり使いませんよね。ちょっとご説明しておいた方がいいでしょう。腰痛って、腰の骨が痛んでるんではなくて、痛んでいるのは筋肉なんですね」

「で、痛みを感じると、筋肉は収縮するんです。ま、痛みに対して、これ以上の外敵がやってこないように身を固くするとでも申しましょうか。それはいいんですが、筋肉が収縮すると、そのあたりの血管は当然のことながら圧迫されます。血管が圧迫されると血が流れなくなる。ところがね、痛みの原因を取り去るには、患部付近に血液を充分に流してやらなければいけない。血液が流れないと、患部はいつまでも治癒されないままで、痛みは消えません。ね、モルヒネを使う理由が分かったでしょう」

 「ああ、そうですよね。説明が足りませんでした。従って、腰痛を治療するには、この筋肉の収縮を解いてやらなければならないわけです。収縮を解いて、血液が流れるようにしてやる。では、そのためにはどうするか。筋肉は痛みを感じて収縮しているわけだから、痛みを取り去ってやればいいのです。痛みを取り去るのが治療の最初のステップなのです」

済生会横浜市東部病院の医者、モルヒネを打ってくれるかな?

30代の若い医者だった。まず問診である。

「足に痺れはありませんか?」

 「ありません」

 「いつ頃からですか?」

 「さて、もう2週間近いと思いますが」

私の腰のあたりを触った後、彼はいった。

「では、ベッドに仰向けになって下さい」

仰向けになると、片足ずつ持ち上げさせたり、膝の下を叩いたりして検査をしていた。終わると、

単なる筋肉痛だと思いますが、念のためにレントゲンを撮りましょう」

撮った。見ながら医者が言った。

「年齢相応の変化はありますが、骨格には異常ないようです。筋肉痛です。鎮痛剤を出しておきます」

肝心の質問をするのはこのタイミングしかない。

「先生、モルヒネは打ってもらえませんか?」

 「モルヒネ? 打ちませんよ、そんなもの

「でもね、ラズベガスで動けないほどの腰痛になった時、アメリカの医者はモルヒネを打ってくれたんですよ。そしたら、それまで動けなかったのが歩けるようになり、翌日は飛行機に乗って日本に帰ることができたんです。モルヒネは腰痛に効きますよ。できればモルヒネを……」

 「そんなことはしません!」

彼は私を、モルヒネ中毒患者とでも思ったのか?

「鎮痛剤です。1週間分出します。もし、それでも痛みが強い時は、座薬を5回分出しますので使って下さい。鎮痛剤は1日3回まで。座薬は1日1回までです。守って下さい。それに、再診の必要はありませんから」

こうして私は診察室を追い払われた。これにかかった費用は6090円。薬代が860円。
我が腰痛が単なる筋肉痛であるとの私の主張が客観的に証明されたことは喜ばしいことである。しかしながら、その喜びは6950円に匹敵する喜びなのか?
6950円も出せば、整体には12開回通えるのだが……。

昼過ぎに病院を出て帰宅。昼食後、さっそく痛み止めを飲む。できるだけ椅子に座らず、布団や床でゴロゴロする。これが、腰が最も楽な姿勢である。

夕方、瑛汰と入浴、腰湯30分。節酒してビール1本。痛み止め。その後もゴロゴロを続け、この日は我が家に泊まった次女と瑛汰が寝室に消えた10時には布団に入る。

「昨日9時間も寝た。今日は眠れるだろうか?」

との危惧からメラトニン1錠飲む。
そうそう、せっかく医者が出してくれたのだ。座薬を試してみないという手はない。
就寝前、冷蔵庫から座薬を1錠取り出し、挿入。挿入という言葉がぴったりするような感触で、ヌルリと我が体内に収まる。この感じ、病み付きになるかなあ……。
直後、排便欲求に似た感触起きる。普段なら、トイレに駆け込めばよい。が、

「お前は外には出さん!」

踏ん張る。

11時半、眠気。えっ、9時間も寝たのに? と思いながら入眠。

やっと9月19日
6時40分目覚め。9時間の次の日は7時間の睡眠。そんなに疲れていたか?
腰の柔軟体操。起きあがっても腰は何ともない。
今朝は娘がいる。

「犬の散歩はいいからね」

と昨日いっていた娘の言葉に甘え、1階の新聞受けから新聞を取り、2階の茶の間で読む。そのうち娘が起き出してきて、朝食を準備する。瑛汰は3階の寝室でまだ寝てる。
7時20分ごろ瑛汰の鳴き声が聞こえた。目覚めたら母親が隣にいないためである。私が3階に駆け上がり、抱いて2階へ。ん? 腰が痛くない! 座薬が効いたか? 挿入の効果か?

朝食後、腰湯30分。瑛汰も入ってくる。朝から水鉄砲で遊ぶ。

娘が川崎駅まで送ってくれる。新橋で降り、今日も念のため整体へ。11時半に会社に着く。椅子に座っても、前々日までのような腰の不快感がない。どうやら腰痛も峠を越したようである。

夜は次女一家が来ていた。瑛汰を含めて4人で食事、次女の旦那とビール2本半。
7時半頃彼らは帰り、私は1人暮らしに戻った。

楽しみにしていた独身生活はなかなか実現しない。

 

とうわけで、日々の報告が遅れました。腰痛も峠を越したようなので、久しぶりにパソコンの前に座り、本日までの経過をまとめました。
もう腰も大丈夫でしょう。明日からの奮戦にご期待下さい。