2009
09.06

2009年9月6日 疲れた

らかす日誌

引っ越しが、…………終わった。
やっと終わった。
曲がりなりにも、終わった。
今日の午後までかかった。

前回書いたように、家財道具を箱詰めし、運んで荷ときし、指定した場所に納めるまで、すべて引っ越し会社に頼んだ。転居からわずか5ヶ月で引っ越ししなければならないのは私が奉職する会社の不手際である。すべての費用を会社で負担せよと主張し、認められたことは前回報告した。
実際、その通りに作業は進んだ。

2日午後から箱詰め作業が始まり、3日は朝9時過ぎに箱始まった詰めが午後1時頃までに終わり、昼食を挟んで2時半には新居に荷物が運び込まれ始めた。

「サイドボードはここ」

 「食器棚は2階に運んで」

 「これはテレビの置き台だからリビングに。キャスターが付いているからどこでもいいよ」

と指示を出すのが私の仕事である。テキパキと指示を出し、テキパキと作業は進んだ。引っ越し会社の人たちが戻っていったのは午後6時頃だった。とりあえず一段落だ。

我々、つまり、私と妻、手伝いに来た次女と、邪魔をしに来た瑛汰の4人は、それから食事に出るはずだった。ところが、妻が

 「足が痛くて動けない。食欲もない。リン(我が家の愛犬)がまだ家になじんでないので、置いていくのは可哀想だ」

との主張をはじめた。引っ越しの最初の犠牲者である。
仕方なく、私と次女、瑛汰の3人で、歩いて30秒のイタリアン・レストランに行った。
注文し終わると、瑛汰が

「うーん、なんだか眠い」

と言い始めた。そりゃあそうだろう。3歳になったばかりの瑛汰は、引っ越しの喧噪に興奮し、とうとう昼寝をせずに夕食の時間を迎えたのである。耐えられないほど眠くなって当然の時間なのだ。
が、夕食抜きで寝られてしまっては、健康が心配だ。

「瑛汰、ご飯食べたら内緒でアイスしようか?」

常日頃、次女の厳しい監視のもとでアイスクリームを食べる機会をなかなか許してもらえない瑛汰は、アイスのひと言に弱い。さらに、内緒、という秘め事にも多大なる関心を示す。

「ママ、ママ、瑛汰、ご飯食べたらママに内緒でアイスするの」

告げてしまっては内緒事ではなくなるのだが、内緒、の語感がお気に召している瑛汰は、ひるむことなく、隠さねばならない相手にも内緒の中身を告げる。

とだましだまし、瑛汰に食事をさせた。が、アイスの時間が来る前に瑛汰は限界を迎えた。

「いいから先にかえって瑛汰を寝かせなさい」

私の指示に従って次女は瑛汰を連れて新居に戻った。私は、1人で生ビールを飲み、パスタを口にした。なかなかステキな、引っ越し初夜だった。

金曜日。当初は仕事に出る予定だった。が、新居の状況を見ると、とても仕事に出られそうにない。とにかく、必要なものがどこにあるのかわからない。荷ときまでやってもらったとはいうものの、やってくれた人たちは同居人ではない。段ボールから出てくる家財道具を、多くは指示に従って収納してくれたのだが、指示を仰がずにやってくれた仕事もたくさんある。こちらがてんてこ舞いして指示を出せなかったこともある。特に指示を仰がずともいいと彼らが勝手に判断したこともある。
とにかく、

「あれはどこ?」

の連続なのだ。特に、新居の一角が事務所になる以上、事務所部分だけでも必要なものがすぐに取り出せる状態にならなければ仕事にならない。が、引き出しをあけると、

「何故、これが、ここに?」

の連続なのだ。秩序を取り戻すには時間がかかる。

新居に必要なものもの多数あった。たとえば、物干し台。この家には、ベランダがあるのに、物干し竿をかけるところがない!
ホースをつなぐための水道の蛇口、両面接着テープ……。
朝から、次女と瑛汰を連れて、太田市のジョイフル本田まで出かけた。車で走り出して間もなく、瑛汰は

 「瑛汰、眠たい」

と眠り込んだ。前日の奮闘の後遺症である。すっかり寝入って起きない瑛汰を、私はジョイフル本田で抱き続けた。抱くだけではない。歩き回って必要なものを集めるのである。腰が痛み始めたが、だからとって瑛汰をそのあたりに捨てていくわけにもいかない。瑛汰の重さは、命の重さである。腰の痛みは生きて老いたことの証である。
しっかりかみしめねばならない。だが、腰は痛い……。

自宅に戻って相変わらず屋内整理、それに買い物、物干し台の組み立て(プラスチック製の台座に砂を入れ、水を注ぎ込む。やってみればわかるが、なかなか大変な作業である)。
こうして金曜日もつぶれた。

土曜日、朝から屋内整理に追われ、蕎麦の「まるたや」で昼食。次女と瑛汰は4時過ぎの電車で横浜に帰った。
夕食を終え、仕事でお世話になった方に手紙を書かねばならないことを思い出した。その方の住所はノートに控えてある。
自宅内の事務所に行ってノートを探した。ない。バッグを開け、引き出しを探り、本棚を点検した。ない。

「おい、俺のノート知らないか?」

妻に聞いた。

「知らないけど、そういえば瑛汰がノートを持ってたわねえ」

瑛汰。3歳。ボスが持っているものがまぶしくて仕方がない年代なのだろう。私のものを次々をさわる、もてあそぶ。それがノートにまで。

探す。ない。もう一度探す。ない。念のため探す。ない。

「まあ、いいか。この家から出たはずはない。ゆっくり整理すれば出てくるだろう」

結局、ノートが出てきたのは今日の午後である。和室につながる縁側に置かれていた。

とまあ、てんやわんやの引っ越しであった。テレビ、DVD、ブルーレイ、デジタルビデオデッキ、オーディオの配線もすべて終えた。
引っ越しは終了である。

とはいえ、後遺症はある。

左肘。また痛みが強まった。
何故か、ふくらはぎがパンパンだ。ふくらはぎに負担をかける姿勢を続けたか?
リビングとダイニングが別になっているため、新しくテレビを買わざるを得なかった。東芝REGZAの32インチ、6万9800円。
坂の途中にあったこれまでの家から平地に移ったため、妻が自転車を買った、1万4500円。妻は自転車に乗るのではない。自転車を押して買い物に行く。近くのスーパーまで500mほどの道のりである。まあ、自分の足で歩き、買い物をしようという心意気はいい。

いずれにしろ、私はなすべきことを完璧になした。明日からは、暮らしが普通に戻るはずである。