2009
10.05

2009年10月5日 握力

らかす日誌

お手元に、我が愛するThe Beatles の セカンドアルバム、WITH THE BEATLES はあるだろうか? アナログ盤をお持ちの方はターンテーブルに乗せて針を落とし、 CDでお持ちの方はプレーヤーのトレーに入れて、ぜひ3曲目を聴いて頂きたい。

Close youe eyes, and i’ll kiss you
 Tomorrow I’ll miss you

というポール・マッカートニーの伸びやかな声が流れてくるはずである。All My Lovin’。理由は不明だが、愛しい恋人のもとを離れてどこかに行かねばならない若者の恋心が、切なく歌い込まれている。
真摯な若者は、決して

「てめえ、浮気なんかするんじゃするんじゃねえぞ!」

などという下卑たことはいわない。切々と、

「離れたって、僕は君のことを愛してるからね。毎日手紙を書くし、女なんて近寄せもしないから」

と訴え、しばしの別れにキスを求める。これがもてる男の条件である。

いや、ついつい若者、と書いてしまったが、なーに、アラ還の私だってこの気持ちは十分分かる。だから、横浜を離れて桐生に来るに際して……。

いや、妻ある身、これ以上はご想像にお任せする。

 

今日は、有料のギター教室、最初の日であった。あいにく、夕刻から雨に見舞われたが、1年後のEric Claptonを目指す私には、何のことはない。車にエレキギターを積み込み、勇んでギター教室に出かけた。

「はい、今日から正式な生徒さんですね」

指導教官は優しく迎えてくれた。
今日は練習曲を決める日である。いろいろ考えたが、Eric Claptonを目指す以上、彼の曲でないといけない。いろいろ考えた末、Tears in Heaven にしようと思い決めていた。 アコースティック・バージョンも魅力的だが、とりあえずはエレキギター習っている身である。最初はエレキでもいいか、と自分に言い聞かせて教室に入った。

「先生、やりたい曲は……」

と言いかけた。指導教官の方が早かった。

「はい、楽譜を持ってきました。今日からこれをやります」

おいおい、練習曲を決めてきてくれ、っていったのはあんただろうが。それが、あんたが練習曲を決めた? 10日前に自分で言ったことを忘れたのか? あんたは、若年性アルツハイマーか?

とはいわなかった。私は生徒なのである。生徒は、先生に絶対的に服従するものだ。この上下関係は絶対である。
それはおかしい、などという輩がいるから、世の中おかしくなる。世の中、対等な関係だけではうまくいかないことを知らない阿呆が多すぎる。
ま、私も時折、世の中をおかしくする側に回ってきたのは確かだが。

先生が示した楽譜は

All My Lovin’

であった。
へーっ、入門編で、こんな曲をやらせるのか。やたらと三連符が出てくる曲である。楽譜を見ながら挑戦したこともあるが、いつも三連符のリズムが取れずにあきらめたヤツだ。
こんな難曲をやるの?

こうして、今日の30分の授業が始まった。

まずはここまで、と指導教官が示した楽譜を見ると、始まりはF#mである。それがBになり、E、C#m、Aへと進み、F#m、D、B7 となる。これをすべて三連符で弾く。

「えーっ」

と改めて思った。ギターにほとんど素人のアラ還に三連符のリズムは難物である。体内のリズム感と、なかなか合ってくれない。私の体内リズムは、ドックンドックンの2拍子でできあがっているのだが。
それを知っているのか、それとも知らないのか。いずれにしても、私の都合に相談もなく押しつけてくる指導教官は生きた難物である。

が、やる。なにせ、私はこの上なく素直な生徒なのだ。

「いやあ、ハイポジションのBを押さえるのが苦手なんですよね。指が太いのかなあ」

と先に逃げを打ったのは、亀の甲より年の功か。いや、年の功も実際に演奏を始めるとちっとも役に立たないのだが。

案の定、三連符のリズムがどうしてもしっくり来ない。指導教官が不安そうな顔をする。いや、このロートル、もっとちゃんとやらんかい、と苛立った恐れもある。それを、顔にも態度にも表さなかったのは偉いというほかない。

体内のリズム感を整える。ピックは上から下、下から上、要するに上下にかき鳴らしていればいい。問題はリズム感だけだ。それ、イチ、ニッ、サン、ニイ、ニッ、サン……。
おっ、少しはできるようになたぞ。スムーズではない。時折、いやしょっちゅう乱れる。だけど、最初はこんなもんだろう。見たか、アラ還パワー!

しばらく演奏した。指導教官はエレキベースを取り出し、私のリズムが乱れるサイドギターに合わせて弾き始めた。なかなか気持ちがいい。俺だって、3日も練習すればJohn Lennonになれる! ウィキペディアによれば、この曲はJohnのリズムギタリストとしての才能を確認できる曲なのだ。

三連のリズムが乱れる。コードの移行がスムーズにいかない。それでも、なにくそ! と思わなければ授業は進まない。

そのうち、我がギターからおかしな音が出始めた。和音を構成する個々の音のうち、いくつかがブスッ、ブスッというような鈍い音になるのだ。
おかしい。何かがおかしい。

伴奏を中断し、ハイポジションのコードを抑えながら弦をかき鳴らしてみた。高い音を出す方の弦の音が鈍い。どうやら、弦がフレット(ギターのネック=長く伸びた棹の部分=に埋め込まれた金属の棒)に十分押しつけられず、浮いているらしい。だから、音がビビるのである。

「握力がなくなり始めているらしいですねえ」

弁解がましく、指導教官にいってみた。教官は限りなく優しかった。

 「あ、慣れですよ。慣れれば大丈夫です」

そんなこんなで、30分の授業は瞬く間に終わった。次回は先に進み、リードギターの部分をやるらしい。

自宅に戻り、夕食をすませて復習をした。
三連符は、教室にいたときより少しうまくなった。と思う
が、握力は回復しない。ハイポジションのコードを抑えると、音がビビリまくる。

慣れ、ですか。
ひとりつぶやきながら、今日から歩き始めた遙かな道のりを思う。

目指せ、Eric Claptpn!