2009
12.30

2009年12月30日 押し詰まった

らかす日誌

いやあ、押し詰まりましたね。様々なことがあった2009年も、ただいま午後3時47分であるから、残すところ、あと1日と8時間13分。この勢いでは、あと数回瞬きをしたら、2010年があけていそうである。
時の流れは速い。

年の瀬になると、様々なメディアが「今年の10大ニュース」なるものを勝手に選ぶ。まあ、過ぎ去った1年を回顧するには便利なのだろうが、

「そんなもん、思い出してどうするの?」

などと考えてしまう天の邪鬼な私から見れば、

「はあ、世の中の活動が止まってニュースがないから穴埋めに書いてるんだな」

と皮肉りたくなる。それとも、記者さんたちが年末年始を休むため、新たな取材をしなくても書ける記事で時間や紙面を埋めようって魂胆か。
いずれにしもて、この時期の新聞やテレビはつまらない。
そもそも、私にとって最大の出来事であった、私が定年を迎えた事実が含まれない10大ニュースってありか?
ちなみに、個人的なビッグニュースは、2番目がギター教室に通い始めたこと、3番目はMartin D-41を買ったこと、かな。
トップニュースが採用されないぐらいだから、2番目、3番目のニュースがメディアに採用されるはずもないが……。

てなことはどうでもいいとして、この年末に、

「来年から挑んでみようかな」

とぼんやり考えていることがある。
日誌の、連日更新である。

突然思い立ったわけではない。私に、そんな途方もないことを考えさせたのは、神戸女学院大学教授の内田樹(これで、たつる、と読むらしい)さんである。といっても、内田さんに面識があるわけではない。彼の本を何冊か読んだ、あまりできの良くない読者に過ぎない。
そのできの良くない読者が最近、また内田さんの本を読んだ。

こんな日本でよかったね

という真面目なのかふざけているのか、判然としないタイトルが付いている。私はあまり判然としたことが好きでない性分なのだろう。書店で思わず手に取ってしまった本だ。

何でも、構造主義の考え方を様々な局面で当てはめると世の中はこう見える、といったような本で、人は誰しも眼にウロコを付けて世界を見ている、ということらしいのだが、、そのあたりはどうでもよろしい。そもそも、私にこの本を紹介する能力があるとは思えない。関心を持たれた方は629円(税別)のあまり高くない本だから、書店に出向かれて文春文庫のコーナーを探していただきたい。

朝日新聞が一時掲げた広告コピー

「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞」

というやつを、根元的にこき下ろし、私があのコピーに出会ったときに感じた居心地の悪さを論理的に裏付けしてくれた本でもある。

いや、この本の紹介をするのが目的ではなかった。書きたかったのは、日誌の連日更新である。
長めの後書きによると、内田さん、 ほぼ毎日ブログを更新していらっしゃるとのことだ。しかも、起き抜けに書く。そしてこの本も、すべてブログ日記から取ったものだという。

「なるほど」

単純な私は感心してしまったのだ。

 「だから私の『らかす』は本にならないんだ。毎日朝一番の仕事として『らかす』を更新すれば、本になる可能性は高まるのだ!」

いや、冷静になればすぐにわかる。向こうはすでに沢山の著作がある、著名な大学の教授。専門知識も豊富である。私には雲の上にあるような「構造主義」という難しい理屈も自家薬籠中のものとなさっている。
対する私は、無名の、しかも仮名で(注:ただいま、実名に描き改めております=2017年9月18日)ホームページを運営している市井の輩に過ぎない。専門知識はない。そんな私の書いたものを本にしようなどという奇特な出版社が現れる可能性はゼロに近い。

それが理解できる程度の知性はある。知性はあるのだが、何故か、朝一番に書く、というのが心にストンと落ちてしまったのだ。

 「そういえば、私が書くのはいつも夜中。だから晩酌を終えたあとだし、焼酎をなめながら書き始めて途中で支離滅裂になることも多かったよなあ。確かに、これは文章を書く者の態度ではない。内田さんのブログに比べれば遙かに少ないに違いないが、私の書いたものを読みいただいている方、ひょっとしたら楽しみにしていただいている方もいらっしゃるのだ。ここはひとつ反省しないと」

というわけである。

さて、いつまで話題と気力が続くか。
とりあえず、明日から挑んでみる。ま、あまり期待せずに見守っていただければ、と思う。

ただいま、午後5時9分。残すところ、1日と6時間51分。