2012
11.27

2011年11月27日 不気味

らかす日誌

滋賀県知事が、脱原発を旗印にした新しい政党を作るのだそうだ。今回の衆議院選挙に向け、原発に反対する勢力を結集するのが狙いだという。

我らがドジョウは、TPP推進と脱世襲を争点に持ち出した。産業界と足並みを揃えた開国方針で、TPPに反対する議員が多い自民党に差をつけ、あわせて2世、3世候補がゴロゴロしている自民党を、古い体質を持った過去の政党と印象づけようとの狙いだと読める。

セコハン自民党首は、民主党攻撃一辺倒である。そりゃあそうだろ。3年前、

「もう自民党は嫌だ」

という大風が吹き、民主党が地滑り的な大勝を収めた。ところが、やることなすこと、国民の期待を裏切るばかりだった民主党に、国民は苛立ちを募らせている。

かと思うと、老害とテレビタレント的抜け目なさが野合した維新の会の橋本市長は、

「民主党はとんでもない。かといって、今さら自民党に帰ることができるか?」

と、至極もっともな訴えをする。自民党に嫌気がさし、民主党に裏切られた思いを抱く多くの有権者の思いをすくい取ろうという主張といえる。あの雑魚の寄せ集めで、すくい取れるかどうかは別問題だが。

こうした中で、脱原発を基軸とした結集軸を作る。これも、新しい争点を選挙に持ち込もうという試みだろう。私個人は、

「原発は嫌だが、一足飛びに原発から抜け出すことはできない。当面は同居せざるを得ない」

と考えるが、試みとしては評価する。

 

だが、なのだ。今回の選挙、何やら不気味な感じがして仕方がない。何が不気味なのか。

各政党が、各候補者が様々な主張を述べ、様々な争点を作ろうとしている。だが、彼らの声はどこまで有権者に届くのだろう。

日本の舵取りを誤り、経済停滞から抜け出せなかったばかりか、景気回復のためと銘打った施策で格差社会を生み出してしまった自民党。増税はしません、高速道路をただにします、子ども手当を作ります、基地は少なくとも県外へ、とできもしない約束をしまくった民主党。
いま、有権者の心に重くしこっているのは、

 「政治家? どうせみんな嘘つきなんだろ? 選挙の時だけ有権者にごまをすって、選挙が終われば平気で約束を裏切る奴らばかりさ」

という苦々しい思いなのではないか。

今回の選挙で投票所に足を運ぶのは、そんな有権者たちである。政治家たちがマイクを通して話すことを信用できなかったら、我々は何を基準に投票するのだろう?

それは、恐らく「期待」ではない。「嫌な感じが少ない」なのではないか?

 「今回のミス・コンテストはブスばかりだなあ。だけど、優勝者は決めなくちゃならない。うーん。いちばんブス度の低いヤツにするしかないなあ」

多分、そんな選挙になる。

嫌な感じがするのは、ここからである。
政党が、候補者が言ったり書いたりすることを有権者が聞かずに、信じずに投票する今回の選挙で、しかし、冷静に考えると、見過ごしてはいけない事態が進んでいる。

ドジョウは尖閣諸島を国有化した。それが中国を、特に政府を刺激し、反日暴動が起きた。
せっかく両国の「知恵」で解決を先延ばししてきた領土問題が、無視できなくなった。問題点を明瞭にしたとはいえ、日中間がきな臭くなったのも確かである。いまの中国では、政府は国民のご機嫌を取らざるを得ない。反日教育を受け続けた国民が、政府批判の代替として反日を叫び、その声が大きくなったら、中国政府はいやでも日本との戦端を開かざるを得なくなることだってある。
ドジョウの決断が、そうした日中関係を考えてのことだったのかどうか。石原の爺さんにケツを叩かれて、国内問題として、いや、単に国内政治のかけひきとして尖閣諸島の国有化に踏み切ったのだとしたら、単なるアホだ。その不明は日本に大きな害悪をもたらす。意識的に決断したのなら、ドジョウは自民党右派をも上回るタカ派だ。
実質的な選挙戦に突入したのに、ドジョウのしたことに、ちっとも議論が起きないのは何故か。

自民党のセコハン党首は、国防軍を作ると言い出した。かねてよりの持論とはいえ、選挙戦が自民党に有利に進んでいる現状から見れば、セコハンが首相に返り咲く悪夢だってあり得る。この男、日本を再び軍事国家にするのか。

かつて自民党に属した老害・石原は、日本を核武装すると匂わせている。政権を取るため、大阪のテレビタレントが率いる維新の会と野合し、これもまかり間違えば、日本を率いることになりかねない。

今回の選挙で政権を争うのは、実質的にはこの3党である。そして、3党すべてが、まともに聞けばギョッとするような、タカ派の政策を実行し、あるいは計画している政党である。

それぞれの行為、それぞれの発言が、個々にメディアに取り上げられては来た。だが、総合的に、日本がこれから進もうとしている道を論じた報道は、少なくとも私が見聞きする限り、ない。そして、それではいけないと、メディアに注文をつける声も聞かない。

不気味である。これでいいのか?

今年9月17日の日誌で、私は

未完のファシズム(片山杜秀著、新潮新書)

という本を紹介した。
誰もが

「いまは欧米と闘うべきではない」

と考えていたにもかかわらず、日本は1941年、アメリカと戦端を開く。なぜ、そうなってしまったのかを冷静に分析した、極めて素晴らしい本である。

いま中国と戦争をすべきだと考える人は、ごく少数であろう。ドジョウだって、戦争を覚悟して尖閣諸島を国有化したわけではあるまい。安部にしても石原にしても、威勢はいいが、いまの日本に中国と闘える力があると本気で信じてはいない、と思いたい。ただ威勢がいいだけではないか。

そして国民は、まさか中国と戦争になるとは考えてもいない。もちろん、望んでもいない。だが、今回の選挙が終われば、3党のどれかが政権を持つ恐れが極めて強い。政権を持った党が、選挙戦で公言したことに歯止めがきかなくなり、ズルズルと危険な道を転がっていくことはないのか。
あの戦争だって、誰も望んではいなかったのだ。

私は、表現しようがない不気味さを感じ続けている。

皆様にお願いしたい。
まず、今年9月17日の日誌を読み直していただきたい。そして、できることなら未完のファシズムを読んでいただきたい。
歴史を知って現在を考える。迂遠なようだが、不気味さから抜け出すには、それしかない。