08.02
2013年8月2日 真夏の珍道中4 「いまだ。泳げ!」
すでにして3日分の日誌を費やしながら、やっと阿蘇のホテルにたどり着いただけというのにも参ったが、今日の夕刊各紙で報じられていた若手弁護士の叛乱にも参った。
何と180人もの弁護士が、司法試験に合格した司法修習生が2年間修習を受ける間、国が給費を支払わないのはけしからん、憲法違反だ、と裁判を起こしたのだそうだ。言い分は、昔は月額20万円の給費を支払っていたではないか。国の財政事情がどうであるかは別として、それを理由に廃止するのは、憲法に定められた法の下の平等に反するというのだそうだ。
はっ、そんな奴らが弁護士になっちゃったのかね、と愕然としたのは私だけか。お前ら、アホか。
確かに給費制は廃止された。しかし、それに代わって、金利ゼロの金を国が貸し付ける貸与制が生まれた。それがそんなに不満か?
いいか、アホ弁護士ども。そもそも、あんたたちが弁護士になって荒稼ぎするために勉強している期間の生活費を、何故に国民の税金で面倒を見なければならないのだ? あんたたちが職を賭して公益のために働き続けるというなら話は別だが、だって、企業の買収をサポートして濡れ手に粟と大金をポッポに入れ、どうでもいい奴らの離婚訴訟で金を稼ぎ、遺産相続のゴタゴタを利して貯蓄を殖やす。それがあんたたちの仕事じゃないの。
いいかい、昔から、金持ちってのは、
医者、弁護士、中小企業の社長さん
って、我ら庶民の間では言い習わされているんだよ。ん、庶民って、何となくいやらしい言葉だな。とにかく、我々はそう思っているわけだ。弁護士なんて、金儲けのための職業って、みんな見抜いてるんだよ。
それを、司法修習生の2年間の暮らしは税金で面倒をみろって?
ふざけんな、バカ!
勉学中の生活費をゼロ金利の融資で面倒見ようっていうのにしても、
「法の下における平等」
から見ると、ずいぶんだよな。もっと悲惨な状況で勉学を積み重ねている奴らだって沢山いるんだ。あんたたち、恵まれすぎなんだよ。
そんなことをやる暇があったら、生活保護費の給付を減らすってあたりにかみついたらどうかね。それこそ憲法違反だろうが。
自分の懐具合しか関心のないヤツが180人も、偉そうな顔をして、センスのかけらもない不細工な衣服の胸に弁護士バッジをつけて弁護士やってる。
それだけでも天下国家の無駄なのに、あんたらの勉強中の生活の面倒を見る無駄まで重ねろ、ってか。
思い上がるのもいい加減にするが良い。
いや、阿蘇のホテルに着いた私は、別に憤っていたわけではない。多少疲れは覚えていたが。
車に接近できないとすれば、とりあえずできることは温泉に入ることである。
「啓樹、瑛汰、温泉に入るぞ」
という私の呼びかけに、
「ボス、屋根のないお風呂に入れる?」
と問いを返したのは瑛汰である。そう、このホテルの売りは、7階にある露天風呂なのである。阿蘇の雄大な景色を楽しみながら湯に浸かる。その至福の時を味わってみませんか? ってね。
だって、瑛汰、雨降ってるぞ。屋根のない風呂に入ったら濡れるじゃないか……、あ、風呂に入ればどっちみち濡れるんだ。そうだな、雨が降ってても言い訳だ。
「ちょっと待て。聞いてみる」
だめだった。雨はいいとして、問題は雷であった。
「はい、危険ですのでただいま閉鎖しております」
やむなく我々は、ホテル2階にある屋内温泉に向かった。
「よし、泳ぐぞ!」
と啓樹。
「俺だって泳げるよ」
と瑛汰。
「水鉄砲、持っていっていい?」
と問いかける2人に、私は
「とりあえず持っていってもいいが、ほかに入っている人がいたら使ってはだめだ」
と答える私は、
「そうそう、あの泳ぐロボット魚は忘れるな」
と釘を刺した。
ホテルの温泉に浸かるには、部屋にあるバスタオルと、湯船で使う小さなタオルを持参する。それに浴衣と着替えを抱えて、我ら3人は浴場に向かった。
脱衣場で瑛汰がいった。
「あれ、俺の小さなタオル、何処に行った?」
落とすのは啓樹の専売特許ではなかった。
恐らく、瑛汰のようなおっちょこちょいがしばしば出現するのだろう。脱衣場には、湯船で使う小さなタオルが山と積んであった。
「瑛汰、あれを使え」
湯船から湯をくみ上げ、まず瑛汰、次に啓樹と体を流す。公共浴場に入る際の常識である。
終えて勇んで湯船に入った2人は、申し合わせたようにすぐに潜り、泳ぎ始めた。ん、と見回すと、ほかに入浴者が2人。やばい。
「こら、泳ぐな!」
声に驚いたか、顔を上げた2人に申し渡す。
「ほかにお客さんがいるだろ。迷惑をかけるじゃないか。ここで泳いじゃだめだ」
つまらなそうな顔をした2人は、ロボット魚を湯船に放った。これならほかの客に迷惑はかけない。
ロボット魚は全長5 cmあまり。ファインディング・ニモのモデルになったカクレクマノミとほぼ同じ大きさである。これが、ほとんど魚並みに泳ぐ、潜る。
「啓樹、ちゃんと見てろよ。何処に行くか分からないぞ」
「瑛汰、目を話しちゃだめじゃないか。何処に行った? 探せ!」
そんなことをやっているうちに、湯船にいるのは我ら3人になった。
「よし、啓樹、瑛汰、いまだ。泳げ!」
私の号令一下、2人は派手なバタ足でクロール、次に平泳ぎ。
「僕、背泳ぎする!」
といったのは啓樹である。天井を向いて泳ぎ出す。あのー、啓樹、それじゃあおちんちんだけが水面上に出て、それ、まだ知らなくてもいいけど、潜望鏡ってプレイがあって……。
ほかの客が湯船に入った。
「啓樹、瑛汰、お仕舞い!」
風呂からの帰り道、小さなタオルの落としものを発見した。落とし主は瑛汰しかあるまい。
ロビーまで歩くと、雨脚がやや緩やかになり、雷も収まっていた。下駄と傘を借りて車まで行った私は、車中に置き忘れていたカメラと、阿蘇観光協会に送ってもらった観光パンフレットを取りに車まで往復した。
風呂が終われば夕食である。会場はホテル1階の大宴会場。
「ボス、ノートと鉛筆持っていっていい?」
瑛汰の問いに、
「持っていってどうするんだ?」
と問いで答えると、
「うん、何が出るか、日記に書いとくの」
こいつ、 Webで俺の真似でもするつもりか?
「いいけど、ボスがやめろって言ったらやめるんだぞ」
「やった!」
かくして啓樹と瑛汰は、ノート、鉛筆、それに消しゴム持参で夕食に臨んだ。
霜降り肉の陶板焼き、刺身、茶碗蒸し……、さて、そのほか何が出たろう。記憶力はいい方のはずだが、余り記憶に残っていない。たいした料理はでなかったのだろう。記憶に残っているのは
「啓樹、ノートをしまえ!」
「瑛汰、落とした箸を使うな!」
私の叱り声だけである。
2人の一挙一動に神経を集中しすぎたためだろうか、私はビールの入ったコップを倒してしまった。慌ててお手ふきなどで拭いたが、誰も布巾などは持ってきてくれなかった。サービス悪いぞ、ん、何というホテルだったかな?
驚いたのは91歳になった母である。4片出た肉はすべて食った。刺身も完食した。見たところ、茶碗蒸しに食べ残しがあった気配はない。野菜の煮付け……。出たものの8割方は食べちゃったのではなかろうか。えっ、91の婆がそんなに食うか?!
「歩くとが、足のなんかでけんでねえ」
「あっちこちい痛かとたい」
と体の不具合を訴え続けた母であるが、なーに、当面、葬式で呼び戻されることはなさそうである。
部屋に戻った。すでに布団が3組み敷いてあった。
「瑛汰、遊ぼ!」
「いいよ、何する?」
「布団が陣地なんだ。畳に落ちちゃいけない。落ちた人は死ぬんだ。それで勝負するんだ」
「うん、やろう」
それから30分以上、部屋は小学生の修学旅行状態であった。枕が飛ぶ。2人が布団の上を飛び歩く。転がる。もみ合う。くすぐり合う。
ギャーッ、
ゲーッ、
ちょっと、
キャハハハ
ガハハハ
お前の母さん出べそ、
お前の母さんこそ出べそ、
バカ、
バカという人がバカなんだよ、
バカという人がバカなんだという人がバカなんだ
蛮声、嬌声、怒号、罵り合い、くさし合い。
そうかあ、お前の母さんというのは私の2人の娘である。ボスは長い間2人と一緒に風呂に入ったが、2人とも出べそじゃなかったぞ。
「おい、そろそろやめろ!」
私の命令が部屋中に響き渡ったのは午後8時半頃だったろうか。
「もう寝る時間だ。布団を元に戻し、どの布団で寝るか自分で決めろ。さあ、寝ろ!」
命令一下、布団に横になった2人ではあった。
が、
「瑛汰、クックック」
「啓樹、フフフフフ」
何やら2人でふざけ合う。
「うるさい、寝ろ!!」
「ボス、暑い!」
「うるさいといったろ。寝ろといったら、黙って寝るんだ!!!」
2人の声が聞こえなくなったのは、午後9時を過ぎていた。
はっ、やっと寝たか。ふーっ。確かに、寝ている子は天使である。なのに、目覚めると怪獣と化す。怪獣2頭を操りながらの旅。何故にこのような旅を企画したか? 今さら遅いが……。
私は暗い明かりの下、それでも本を読み、時折窓を開けて煙を室外に吐き出しつつタバコを吸い、午後11時を過ぎて布団に入った。
はあ、やっと1日目が終わった。が、先は長い。明日も過酷なスケジュールが待つ。1分でも長く睡眠を取り、それに備えなくては……。
そう考えているうち、私も眠りの世界に落ちていった。