08.04
2013年8月4日 真夏の珍道中6 「楽しかった!」
平穏無事な1日であった。
そりゃあ、そうである。桐生は先週金曜日から夏祭り。桐生八木節まつりというのだが、今日はその最終日である。なのに、私は自宅を1歩も出ない。平穏でないはずがない。
やったことといえば、九州旅行の準備段階からできなくなっていた数学の問題集を再開したこと、ギターを3時間ほどかき鳴らしたこと程度で、これで平穏無事でなかったら、日本はいま戦争状態にあることになる。
平穏無事すぎるからだろうか、NHKのアナウンサーが、中でも女性アナウンサーがバカに見えて仕方がない。
フォーマルスーツに身を包み、右足を半歩前に出して腰の前で軽く両手を重ねるお決まりのポーズで画面に登場すると、とたんに茶々を入れたくなる。
「あんた、デートするときもそんな出で立ちで行くのか? 色気のイの字さえないファッションだぜ、それ。スタイリストを代えてみない?」
「ま、確かに足を交差させて半身に構えると脚の線は綺麗に見えるけどさ、毎回毎回同じポーズで立たれると、バカの一つ覚えとしか思えないんだよな。基本を守りつつ、でもどこかに破れをつくる。それぐらいの工夫、自分でしてみない?」
以上は見た目への注文である。
しゃべる内容と来たら、さらに悪い。
「あんた、自分でしゃべってることが分かってるのか?」
と突っ込みを入れたくなる、固くて生煮えの表現が目白押しなのだ。まあ、アナウンサーであるからには、取材記者が書いた原稿をそのまま読むのが仕事ではあろう。しかし、自分が画面に出て読む以上、
「これ、何のことか理解できないんですが」
「この表現、紋切り型で苔が生えてますよね。もっと生き生きした書き方はできないんですか?」
程度の注文ぐらいつけてみたらどうか。それでなくてもNHKの記者の取材力、表現力は地に落ちている。広島の殺人事件でも、殺された少女を
「意図的に誘い出した疑いがあることが警察への取材で分かりました」
なんて、犯人は殺そうと思って殺したと云っているんだから、誘い出したのなら意図的に決まってるだろ? それで何がニュースなわけ?
なんて、いったい何を考えて取材し、原稿を書いているか分からないことが多すぎるのである。こいつら、視聴者をバカにしてるのか?
NHK記者の人材力が落ちているのなら、1本の矢より3本の矢である。アナウンサーも積極的に原稿に注文をつけるがよろしい。下らぬ原稿を読んで恥をかくのは自分たちであることを、もっと自覚した方がよろしいと思うのだが、いかが?
というわけで、九州旅行も、やっとハイライト(私の吸うタバコではない!)の乗馬までたどり着いた。
我々は30分ほど待たされた。待たされて待ちくたびれた。
しかし、この乗馬場のお兄ちゃんには、そのような客の思いを汲み上げる感性はないとみた。我々は、悠然と馬にまたがってこちらに向かう彼を見た。ということは、彼もこちらを見たはずである。
なのに、馬を急がせる風もない。馬にトロットを強いるでもなく、
カッポ、カッポ
というリズムに狂いは生じない。近くに来るといった。
「ああ、こんにちは」
……。
馬を馬屋につなぎ、事務所に入る。
「馬に乗りたいんですか?」
だから待っておる。
「じゃあ、まずこの書類に記入していただいて、と。乗るのは、お兄ちゃんたち?」
それも電話で伝えたはずだが。
「何年生かな? そう、3年と1年。だったら、3年のお兄ちゃんは一人で乗ろう。1年生の君は、僕が馬を引いてあげるよ」
ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。馬に乗るの、この2人は今日が初めてなんだぜ。それを、啓樹は一人で乗せる?
「大丈夫ですよ。うん、大丈夫。じゃあ、お兄ちゃんたち、こっちに来てくれるかな?」
連れて行かれたのは、馬場に設けられた柵のそばに置かれた台の上だった。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
待っていると、馬が引かれてくる。
「これが、3年生のお兄ちゃんが乗る馬ね」
さらにもう1頭が引かれてきた。
「これが、1年生の君が乗る馬、と」
馬の背というのは、高すぎず低すぎず、実に気持ちの悪い高さにある。私もかつて長野県で乗ったことがあるが、何ともいえぬ中途半端な目の高さに、居心地の悪い思いをした。
一緒に乗馬した同僚はどうしてもこの高さになじめず、馬が歩き始めると上半身を思い切り後ろに引いたまま(これ、逃げの姿勢です)鞍にしがみつくという、実に情けない姿を人前にさらし、心ない同僚たちの爆笑をかったものだ。もちろん、私も爆笑した一人である。
だって、おかしくておかしくて、彼の顔が引きつるのがさらにおかしくて、どうにも我慢ができなかったんだもの。
「じゃあ、これから乗り方を教えるからね。まず、乗ったら鞍の前にある出っ張りを右手で掴む。左手は手綱を持つ。左手は真っ直ぐに伸ばし、曲がりたい方に馬の首を向ける。それだけなんだ。じゃあ、乗ってみようか?」
おいおい、相手は小学生だぞ。その程度のレクチャーで馬に乗せる?
先に啓樹が乗った。
「そうそう、うん、右手で出っ張りを持って。そう。左手は手綱を、そう、うん、もっと短い方がいいかな。そのまま左手を左に動かして。ほら、馬が首を左に曲げたでしょ。それでいい。今度は右。おーっと。肘が曲がっていちゃあお馬さんは言うことを聞かないよ。そうそう、それで馬の歩く方向を決めてやるんだ。止めるときは手綱を引っ張る。そうだ。でも、馬が止まったら緩めてやってね。緩めてやらないと、馬が後ろに歩き出すから。ああそうだ。馬に『歩け!』というには、自分のかかとで馬の腹を蹴ってやるんだ。おっと、まだだよ。まだ歩かせちゃいけない。さあ、今度は1年生の君だ」
レクチャーは淡々と進む。馬の背にまたがった2人は、心なしか緊張が見て取れる。そう、あの瑛汰ですら、ひたすら耳を傾けているのである。
「よし、じゃあ行こうか」
彼は瑛汰の馬の引き綱を持つと歩き始めた。
「さあ、2人とも馬の腹をかかとで蹴って!」
瑛汰の馬を先頭に、2頭が歩き始めた。瑛汰の馬は彼が引き綱で操っているから当然といえば当然だ。啓樹の馬はと見ると、これもさも当然というかのように、瑛汰の馬のあとを歩く。
「啓樹、瑛汰、馬に乗れるじゃないか!」
こちらを振り返った2人は誇らしげな顔をした。
こうなると、忙しくなるのが私である。記録せねば。記録を末代まで伝えなくては。
大牟田で買ったカメラをひっつかむと、馬場に飛び出した。必死になってシャッターを押す。安いデジカメの欠点は、シャッターを押してから実際にシャッターが降りるまでに時間差が生じることだ。ために、決定的なシャッターチャンスを逃す。補うため闇雲にシャッターを押す。
もうひとつの欠点は、ズーミングがしにくいことだ。ズームの動きが速すぎることに加え、ボタンから指を放してもすぐには止まらない。勢い、アップになりすぎたり、遠景になりすぎたりする。
安物とは、そのようなものである。分かりながら買ったのは私である。
霧中でシャッターを押すうち、ふと気がついた。これ、安物だけど動画が撮れるんだよな。であれば、2人の勇姿を動く絵で残さなくてどうする?
馬場をゆっくりした足取りで馬は歩く。安物のデジカメは、動く絵で記録を続ける。
「そうか、君も大丈夫そうだな。一人で乗るかい?」
こうして、瑛汰も自力で馬を操ることになった。
「さあ、次はここにある三角帽子の間を歩かせてみよう。この三角帽子を過ぎたら馬を左に向け、次の三角帽子では右に曲がる」
スラロームである。えーっ、こいつら、ついさっき馬に初めて乗ったばかりだぞ。そんなことできるのか?
が、できたのである。啓樹も瑛汰も手綱を右に左に操り、三角帽子を抜けていく。2度繰り返して2度とも成功した。
あのー、ひょっとして、そういう風に動くように訓練された馬?
「よし、次は少し走らせてみよう」
馬はトロットを始めた。私の経験からすると、馬がトロットを始めると、馬の上下動と自分の体の上下動がなかなか一致せず、尻が痛い。
しかし2人は実に楽しそうに鞍にまたがっている。背筋も伸び、なかなかに優雅な乗馬姿である。間違っても鞍の前にあるとっくにしがみついたり、状態を思いっきり後ろののけぞらしたりはしない。飽くまで清楚な乗馬姿である。
「はい、じゃあこれでお仕舞いね」
降りてきた2人に尋ねた。どうだった?
「楽しかった!」
2人から同じ答えが飛び出した。一言加えたのは瑛汰だ。
「ねえ、ボス、もう一回乗りたい!」
もう一回?
「バカタレ、いくらすると思ってるんだ? もう一回乗ったら、ボスの財布から5000円以上なくなるんだぞ。だめだめ!」
旅行のハイライトというには、何となく惨めな幕切れである。私の身の丈にあった旅行とは、この程度のものなのである。
時計はもう正午近かった。
「啓樹、瑛汰、じゃあ流しソーメンだな」
観光協会から送られてきたパンフレットで、2人がそろって
「これが食べたい!」
といったのが、流しソーメンであった。竹の樋に水が流れ、そこを流れ落ちるソーメンを箸ですくい取ってすすり込む。夏の風物詩である。
パンフレットに掲載されていた流しソーメンは、宮崎県であった。そこまで回る時間的なゆとりはない。近くにないかと探したら、阿蘇猿回し劇場でやっている。ここで流しソーメンを楽しむ。
到着すると、現地では竹の樋の修復作業が進んでいた。
「いやあ、昨日までの豪雨でやられちゃって。あ、あの建物の向こうでもやってますから」
誘われ、流しソーメンを頼んだ。ざるに盛ったソーメンが用意され、樋に水が流れ始める。
「じゃあ、どうぞ始めて下さい」
なんと、ソーメンを流すのも客の役割であった……。
まあ、水と一緒に竹の樋を流れ落ちてこようと、ガラスの器の氷水に浮かんでいようと、ざるに盛られたままだろうと、ソーメンはソーメンだ。味に変わりがあるわけではない。それに気付いたか気付かぬままか、啓樹と瑛汰は早々にそうめんに飽き、射的に向かった。
「ボス、これやりたい」
弾6発で500円。 いくら観光地とはいえ、高い。
「1回だけだぞ」
2人6発づつ的を狙うも、当たったのは啓樹の1発だけ。2人は決してゴルゴ13にはなれない。
「ボス、もう1回だけ。お願い!」
これは瑛汰のいつものスタイルだ。蹴飛ばそうかと思ったが、ま、観光旅行の最中である。ま、いいか。
と許したものの、今回も瑛汰は1発も当たらず。
「さあ、大牟田に帰ろうか」
かくして車に乗り込んだ我々は、大牟田に向かって走り始めた。
山を降りるにつれて、外気温が上がる。車の中はエアコンが効いているが、外はすでに32度。暑い。
「ボス~、外は暑いね。大牟田に着いたら、瑛汰、プール行きたい!」
おいおい、お前ら、疲れるってことを知らないのか?
そんな会話を交わしながら、車はやがて九州縦貫道に乗り、ひたすら大牟田を目指した。