2013
08.08

2013年8月8日 真夏の珍道中7 「溺れそうになったの」

らかす日誌

冒頭から謝罪する。
前回の日誌で、「真夏の珍道中」の続編を7日に、つまり東京から戻った翌日に書くのでお待ちいただきたいと書いた。ところが、7日には書けなかった。というか、アップできなかった。

ごめんちゃーい。

以下、事実経過を記す。
7日、つまり昨日、確かに私は続編を書き始めた。それはそうである。満天下に

「7日には必ず次を書きます」

と公約したのだ。消費税は引き上げないとマニフェストでうたったにもかかわらず、消費税率引き上げ法案を国会で成立させた野田ドジョウ政権の轍は踏まぬ。
普通の感覚を持っている限り、誰だってそう思う。私だってそう思った。

だから、実は昨日書き始めた。それが3分の1ほどに達したときである。

突然、パソコンが落ちた。

「何事が起きたのか?」

と騒ぐまでもない。
前回と全く同じ事故が起きた。足で、パソコンの電源を取っているテーブルタップのスイッチを触ってしまった。一度あったことが二度あった。己の足癖の悪さを呪うばかりである。
で、1時間近く書けて書いた内容がすべてすっ飛んだ。同時に、私の忍耐力もすっ飛んだ。

「やーめた!」

というわけで、昨夜は公約を破り、映画を見た。

ごめんちゃーい。

ハスラー2

1986年、アカデミー主演男優賞受賞作である。ポール・ニューマンとトム・クルーズの共演。いってみれば、中年オヤジ復活のお話である。中年オヤジがポール・ニューマン、その復活の刺激剤となるのが若いトム・クルーズである。身につまされる、しかし、素直に楽しめる映画だった。
惜しむらくは、中年(ひょっとして老年?)の大道に、

「俺ももう一度やらねば」

と刺激を与えてくれる若者に、最近、トンとお目にかからない。おかげであんた、私なんぞ、

「これでいい。俺の方が今の若い奴らより遥かに若いじゃないか」

とふんぞり返るばかりである。
これでいいのか、若者たちよ!! 良くないと思うのなら、私に刺激を与えたらどうだ?
もちろん、我が下半身が刺激を受ける出会いも歓迎する、というか、そちらの方をより歓迎するのは、これまでと同じである。

来たれ、若者たち! 特に若く美しい女性たち!!

 

ひたすら大牟田を目指して疾駆する車のハンドルを握りながら

「お前ら、疲れるってことを知らないのか?」

と、とりあえず保護者としての懸念を募らせる私であった。私の保護下にある短い期間中に、啓樹、瑛汰のどちらかが病気にでもなってみろ。娘たちから何をいわれるか分かったものではない。ずーっと遊んできたんだから、大牟田に着いたらゆっくりしたらどうだ? と口先まででかかったとき、啓樹、瑛汰と一緒にリアシートにいた弟嫁が口を開いた。

「だったら、三井グリーンランドのプールに行ったらいい。楽しいよ。私も、うちの子供たちが小さいときに連れて行ったんだけど、楽しかった」

おいおい、余計なことを。とは思うが、万事休すだ。こぼれ落ちた言葉は元には戻らない。

「やった! ね、ボス、そのグリーンランドに行こうよ」

啓樹、瑛汰が声を揃えた。私は逃げ場がなくなった。

「分かった。行くから、お前たち、車の中で寝ろ。着いたら起こしてやるから」

子供というヤツは、こんな時は天使になる。

「はーい、寝る!」

声を揃えた2人だが、それでも瑛汰は一言加えた。

「あのさ、ボス。ゴーグルを持ってきてないんだよ。だから、ゴーグルが欲しいの」

啓樹が唱和する。

「僕も持ってきてなーい」

分かった、分かった。大牟田で買ってやるから、とにかく寝ろ! ついつい、声も大きくなる。声の大きさは、私の疲れ具合と比例するのだろうか。

「はーい」

瑛汰は本当に寝た。啓樹は目を瞑っていたが、眠れなかったようだ。1年生と3年生の体力差だろうか。

 

実家に着き、2人に水着の用意をさせ、弟嫁にバスタオルを借り、3人はすぐに再び車中の人となった。熊本県阿蘇市から福岡県大牟田市に戻ったばかりだというのに、再び熊本県荒尾市を目指す。というと大げさで、荒尾市は大牟田市の隣。15分か20分の道程だといわれた。

まず、前日訪れたばかりのトイザらスに寄る。

「こら、啓樹、瑛汰、何を見てる! 買うのはゴーグルだけだぞ。ほかのもの見る必要ないじゃないか!!」

 「あのさ、ボス……」

 「だめ、ゴーグルだけ!!!」

こうした喧噪を経て、我々が三井グリーンランドに着いたのは午後2時頃である。まずは入場券を買わねばならない。

「この3人」

 「はい、じゃあ4900円いただきます」

 「あのー、それって1日分の料金だよね。4900円だよね。もう午後2時で、我々は遅くとも午後4時半にはここを出るんだけど、それでも4900円? それって、不公平じゃない?」

と、チケット売り子のお姉ちゃんをからかっても仕方がない。とにかく、求められる金を払って、我々はプールを目指した。

私が三井グリーンランドを訪れるのは初めてである。名前から、だだっ広い芝生が広がっている公園かと思っていたが、何のことはない。単なる遊園地であった。ジェットコースターはある。観覧車はある。ゴーカートはある。疑似川下りはある。遊具がありすぎて、我々が向かうプールは、入場口から15分も歩かねば行き着かないほど離れていた。

「さあ、着替えるんだ」

更衣室に入った。見ると、ロッカーは300円で、ご丁寧に

「硬貨は戻りません」

と書いてある。

「えっ、300円!?」

遊園地と外の一般社会の通貨価値は違う。遊園地とはすべてのものがインフレ傾向を示す場所であることは分かっている。しかし、ロッカーが300円、2人分で600円……。

何でロッカーが2つも必要だったんだ? 一つで十分じゃないか。300円損した、と身も世もなく私が後悔するのは後のことである。現場では

「2人いるんだもの。ロッカーは二つ」

と信じて疑わず、

「啓樹、ボスのサンダル、お前のところに入れるからな」

と対処してしまった私であった。

 

2人は水着に着替え、持参した電動式水鉄砲を手にプールサイドに飛び出していった。私は半ズボン姿で腰にタオルを下げ、手に文庫本を持ってヨチヨチと後を追う。2人が水に入ったら、日陰を選んで読書に勤しもうという腹づもりである。なにしろ、こいつらと一緒に旅に出てからというもの、本を読んでいない。活字中毒の私は、寸暇を惜しんで本を読む。

2人は波打つプールに入った。水鉄砲を抱えて徐々に深いところに進む。注視していると、深さはそれほどでもないようだ。少なくとも、啓樹だけでなく、瑛汰も背が立たないほど深いところはない。

「じゃあ、安心か」

と日陰を選び、腰を下ろして本のページをめくる。が、保護者というのは何とも落ち着きの悪い立場だ。気になる。

「そういえば、深さ30 cmの水たまりで溺死した事故もあったよな」

そんな考えが頭に浮かぶと、もういけない。読書が1ページも進まないうちに本から目をあげて啓樹と瑛汰の姿を探す。ああ、いたいた、あそこで2人で遊んでるわ。安心して本に目を戻す。しかし、また1ページも進まないうちに、目は啓樹と瑛汰を捜し求める。こりゃあ、読書なんかできないわ。

「ボス!」

 「どうした?」

 「あのね、向こうの流れるプールに行くから」

私も腰を上げて流れるプールに移る。

「今度は上のプール」

はいはい、お付き合いさせてもらおうじゃないですか。階段を上り、上のプールに。なんだ、ここ、赤ちゃん用じゃないか。

再び、流れるプール。

「瑛汰、ほら、ここに滑り台があるじゃないか。やってこいよ」

 「いやだ」

 「啓樹は?」

 「僕も行かない」

滑り台は長さ50 mほど。先ほどから、派手な水音をさせて次々と滑り降りてくる。体重100kgもありそうなおばちゃんが、よせばいいのに滑り降りてくると思わず顔を背けたくなるが、見ていると、啓樹、瑛汰と同年齢の子供たちも多い。

「ほら、あんな子もやってるぜ」

 「いやだ!」

啓樹も瑛汰も、慎重を通り越した臆病者であるらしい。どれほど勧めても滑り台で遊ぼうとしない。楽しそうなんだけどな。

 「ボス、また波のプールに戻るよ」

どうせ本は読めないのだ。ひたすら待つしかない。
待つと、目は自ずから周りに向かう。そうか、ここは親子連れとデートカップルの遊び場なのか。若い娘が惜しげもなく肌を太陽の下にさらして、いや、若い肌をオヤジである私に見せつけて恥じるところがない。
最近、若い娘の肌を目にする機会に恵まれぬ。おへその周り、太もも、腰のくびれ。眼福、ではある。眼福ではあるのだが、オヤジの目は鋭い。

「あの女、さっきから男にしなだれかかっているなあ。ナイスボディで一見セクシーな顔つきだが、あれ、化粧のしすぎじゃないか? つけまつげがけばけばしいし、アイラインだって、どうせ水に入れば取れるだろうに。まてよ、この顔からつけまつげとアイライン、口紅を取ると……。そっちかというと出っ歯だし、なーんだ、単なる田舎の芋姉ちゃんじゃない。隣の彼氏よ、女を選ぶんだったらスッピンで選びな」

 

波打つプールである。機械仕掛けであろうが、波が立ち始めた。啓樹、瑛汰はと見ると、離れたところで2人で水に浸かっている。波に洗われながら、徐々に波の元の方に近づいている。時折、水鉄砲を撃ち合っている。

「ほう、あいつら、また何か新しい遊びでも考えたのか」

やがて午後4時になった。持参した私のタオルは、もう絞れば水が噴き出すほど汗を吸っている。

「啓樹、瑛汰、帰るぞ!」

大きな声を出した。声に気がついた2人は、プールから上がってこちらに来る。

「えーっ、もう帰るの?」

 「当たり前だ。これから着替えて、レンタカーを返して大ババの家にいったら5時半になるぞ」

 「分かった」

 

我々はグリーンランド内でソフトクリームを食べ、ジェットコースターを見ては

「お願いボス、あれだけ乗せて!」

 「僕は、あっちの高いところから降りてくるヤツ!」

と勝手なことをいう2人を

「うるさい! 帰るんだ」

と怒鳴りつけ、とにかくゲートを出た。
ほっ、とにかくこれで、今日のおつとめは8割方こなしたぞ!

戻りの車で、啓樹がいった。

「あのしゃ、ボス、あの波が出るプールがあったでしょ。あのね、あそこで溺れそうになったの」

 「何?」

 「波が来るでしょ。そうすると、どんどん波にさらわれて波が出て来るところに連れて行かれるの、僕も瑛汰も。それで怖くなったんだけど、引き返せないの」

聞きながら、ちょっとばかり背筋が冷たくなった。まあ、三井が経営する遊園地である。監視員もいた。事故対策は十分取られているとは思うが……。

ま、子供を常に安全なところに置くことはできない。前向きに考えれば、啓樹も瑛汰も、いい経験をした。それにしても……。

 

レンタカーを戻してタクシーで戻ると、弟が待っていた。夕食は、どこかに予約したという。

 「シャワーだけ浴びさせてくれ」

シャワーで汗を洗い流し、さっぱりしたところで夕食に出かけた。

「大人4人分は注文しとったけん、子供ん分は行ってから頼むとよか」

着いた店は、ま、やや高級な居酒屋か。 個室に通され、啓樹、瑛汰にメニューを見せる。

 「僕、卵焼き!」

 「俺、唐揚げ」

 「これも食べたい」

 「おれ、これがいい!」

2人が頼んだ品は6、7品にあがった。

「お前たち、そげん食べきっとか? 大人のもんも食べてよかっとぞ」

弟の大牟田弁が、啓樹と瑛汰に何処まで通じたかは不明である。が、100 kgを超し、柔道で耳がつぶれ、見るからに恐ろしげな我が弟に、2人は臆さない。

「食べられるよ」

先ほどから、2人を見ていた、というか前日からずっと2人と付き合ってきた大ババ、つまり私の母が財布を取り出した。

「あんたたち、こればやるけん、とっとかんね」

見ると、1000円札が2枚であった。啓樹、瑛汰に1000円ずつやりたいというのだろう。

たった1000円? 今時、1000円札をありがたがる子供は多くはあるまい。
だがな、啓樹、瑛汰。大ババがお前たちにあげたいんだって。喜んで、もらいなさい。
大ババはね、お金持ちじゃない。だから1000円だって大事に使っている。それをお前たちにやりたいと、大ババは思ったんだ。それは、大ババが啓樹と瑛汰を大好きになったからだよ。

人に何かをあげるのは、お金を持っているからじゃない。その人を大好きになると何かをあげたくなる。何かをあげたくなって、できるだけ喜んでもらえるものをあげたいと思う。お金持ちは高いものをあげることができる。でも、お金のない人は、自分にできる一番いいものをプレゼントするんだ。大ババにとって、それが1000円だったんだ。
プレゼントって、高いか安いかじゃない。どれだけ相手のことを好きになったかだ。これ、お金持ちがくれるかも知れない10万円より嬉しいプレゼントなんだよ。

弟は1万円札を2枚出した。

「やめとけ。子供にそれは多すぎる」

 「半分ならよかろか」

 「うん、せいぜい半分だな」

こうして啓樹と瑛汰は6000円ずつゲットした。

「ありがとう!」

素直に礼が言えた2人を、私は誇るものである。

食い終えて家に戻ると、私は疲れ果てていた。久しぶりに戻った実家である。せめて1時間は老いた母の繰り言を聞いてやらねばならないとは思いつつも、啓樹と瑛汰を寝かして受けていたら、いつの間にか私も寝付いていた。

大牟田最後の夜。
親不孝の私は、その夜もやっぱり親不孝のまま、夢の世界に入ってしまった。