09.04
2013年9月4日 奥歯で噛む
その楽しみは、何年ぶりだろう。
今日、左下の奥歯のインプラントが、とりあえず完成した。まだ仮止めで、2週間ほど様子を見てちゃんと固定するのだという。
思えば、私が左下の奥歯を失ってから久しい。
どうやら、名古屋で虫歯の治療をしたときの歯科医師がたいしたことがなかったらしく、その後数年たつうちに歯が縦に割れた。割れると隙間ができる。その隙間に雑菌が入り、やがて歯根の周りに炎症ができる。
「これ、もうだめですよ」
炎症を止める対症療法を繰り返すうち、そういわれて歯を半分に割り、まだ持ちそうな半分だけを残した。それも時を置かずだめになり、次女の旦那=歯科医の
「奥歯って、実はものを噛む役割はそれほど果たしていないんです。お父さん、ここまで来たら抜いた方がいいですよ」
というアドバイスに従って抜いた。
以後、私は左下の奥歯なしで食物を咀嚼してきた。確かに、だから困ったということはなかった。奥歯がかつてあったところに舌を伸ばしたとき、ゴツッとした歯に触ることなく、ツルンとした歯茎と何にもない空間が感じ取れただけである。
やがて、その1本手前の歯も、歯根に炎症ができはじめた。こういうものはドミノ倒しで広がるものらしい。奥歯がなく、その手前の歯もないとなると、これはものを噛むには不便である、というか、噛めない。そこで、インプラントを決めた。
インプラントには保険がきかず、都会では1本40万円とか50万円とかの費用がかかる。我が東京の知り合いは、
「インプラントを8本入れている」
と豪語していたから、彼が費やした費用は、ざっと400万円。
それに比べれば、桐生は地方都市である。1本40万円といわず。30万円といっても、患者は余りいないであろう。
「だったら、保険のきく入れ歯にして」
となる。だから、安い。
インプラント1本が、19万円。そして私の場合、顎の骨に植え付ける部分はちゃんとやったが、そこに取り付ける歯の部分は仮のものとしたため、11万円で済んだ。
いずれにしろ、私の歯の主治医は次女の旦那である。歯の部分は、この次女の旦那にいずれやってもらおうとの計画だ。
で、久々に奥歯ができた。
夕食を食べ、久々に奥歯でものを噛む感触を味わった。快適である。この快適さは、一度奥歯をなくしてみなければ分かるまい。
ああ、歯が健康な人は不幸である。この快適さを味わえないのだから。
長年の懸案がいま、解決に向かって進み出した。
まだブルーレイなるものが世に存在しないとき、ハイビジョンの映像をハイビジョンで残すには、デジタルビデオテープしかなかった。
「えっ。Eric Claptonの日本公演をNHKがハイビジョンで放映する! これは、ハイビジョンのまま残すしかない!」
と私がデジタルビデオデッキを買ったのは、2001年の秋だった。当時、私は技術の最先端を走っていた。
ところが、ブルーレイなる便利なものが遅れて登場する。テープが嵩張る3次元の物体であるのに比べ、ブルーレイのディスクは限りなく2次元に近い薄っぺらい円盤である。取り扱い、保存性は格段に上である。
だから、テープで撮り貯めたコンテンツは、一刻も早くブルーレイディスクにしたいではないか。
それを、2003年4月に始まったコピーガードが阻み続けた。こんなの、下らない業界の権益保護のための措置に過ぎないのだが、その不当性を何度声を大に叫んでも、現実は変わらない。
録り貯めたデジタルテープをブルーレイディスクに移すことは不可能だった。ために我が家には、300本を超すデジタルテープが段ボールに詰め込まれて放置され続けた。
ガードとは破られるためにある。業界の権益保護のためのコピーガードは、DVDの世界ではいまや反古同然である。ただのソフトをパソコンにダウンロードすれば、いくらだってコピーが作れる。
それが、やっとブルーレイの世界にもやってきた。
「ふむ、これならデジタルテープからブルーレイディスクを作れそうだぞ」
月刊「ラジオライフ」を見ながらその可能性に気がついたのは2、3年前のことだった。しかし、ただではできない。それには必要な機材がある。
「えーっと、まずこれをつないで、そこから出てきた信号をこの機械に入れて、ブルーレイレコーダーに入れるにももうひとつ機械を継ぎ足して」
計算した。ざっと20万円の費用がかかることが分かった。……。
断念したのは、もっぱらコストのためである。
それも、やっと価格もこなれてきた。
そして。
「これ買えば、できるジャン!」
1ヶ月ほど前のことである。家電量販店でパンフレットを見ながら、私は欣喜雀躍した。その機械はDVE-795という。デジタル端子で映像信号を受け取り、コピーガードをはずした上で、デジタル端子から送り出す。
「これを、あれとこれの間に挟めば……」
1週間ほど後、ネットで注文した。届いた週末、私は接続を試みた。
「あれ、これじゃつなげない」
そう、私は計算間違いをしていた。この機械だけでは、ブルーレイレコーダーが受け取れる信号に変換するのは無理だったのだ。
手がないことはない。だが、それにはさらに2つの機械が必要となる。一つは3万円ほどだが、もうひとつは、ネットで最安値を調べても7万円を超す。
「あと10万円もかかるのか……」
意気消沈しかかった私を救ったのは、この「らかす」を通じて知り合ったS氏であった。
「その高い方の機械、私が何とかします。会社の研究費で落とせると思うんです」
地獄に仏。私は神も仏もないという無神論者だが、このようなときには自然とそう書きたくなる。私を育んだ文化のせいであろう。
S氏が個人負担するのなら、断固お断りした。それは筋が通らない。泣く泣く私が7万円払った方が筋は通る。
が、会社に買わせる?
「やりましょう!」
私は直ちにお願いした。会社とは、社員が利用するための組織である。労働は、そのための対価に過ぎない。だとすれば、自分が欲しいものを会社に買わせて自分がその利益を享受するのは、資本主義社会の当たり前の姿なのである。
というわけで、S氏は高い方の機械を発注してくれた。私は安い方の機械を今日、注文した。明日には届く。
S氏は近く、高い方の機械を持参して桐生に来てくれる。3種の神器が我が家に揃い、念願のデジタルテープからのコンテンツの抜き出しが始まる……。
・エリック・クラプトン クロスロード・ギター・フェスティバル
・デビルズ・ファイヤー
・フィール・ライク・ゴーイング・ホーム
・John Maysll & Eric Clapton Live in Liverpool
・ビートルズ ”LOVE” ドキュメンタリー
・ソウル・オブ・マン
・Eric Clapton Legends Live 1997
・Eric Clapton & his Friend Band Du Lac
・ゴッドファーザー&サン
・レッド・ホワイト&ブルース
・Paul McCartney Live at Abbey Road
・BBキング ブルースの神
・ピアノ・ブルース
・ロード・トゥ・メンフィス
クラプトンがある。ポールがアビーロードスタジオで、ウッドベースを弾きながら、ん? 曲は何だっけ? 確かプレスリーの曲を歌うのもある。マーティン・スコセッシがブルーを追い求めた連作もある。どうです? 音楽だけだって、この豪華さです。
映画となると、
・藍色夏恋
・アリ
・エニイ・ギブン・サンデー
・おばあちゃんの家
・奇跡の人
・禁じられた遊び
・KT
・恋人までの距離
・ザ・ファーム/法律事務所
・白いカラス
・シモーヌ
・ジャン・リュック・ゴダール 映画史
そう、このうちいくつかは、「シネマらかす」で書きましたね。などなど、捨ててしまうには惜しいものが勢揃いしているのです。おまけに
・エンジェルス・イン・アメリカ
などという、アル・パチーノ主演、おちんちん丸出しでアメリカでエミー賞を取ったテレビドラマの秀作もあり、
・火垂るの墓
という涙なくしては見ることができないアニメの、野坂昭如の名作もあるのです。ちなみにこれ、最近ブルーレイで、確か5000円近い価格で売り出されましたが。
というわけで今日、S氏に、テープ一覧のエクセルファイルをメールで送った。
「あなたはどれが欲しいですか?」
という問い合わせである。
私の中で、期待が膨らむ。
接続して、テープを回して、
「何でだよ! 何でダビングできないの!?」
などという事態が起きないことを願うばかりである。