2013
10.19

2013年10月19日 マイ・ブーム

らかす日誌

掛かり付けの歯科医院に行ったのは先週の金曜日である。インプラントした土台がしっかり定着、その上に歯をかぶせたのは1ヶ月ほど前のことだった。

「とりあえず、仮止めしておきます。しばらく様子を見て、具合が良さそうだったらきちんと止めますから来て下さい」

そういわれていたので、先週の金曜日はきちんと止めに行った。これで、しばらくは歯科医のドアを押さなくても済む。仮止めから本止めになった歯を誇りに思いながら歯科医をあとにしたのは、そう、午前11時頃だったと記憶する。

「ん? 何か、歯が浮いてないか?」

本止めした歯に違和感を覚え始めたのは、昨夜のことだ。本止めからわずか20数時間後の異変だった。
たまたま昨夜は、同業者との飲み会だった。会場となったモツ鍋屋でモツを噛みつぶしていた。何となく、本止めしたはずの奥歯が、モツにくっついて歯茎を離れたりくっついたりしている気がする。

「しかし、仮止めの間は何事もなかく快調だった、今度は本止め。仮止め以上にしっかり止めたんだから、そんなはずはないよな」

と考えを巡らせたのは瞬間的なことである。あとは、喉を流れ落ちるビール、日本酒にいつしか我を忘れ、幸い店には若い女性がいなかったためセクハラもせず、おかげでお縄にかかることなく無事自宅にたどり着いて布団に潜り込んだ私であった。


インプラントした左の奥歯で、ガリッと音がした。今日の昼食時のことである。メニューはうどんとおにぎり。デンプンばかりの食事である。が、そんな事実を指摘しようものなら、製作者である妻殿に3日ほど口をきいてもらえないので黙っている。いや、口をきいてもらえなくても支障はないのだが、口をきかない間、何だか2人とも日本刀を鞘から抜き放ち、いつも真剣を手にして対峙しているような気分になる。そんなんで疲れるのは馬鹿馬鹿しいではないか。他の場面でも角を突き合わせるシーンはたくさんあるのだから、出来れば増やさぬに越したことはない。だから、まあ、黙々とデンプンを口にするか、という程度の話である。

いや、横道にそれた。
つまり、本日の昼食には、硬いものは入っていないはずであった。念のため、口中を舌で探っても、硬いものは発見できない。柔らかく咀嚼されているものばかりである。飲み下しても、何も、喉にひっかかるものはない。

だが、気のせいではない。奥歯がガリッと音を出したのは事実なのだ。そこまでの妄想を見る年齢には達していないはずである。

インプラント部分を手で触ってみた。何となくグラグラする。

「おかしいな。何だか、インプラント部分が浮いてきたみたいだ」

妻殿に報告したあと、歯科医に電話を入れてみた。

「そうですか。午後は2時からなので、来てみて下さい」

電話を終えて洗面所へ行き、歯に勢いよく水を吹きかける器具で歯に挟まった食べかすを取り除く作業をしていたときだ。

ボロッ

という音まではしなかったが、そんな感じでインプラントの上に接合したはずの歯が、抜け落ちて口中に落ちた。

あららー、歯が取れちゃったよ。

抜けた歯を後生大事に封筒に入れ、歯科医に行った。

「ああ、そうですか。取れちゃったのね。そうか。いや、先週、歯をはずすときなかなか外れなかったから、接着剤を弱くしたのね。それでかなあ」

といいながら、歯科医師は歯をはめ直してくれた。

「これで大丈夫だと思いますよ。なんかあったら、また来て下さい」

ふむ。歯科医も人間である。である以上、誰にもミスはある。よかれと思ってしたことが、逆の結果になることは良くあることである。だから

「仮止めの時は丈夫で、本止めしたら弱くなるってどういうことだ?!」

と詰め寄るような野暮では、私はない。だが……。


「はい、大道さん」

看護師さんが、受付の窓越しに私を呼んだ。

「はい、今日は130円になります。しばらく様子を見て、またいらしてください」

あのさ、今日も金取るわけ? 今日は、どっちかというと、そっちのミスで、私の大事な自由時間、テープをディスクにする大事な作業を放り出してここに来なければならなくなったんだよね。それなのに、有料? 普通は、

「いや、申し訳ありませんでした」

と、菓子折の一つも、そっちから出して謝罪するところじゃないのかい?

たかが130円。我が愛するタバコ、ハイライトは6本しか買えない金額である。たいした金ではない。だけどねえ……。

わずか130円で、医療業界の不思議な常識に触れたと思えば安いものか?


いま、璃子はFace Time(iPhoneやiPadを使ったテレビ電話)がマイブームである。
昨夜、飲み会の席にもかかってきた。その場所はLTEが使えず、交信できなかったが、今日は朝から、3度も4度もかかってきた。

「ボス、璃子だよ。見える?」

「ああ、ボスだ、ボスだ。ボス、何してんの?」

「花の道。(中略=私が記憶していないため)こうして大きな大きな花の道が出来ました。おしまい」

花の道とは、璃子が暗記してしまったお話である。次女によると、一度聴いただけで覚えてしまい、何かというと「花の道」を口演するのだそうだ。幼児の記憶力はすごい。

「お兄ちゃん、だめ。璃子がボスと話すんだから。だめ、だめ、あーん。お兄ちゃんが意地悪した!」

てな場面を、iPhone、iPadの画面で目の当たりにする。

考えてみれば、テレビ電話とは、遠く離れた人の声が聞けるだけで不思議だった電話の、いつかは来て欲しい未来であった。それが、生きている間に実現するとは。

璃子も瑛汰も、啓樹も嵩悟も、私の未来をいまとして生きる子供たちである。

璃子、いい加減に泣き止んだらどうだ?