2014
08.15

2014年8月15日 フェイスブック

らかす日誌

どういう訳か、いや、訳はちゃんと分かっているのであるが、フェイスブックなるものを始めてしまった。
訳? いや、その、子供たちに強要されたのである。

言い出したのは、サンフランシスコにいる長男である。
子ども連れで2週間もヤツのところに遊びにいっていた次女が(しかし、それを許した次女の旦那は神様みたいにいいヤツだな)、帰国間もなく言ってきた。

「お父さん、フェイスブックを始めろってお兄ちゃんが言ってたよ」

「なんでそんな面倒臭いことをしなきゃいかん?」

「家族限定でさ、写真をアップしたり、ほら瑛汰と璃子がディズニーランドで遊んでいる動画をアップしたりするから、それが見れるんだって」

「そんなもの、ディスクに焼いてくれ。動画は大画面で見るに限る」

「そんなこといったって」

「とにかく、面倒臭いからいやだ」

その話はそれで終わりだと思っていた。
次に話を持ってきたのは、夏休みに遊びに来た長女である。

「うん、お兄ちゃんがそうしろって言うから、うちも始めたのよ。お父さんにもやらせろって、お兄ちゃんが」

「面倒だ。おれはやらん」

そもそも、である。人というのは顔と顔を合わせて付き合うべきものである。その手間を惜しんで、何故にネットで

「どうしてる? 元気?」

なんてやりとりをせねばならんのか?
おかげで、人と人との関係が、何だか薄っぺらくなってきたのがネット時代の最大の罪である。直接顔を合わせれば隅っこで小さくなっている情けないヤツが、ネットの薄っぺらい人間関係を泳ぎ回り、悪口雑言の限りを尽くして普段の鬱憤を晴らす。かと思えば、ネットがあるが故に、ネットでで知り合った男に殺される少女がおり、ネットでいじめられて自殺する中学生、高校生がいる。
俺は、断じてネット族にはならない。

が、抵抗も長く続かなかった。遠くサンフランシスコからお電話をいただいてしまった。

「お父さん、いいから。とにかく始めなって。家族限定だから、他の人間は入ってこないんだよ。面倒臭くないって」

子ども3人に異口同音に責め立てられては、私の抵抗も限界だ。やむなく、一昨日フェイスブックを始めてしまった。

まだ使い勝手がよくわからない。使い方がよくわからない上に、使い方を学ぶ意欲もあまりないから、まあ、最悪のユーザーではある。
で、さっそく家族限定のところにいってみると、ふむ、開設されてまだ日は浅いらしい。写真が12枚、動画が2本。コンテンツはこれだけだ。これをどう楽しめ、ってか?

と思っていたら、長男からメッセージが入った。

「プライバシー設定してくださいな。じゃないと、親父の情報がみなに丸見えなので。 設定→プライバシーで編集できるので」

プライバシー設定? 俺の情報が丸見え? 何だそれ?? それに設定、って……。

「設定、って、何処にある? 」

とメッセージを出しつつ、設定、設定、と必死で探したら、あった。それを開いてみる。説明を読んでもよくわからん。なにをどうすれないいってか? 長男に問い合わせると、

「とりあえず、検索できる人を友達に、コンテンツを見ることが出来る人を友達に設定すれば、今以上の人に見つかることはないよ」

フェイスブック、全くもって面倒なものである。


と思っていたら、今日の夕方になって突然、妻女殿が近寄ってこられた。

「あのー、ほら、パソコンでみんなの写真とか見るヤツ、あれに、私の作ったフラワーアレンジメントを載せたいんだけど」

えーっ、パソコン音痴で、触ろうとも学ぼうともしないお前が?

「だから、写真を撮って、載っけてほしいんだけど」

なに、俺が全部やるわけ?
もう外は薄暗かった。仕方なく、フラッシュまで使って撮影、パソコンに取り込んで家族グループに投稿した。

己の作品がネット上に登録されて、妻女殿はまんざらでもない様子である。この調子では、明日以降も、

「あれを載せて。これを載せて」

といってくる危険性がかなり高い(ここは断じて「危険性」である。「可能性」ではない。このところ、新聞もテレビも、あらゆる場合に「可能性」という言葉を使って恥じない。この2つの言葉、意味内容が全く違うことぐらい、言葉を扱うプロなんだから、わきまえてくださいよ!)
それなら、自分で写真を撮れば? パソコンとは言わないまでも、iPadの触り方ぐらい覚えたら、とわめき散らしたい気分だが、なにしろ学習意欲ゼロ、能力ゼロ。あらゆることは、私に向かって

「あれやって。これやって」

といえば実現すると信じることで無学を続けていらっしゃる方だから、彼女の自立の可能性は限りなく低い(そう、ここは「可能性」です)。

つまるところ、私の手間だけが増えたフェイスブックである。
何でこんなものが世界的に流行るんだ?