2015
04.15

2015年4月15日 所感

らかす日誌

まあ、見て唖然とした。今朝の朝日新聞、「声」の欄である。

「どう思いますか」

という特集が組んであり、どう思うかの対象は、映画館でのポップコーンを食べる音が迷惑だ、との投書であった。これを「受動ポップコーン」と命名し、「受動喫煙」と同じ迷惑行為だと断じる投書である。

私なら、

「だったら、映画館なんて行くなよ」

と一言で片付ける。ところが、片付けない人もいる。

「音が嫌で映画館には行かない」

との投書が掲載されていたのである。 
テーマとなった投書を書いたのは、55歳の男性。その通りとの投書をよこしたのは53歳の女性。おいおい、今の50代って、ケツの穴が小さすぎる万年便秘症ばっかりか?
もっとも、たった二人の投稿でそう断じる私もろくなものではないが。

人が生きるということは、周りに多かれ少なかれ迷惑をかけるということである。その事実が分からない方はこれから先を読んでいただいても仕方がない。
おぎゃあ、と生まれることは、親に迷惑をかけることの始まりである。ピーピー鳴いて親に迷惑をかける。言うことを聞かずに親の血圧を上げる。テストで30点しかとれなくて親を泣かせる。
そんなのは当たり前である。

少し大きくなれば、キャッチボール(そういえば、最近とんと見なくなったなあ)をしていて隣家のガラスを割って逃げる。通りすがりの家のインターホンを押して逃げる。

いや、意図的な悪戯だけではない。あなたの成績優秀でテストで1番だったら、2番になった子に迷惑をかける。だって、あなたがいなければ、その子が1番の栄冠を勝ち得ていたのだ。
あなたが仕事で大きな成果を上げて上司に絶賛されれば、なかなか成果を上げることができない同僚にとってはとんでもない迷惑である。

挙げればきりがないが、つまり、生きるということは、多かれ少なかれ、誰かに迷惑を及ぼすことなのである。

で、何? 映画館でポップコーンを食べる音がうるさくて映画に集中できないと?
さて、ポップコーンの音で映画に集中できないのは、その周りにいる全員なのだろうか? それともあなただけなのだろうか? ひょっとしたら、誰も気にしないことを、あなただけが気になって仕方がないのではないか?

人間とは極めて融通無碍に出来上がっていて、耳は聞きたい音だけを選択して聞く。だから、すべての音を増幅する補聴器をつけると、普段は無意識のうちに「聞かない」ことにしている音まで聞こえてきて戸惑うらしい。
目、だっていい加減なものだ。観光地で、これまで見たこともない絶世の美女に出会えば、私は彼女の背景にあるはずの賞賛される景観など、それがどれほど美しくても目にとまらない。記憶にも残らない。

ポッポコーンの音が気になって映画に集中できないあんたは、ポップコーンの音がなくても映画に集中できないのではないか? 集中できないのをポップコーンのせいにしてないか?

アドバイスはひとつだけ。
もっといい映画、我を忘れてスクリーンに釘付けになるような映画を見に行きなさい。
ま、そんな映画は滅多にないことは事実だが。

にしても、朝日新聞がどうしてこんなつまらない投稿集を作るかねえ。
学校のそばに家を建てて、

「子どもの声がうるさい!」

とわめいているヤツらを読者にしたいのか?


もうひとつ、今朝の読売新聞。
中の方に、「読売KODOMO新聞」というページがあった。本の特集である。
ま、子どもに本を薦めるのはいいことである。だから、私も啓樹、瑛汰、璃子、嵩悟には沢山本を読んでほしいと思って実行している。
その一角に、

「先生が選んだ『君に贈る本』ベスト30」

というのがあった。
なんでも、中学、高校生に読んでほしい本を、全国の中学・高校の先生にアンケートした結果だという。
それを見て、唖然とした。

1位の「こころ」は、なるほど、と思う。だが、2位は

「永遠の0」

だった。百田直樹? あの禿の本? 私も読んだが、ちっとも記憶に残ってないぞ!

読んでない本をこき下ろすのはいかがかとは思う。だけど、中学・高校生が恩田陸(「夜のピクニック」)や、沢木耕太郎(「深夜特急」)を読んだ方がいいのか?
これは読んだ本だが、「天地明察」(沖方丁)の何処が、中学・高校生向けなんだ? 軽い軽い読み物に過ぎないぞ! そんなのが、生きる栄養になるか?

私なら、「海の都の物語」をはじめとした塩野七生の著作を薦める。夏目漱石を研究対象とした江藤淳を勧める。ニュージャーナリズムを切り開いたハルバースタムを勧める。謎解きなら、エラリー・クイーンは是非ものだろう。歯が立たないかも知れないが(私がそうだったから)、知の巨塔、吉本隆明にも目を通してほしいし、知性の切れ味からしたら芥川龍之介も読みたい。「未完のファシズム」の片山杜秀は知的興奮を呼び起こすし、福岡伸一の著作は、生命の神秘に誘ってくれる。それに……。

もういうまい。
最近の先生方の知性は、その程度なのであろう。その程度の本しか読んでいないのだろう。

そんな先生方と読売新聞に囲まれて、今の子供たちは、さぞや生きにくかろうと同情するばかりであった。