2017
06.14

2017年6月14日 出口のない部屋

らかす日誌

次の車は中古車にしようと思うに至った。最近のことである。

いまのBMWはすでに12年目に入った。走行距離は11万7000㎞。立派な中古車である。というか、そろそろ寿命が尽きても仕方がない年代の車である。
とは思いたくなかった。だが、そう思わざるを得ない事態に陥った。

話は5月、5回目の車検を受けたときに遡る。

さんざんな車検だった。エンジンオイルが大量に漏れているのだという。排気管にもオイルが漏れ落ちていると聞いて、否応なしに修理を依頼した。その費用、約37万円
いまや私は、年金生活者である。いや、一応事業を始めたことになっているが、まだ暮らしを豊かに支えるほどの収入は、残念ながらない。そこに37万円。痛かった。痛くても、車は暮らしの必需品である。いつでも使えるように整備しておかねばならない。

「ねえ、だから買い換えましょうよ」

という営業マンの誘いは、

「買うとしたら、次のモデルに決めている」

とはねつけた。しかし、37万円も払うのである。ちょいとお願い事をした。
私の車が昨年末、突然エンジンがかからなくなって、町の修理工場を経由して前橋のBMWディーラーに修理に出したことはすでに書いた。この時かかった費用も同じ程度で胃が縮まるほどの痛さを感じたが、話は私の痛さではない。修理から戻ってきた車にこの春、少しばかりの違和感を感じるようになったのだ。高速道路で追い越しをかけるとき、瞬間、エンジンが止まるような感触が時折現れる。

「だから、何が原因か調べてほしいんだけど」

調べた結果は、車のコンピューターも1度だけ、エンジンの不具合を記録しているという。そして、その原因はエンジンのバルブ調整機能ではないかというのである。

「確か、前橋で昨年末に修理をされているのですよね。だから、一度前橋のディーラーに点検させてみたらどうですか。BMWは修理後2年間の補償があります。エンジンがかからなくなったのと同じ原因なら、その補償で修理してもらえるはずですから」

私は素直な人間だ。そういわれれば、前橋に点検に出すしかない。しかも、修理に手落ちがあったかどうかの点検だから、金を取られることはあるまい。だとしたら、出すしかないではないか。

その点検の結果が先日出た。結果は、我が愛車の老朽化を告げるものだった。

「エンジンのバルブを調整する機能が衰えています。だから、エンジンが高回転になるとバルブの調整が追いつかなくなって症状が出るようです。昨年修理させてもらった箇所とは違いますので、補償の対象にはなりません」

ああ、そうかい。そりゃあ、あんたんところで修理したのをあんたんとこで点検するんだから、うちに手落ちがありました、という返事は聞けないとは思っていたけど、そんなに悪いのかい。

「で、直すのにいくらかかります?」

 「ざっと、30万円ほどかと」

30万円! だって、去年の暮れと車検で70万円以上つぎ込んで、この上30万円?! 12年目に入った車に30万円?!

「ということは、急加速をしなければ症状は出ないわけだね。わかった、安全運転に徹します。で、30万円かけると、あと4、5年は乗れるかなあ。実は、次の車は3シリーズの次のモデルにしたいと思っているのよ。話を聞くと、一番故障しにくいのは新車が出て、マイナーチェンジをしたあとだというから、だとすると、あと4、5年はこの車に乗らなきゃならないわけ。大丈夫かな」

私の車はよく故障をした。聞くところによると、新型車はまだ製造工程が不安定で、故障が出やすいという。機械として安定するのはマイナーちゃん時を経た後。それを知ったのはいまの車を買ったあとで、いまの車はモデルチェンジした3シリーズのツーリングワゴンとして日本に入った第1号車である。だから故障が多いのかと疑っている私なのだ。

「といわれましても、11年の11万7000㎞ですからねえ。何ともいえません」

私が、次の車をどうしようかと考え出したのは、それからである。
いま売っている新車はモデル末期、いってみれば、一番丈夫に作られているはずの車である。だが、これには乗りたくない。
では、期待している新型が出たら買い換えるか。だが、これも新型になったばかりで、有識者の話では、故障しやすいのである。いまの車のように、修理代がかさんでは我が家の家計が持たない。
一番いいのはいまの愛車に乗り続けることである。が、目の前に30万円の出費がある。そして、4、5年も乗れば修理代は30万円では納まらない危険がある。

こうして、私は出口のない部屋に閉じ込められてしまった。

が、だ。あらゆる密室殺人ミステリーには、必ずどこかに出口がある。出口がなく、結局犯人は分かりませんでした、ではミステリー小説としては失格である。だから、どんな密室にも、必ず外に出る手段はあるはずだ。

私の場合、出口が見つかったのは人間関係だった。

 「あ、いいですよ、探してみましょうか」

そういってくれたのは、業として中古車のオークションに参加している友人であった。そのオークションは業者間のもので、私のような素人は参加することができない。

「こうやって探すでしょ。中古車で高い価格がついているのはベンツ、BMW、ポルシェ、アウディ、ボルボ程度で、国産車は安いし、外車もこれ以外だったら、こんな値段! という価格です」

パソコンを操作しながらの彼の話に、いちいち相づちを打つ。

 「でね、見てると、いま挙げた外車は、オークションの落札価格に100万円ほど乗せて客に売られています。国産車は20万円から30万円乗せるという程度ですね」

ほう、それが中古車市場の実態か。それでBMWは?

「4、5年乗りたいというと、5年落ちぐらいですかねえ。ほう、ディーゼルがいい。だとすれば、これなんかどうです? 5年落ちで120万円で落とせますよ」

5年落ちで120万円!

「それにいろいろな経費がかかって150〜160万円ぐらいになると思うんですが」

その瞬間、私は出口を見つけた。いまの車に乗り続ければ、なにしろ大中古車である。故障はこれまで以上に増える恐れがあるし、だとすると、修理代だけでもその程度の金額に昇る危険性がある。5年落ち程度なら、余り故障を気にせずに乗れるのではないか。それも、マイナーチェンジ後の車を狙えば、ずっと安心なはずだ。それに、いまの車より新しいわけだから、快適性も向上しているはずだ。私の車のナビは故障しているが、5年落ちなら立派に動いているだろう。

というわけで、私は出口を見つけ、心を決めたのである。
とりあえず、これはダメだという兆候が見えるまでいまの車に乗る。兆候が出始めたら、彼に頼んで中古車を買ってもらう。
そして、BMWの次のモデルがマイナーチェンジを過ぎたら、買い換えを考える。

と心が決まって、車についての心配がなくなった。心配がなくなったら、またしてもいまの愛車が愛おしくなった。おい、いつまでも元気で走ってくれよな。最後までつきあうからよ!

だが、ここまで考えて、ふと思ってしまうのである。

「だけど、いかに中古とはいえ、この値段で手に入るのなら、ずっと中古に乗っていてもいいのではないか?」

あて、晩年の私は新車に乗るのだろうか。それとも、中古車を乗り継ぐようになるのだろうか。新車の心地よさは捨てがたいが、何しろこの価格だもんねえ。

To be or not to be. That is the question.

そんな心境の私である。