2017
07.22

グルメに行くばい! 第43回 :番外編9 グランドケイマンへ(2004年7月9日)

グルメらかす

人の記憶とはなものである。
それまでのことは記憶にある。それからのことも記憶にある。前後から考えて、「それ」はあったはずである。なければつじつまが合わない。それなのに、頭の中のどの引き出しをあけても、「それ」がない。

メキシコシティを出た私は、アメリカの2つの空港を経由してグランドケイマンに着いた。
記憶が途切れているのは、経由した空港がどこであったかという点だ。日本に帰国した直後にも思い出そうとした。
思い出さないうちに仕事が忙しくなり、それどころではなくなった。
いま、この原稿を書くのに、世界地図まで引っ張り出して記憶の底を探った。
底が抜けた引き出しに入っていたのだろう。出てこない。

いつもの通り自分に限りなく甘くなることを許していただけるなら、仕方ないのである。なにせ、この旅程の間中、私は数分に1度の頻度で腹部を襲う激痛に耐えていたのである。腹を抱えるように背を折り曲げて唸っていたのである。目的地にたどり着くには、とにかくここで飛行機を乗り継がねばならないという意志の力だけで体を動かしていたのである。
部分的に記憶が途切れてもやむを得ないではないか。誰が私を責められようか。

最初の空港は、私がメキシコからアメリカに再入国した地点である。当然、入国検査がある。ために、スーツケースが手元に戻ってきた。

「助かった!」

私は安堵の吐息を漏らした。スーツケースには、日本から持参した薬品群が入っているのだ。使うこともなかろうと思いつつ持ってきたものが、こうなると救いの神に変身する。検査が終わると、私は薬品群の中から、ワカ末を引っ張り出した。そう、使い慣れた

「下痢、消化不良による下痢、食あたり、はき下し、水あたり、くだり腹、軟便」

の諸症状に効く薬である。

(当然の疑問への回答) 
それほど腹痛がひどかったのなら、なぜ機中でスチュワーデスに薬を求めなかったのであるか? 当然の疑問である。 
私も考えなかったわけではない。が、いくつかの障害があった。 
乗った飛行機は、日本の国内線ではない。メキシコシティからアメリカに向かう国際線である。日本人のスチュワーデスはいない。そもそも、機中の日本人は私1人である。ために、コミュニケーションは英語で行わなければならない。 
腹痛は「stomach ache」であると教わった気がする。だが、いま感じているのは、どうも胃の痛みではなさそうである。だとすると、 
“I have a stomach ache.” 
と訴えても仕方がないのではないか? 違った薬が出てくるのではないか? 
じゃあ、 
“I have a pain here.” 
とやってみるか? だけど、機中に用意されている薬は、欧米人に会わせて調合されているものではないか? 日本人である私が飲んでは、ひょっとして薬疹が出たりしないか? 
そういえば、スーツケースの中に薬が一杯入っていたよなあ。あの中に、「ワカ末」もあったはずだ。到着まで我慢しよう! 
てなわけである。 
以上をまとめると、次のようになる。 
日本語が通じるスチュワーデスがいなかったので、仕方なく我慢した。

 水なしで「ワカ末」を飲み込み、再び機中の人となった。が、薬なんざあ、飲みました、はい効きました、というわけにはいかない。効果を現すまでには、時間がかかるのである。シートで、腹を抱きかかえるように体を丸めて過ごした。痛みは相変わらずである。

 次の空港で、いよいよグランドケイマンに向かう飛行機に乗り換えた。幸運なことに、座席はファーストクラスだった。なんか、地獄にさす一条の光のような気がした。

 このころになって、やっと「ワカ末」が効果を発揮し始めたのか、痛みは多少和らいだ。といっても、和らいだのは多少で、かなりの激痛が続いていることに変わりはない。ファーストクラスのシートで丸まっていた。

 隣の席に女性が座ったことは分かっていた。隣に座るときにちらりと見たし、漂ってくる香水の香りは、「オンナ」のもの以外ではありえない。
しかし、その女性がマリリン・モンローであっても、しかもオールヌードで座っているとしても、その時の私はその気になるような状況ではなかった。腹の痛みだけで頭は占領されているのである。

(余談) 
本能の1つとも、煩悩の1つともいわれる異性に対する関心は、序列がずいぶん下の本能、煩悩である。

 飛行機が飛び立ってからどれくらいの時間がたっていただろうか。

“Are you all right?”

座席でうずくまっている私の耳許で、柔らかい女性の声がした。突っ伏していた頭を、左にひねった。隣の席の女性が、心配そうな表情で私を見ている。

 “ You look so pale.”

それはそうであろう。こちとら、朝から腹がシクシクと、あるいはガンガンと痛み通しなのである。加えて、昨夜の夕食からこちら、何も食べていないのだ。もう午後3時過ぎ。とすれば、20時間近く、意図せざる断食を続けていることになる。これで健康そうな顔色だったら、私はお化けである。

それにしても、である。
この時、初めて隣席の女性をまじまじと見た。
美人である。すこぶる付きの美人である。
年の頃は30歳前後か。セックス・シンボルといわれたマリリン・モンローの妖艶さはない。理知的な顔立ちである。セミロングの美しいブロンドの髪が、ポニーテール風にまとまって背に落ちている。瞳は透き通るようなブルーだ。顔立ちは、若いころのジェーン・フォンダの、いかにも生意気そうな口元を、ずっと柔和に、チャーミングにした感じ、といえばおおむねの感じをつかみ取っていただけるだろうか。
その女性が、隣の席から、私をじっと見つめている。我々を隔てる距離は50cmもない。目と目があう。

よろしいですかな、みなさん。すこぶる付きの美女が、わずか50cmの距離で、私を見つめているのである。千載一遇の好機ではないか。望んでも、普通は絶対に得られない好機ではないか。これで勇み立たなければ、男じゃない!

ところが、
その時、情けないことに、私は男じゃなかった。男でありたいという意欲すら、どこかに失せてしまっていた。腹痛に苦しむ人間に過ぎなかった。

が、男ではなくても、臨席の女性が示してくれた暖かさ、優しさ、こまやかな心遣いには応えなければならない。無視すれば、人非人である。

痛み続ける腹をなだめつつ、不自由な英語を悔やみつつ、私はご厚情に感謝するとともに、この間の経過を語った。私の英語にどの程度の通用力があるかどうか不明だが、彼女は一所懸命に聞いてくれた。ように見えた。

“Then, you have to eat something.”

私の話を聞き終えると、彼女はスチュワーデスを呼び、チーズと紅茶を頼んでくれた。

「いや、まだ食べられそうにないので」

といわせない強さがあった。運ばれてくると、

「食べなさい」

という。

(許諾要請) 
このあたりからの会話は、私が勝手に日本語訳することをお断りしておく。

 といわれても、腹はまだ痛む。食欲はまったくない。といっても、彼女は理解を示してはくれない。

「とにかく、無理してでも食べておかないと、体力が衰える一方である」

私に命令している人間が、いくら女といっても○○○○や□□□□だったら、無視したであろう。△△△△でも従わなかったに違いない。しかし、思わず目を奪われそうになる美女が命ずるのである。彼女の機嫌を損ねたくはない。できることなら阿りたい。ペットになりたい

(余談) 
「○○○○」「□□□□」「△△△△」には、あなたの好みで固有名詞を入れてください。

 私は、紅茶を口に含んだ。チーズを囓った。しばらくすると、ほんの少しだけ、気分がよくなった、ような気がした。無理はしてみるものである。美女の命令には従ってみるものである。といっても、男になれるほどではなかったが。

ほんの少しだけ気力、体力を回復した私に、彼女は盛んに話しかけてきた。
なんでも、ロサンジェルスの不動産屋に勤めており、仕事が一段落したので、10日ほど休暇をとってグランドケイマンに遊びに行くのだという。

「1人で?」

と聞くと、友達とは現地で落ち合う計画なのだそうだ。

(追加) 
友達がmaleかfemaleかは聞き忘れた。 
雰囲気はfemaleだった。 
希望的観測、かもしれない。 
ふむ、私は何度、希望的観測で人生を誤っただろう?

 「でも、ケイマンって、カリブの美しい海以外には何にもないみたいだけど、毎日泳ぐの?」

という質問には、

「水はあまり好きじゃない。ビーチに寝そべって、ペーパーバックを読むのよ」

という答えが返ってきた。
本を読むために、ロスからグランドケイマンまで、ファーストクラスの高い金を払ってわざわざ出かける。真っ青なカリブの海に溶け込みながら、ビーチチェアに体を預け、ペーパーバックを読む金髪の美女。ハリウッド映画の一シーンである。

連休になると、観光地に向かう高速道路は30km、40kmの大渋滞となる。やっと目的地に着く。銀座並の人混みの中、あちらでもこちらでもデジカメのシャッター音が炸裂する。遊戯施設の前に長い人の列ができる。トイレに行きたい、ソフトクリームを落としちゃったと子供が泣く。疲れてベンチに座り込んだ父さんがいる。夕刻が迫ると、また大量の車が大移動を始める。
彼我のレジャータイムの使い方には、まだ大きな格差がある。

(余談) 
にしても、高速道路で渋滞に巻き込まれているときにおしっこをしたくなった人は、どうやって生理的欲求を満たしているんだろう?

 「えーっ、あなた、日本人なの?! それは奇遇よ。だって、私の会社、日本の不動産会社と提携したばかりなのよ。六本木にある大手よ。私もそのチームに入っていて、やっと先週、調印までこぎ着けたの。休暇をもらったのも、そのご褒美みたいなものね」

彼女の笑顔がまぶしかった。
そうか、そうなのですか。その不動産会社は、まんざら知らない会社でもないのです。ひょっとして我々って、縁があるのでしょうか。この飛行機で、隣同士になって、私はキリスト教徒ではありませんが、いや、あらゆる宗教と無縁のものですが、でも、神様を信じたくなりました。私が腹痛で苦しんでいて、たまたまあなたが隣の席に座られて、親切に介抱してくださった。せっかく神様が骨を折ってくださったのに、そのお志を無にしては、我々は地獄行きを免れません。
で、今晩のホテルはどちらです? ご一緒に、神のご意志に乾杯しませんか。素敵な夜を過ごしましょう。お迎えに上がるのは8時でよろしいですか? どこか、素敵なレストランをご存じですか? ご存じない。わかりました。私が調べておきます。
では、8時に。

なんて事態に進むには、私はあまりに男でなさ過ぎた。なにせ、腹はまだシクシク痛んでいるのである。すべてメキシコシティのサラダのせいである。
さらに、2人の間にはより大きな障害が横たわっていた。2人は異なる国の民である。私は日本語を母国語とし、彼女は米語を母国語とする。私の英語力では、上に書いたことすら満足に英語に移し替えられないのである。ましてや、美しい米国女性を前にして、当意即妙の会話を繰り広げるなど、私にとっては、井上康生を内股で投げ飛ばすことより難しいのである。

それでも会話は弾んだ。弾む会話の間、我が視線は彼女のあちこちを彷徨う。目を見て、口を見て、鼻を見て、髪を見て、という具合である。
その視線が、彼女の胸に落ちた。いや、胸の膨らみではない。胸にできているVゾーンに落ちた。

肌が荒れている!

視線を顔に戻した。美姫である。どう見ても、30歳前後の美姫である。もう一度Vゾーンを見る。日本の女性なら50歳になっても、いや60歳になってもこれほどには肌は荒れまいというほど、肌が荒れている。ザラザラである。

民族の違いか? アジア種と欧米種は、これほどまでに肌の衰え方が違うのか?
食い物の違いか? 肉中心の食事は、これほどまで急速に肌を傷めるのか?

肉より魚が好き、適当に野菜も食べる。我が食生活に感謝の念を起こしながら、一方で、それでなくても休暇状態にあった我が男の部分が、完璧に病の床に伏した。

かくして、何事もなく、家庭争議の元も作らず、我が人生に悩みの種も植え付けず、飛行機は、グランドケイマンの空港に滑り込んだ。外は風混じりの雨だった。

(余談) 
いいじゃん! 人間だもの、欠点の1つや2つあるさ。それを乗り越えるのが愛だろ、 愛! 進め! がむしゃらに進め! 
突進せよ! 
と、いまごろ言っても、思っても、もう遅いよナァ……。

 彼女とは、空港のロビーではぐれた。今日までそれきりである。