2017
08.02

2017年8月2日 祭と仕事

らかす日誌

いつまで持つかと私のような者にまで心配されている米国のトランプ大統領。まあ、いつまで持つかは神のみぞ知るだが、見ていて飽きないね、この人。
なにしろ、言うこと、やることがハチャメチャ。他人事だからどうでもいいのだが、知能指数を疑いたくなるパフォーマンスを繰り広げてくれる。

まあ、日本のテレビを見ていても、

「これ、男? 女?」

と首をひねりたくなる摩訶不思議な人物や、笑えないお笑い芸人が次から次に登場して愚にもつかぬ事を垂れ流す。なぜ彼らが登場するかというと、視聴者、言い換えれば有権者の多くがが喜んで見るからだ。
トランプだって、立派なお笑い芸人であり、摩訶不思議な人格の持ち主である。それが大統領選挙に名¥勝ほど有権者の支持を集めたわけだ。
してみれば、日本もアメリカも、変なヤツが多数の支持を集める事情に変わりはないと見える。

それにしても、だ。笑いながら、あるいは笑えぬパフォーマンスにハラハラしながらトランプを見ていて、大変不思議なことに気がついた。
この人、経営者である。それも、巨万の富を築いた、大成功した経営者である。だけど、ほんとに経営者なのか?

とにかく、側近に人が居着かない。生意気なことを言ったこいつの首を切って、反抗したからあいつの首も切って、新しく雇い入れたヤツが

 「あの男は問題だ」

といったから、採用したばかりの男の首も切る。在任期間わずか1週間

そんなことやって、企業経営ってうまくいくのか?
そんなことやって、トランプタワーを建てる金が稼げるのか?
そんなことやって、巨万の富が築けるのか?

いつもなら、

そんなことやって、あんないい女をくわえこめるのか?

と書き続けるところだが、どう見てもトランプの横に立っているファーストレディは美しくない。あんな女、頼まれても腕すら組みたくないから、今回は書かない(ん? 結果的に書いちゃったか?)。

つまり、大統領としてのトランプがやっているような人事を企業でやったら、倒産までの残り時間を数えるしかないはずである。それなのに、トランプは経営者であり続け、アメリカでも有数の金持ちのままだ。
そんなことってあり得る? あり得ないはずだよなあ。

これは後の世に、21世紀の七不思議の一つに数えられるに違いない。

ところで私事だが(まあ、いつも私事を書き連ねているのではあるが……)、このたび、桐生祇園祭の公式カメラマンに採用された。4日から6日までの祭り期間中、私はNIKON 750を首からぶら下げて祭の写真を撮りまくる。

きっかけは、祭を担う本町町内会の一つ、三丁目町内会に頼まれて祭のパンフレットを作ったことだった。三丁目が誇る、全高7.5m の「翁鉾」の解説を試みたのだが、それだけでは4ページのパンフレットにしかならず、やや寂しい。そこで、三丁目の長老たちに祭の話をしてもらうことを提案した。4ページが6ページに増えればいい、程度の軽い気持ちで5人の方の話を聞いたが、これがめっぽう面白い!
面白いから、原稿が長くなる。長くなった原稿を削りたくない。となると、2ページで5人を収容するのは難しくなる。

「えーい、ままよ!」

とインタビュー編を独立させ、こちらは6ページのパンフレットに仕上げた。合計10ページのお祭りパンフができた。

いや、公式カメラマンの話であった。間もなくそこにたどり着くから、いましばらく我慢をしていただきたい。

5人のインタビューには、当然5人の写真を掲載した。何しろ祭である。祭のパンフレットにしかめっ面は似合わない。インタビューが一段落したあと、カメラを構えた私は、被写体に笑顔を求めた。カメラを構えた姿勢であれこれ駄弁を労し、何かと茶々を入れて笑わせる。笑った瞬間にシャッターを切る。

こうして5人の写真がパンフに掲載された。パンフから、5人の素敵な笑顔がこぼれている。

「そうか、あの写真が評価されたのか。そういえば、編集段階からあの写真には喜んでもらってたもんな。『これなら葬式の写真にも使える』って言ってくれたのは、ああ、あれはが言ったんだっけ」

5人のポートレート写真が高い評価を得て、私を公式カメラマンに押し上げた。
私は、そう信じて疑わなかった。

先日、三丁目の町内会長さんにあった。私を公式カメラマンにした人である。
私は、謙遜してお聞きしてみた。

「いやあ、僕はカメラの腕には自信がないんですよ。どうして私が公式カメラマンに?」

町会長さんは顔色も変えずにおっしゃった。

「大道さんはいいカメラをお持ちじゃないですか。我々の持っているようなカメラでは解像度がどうもダメで、たくさんの人の集合写真を撮って引き伸ばすと、何となくぼけるんですよ。そこへ行くと、大道さんのカメラは素晴らしいから……」

そうか、高く評価されたのは私の腕ではなく、私の持つカメラだったのか……。
道具に救われた私であった。

それはそれとして。
4日昼前から、私は三丁目の公式カメラマンとして町に出る。カメラよ、NIKONよ、ちゃんと働くのだぞ!