2017
08.17

#41 : スピード - じゃあセックスしなきゃ(2005年7月5日)

シネマらかす

思わずポケットのハンカチを探って溢れ出る涙を拭うようシーンは、
ない
俺の人生、これで良かったのか? という深い自己認識を呼び覚ましてくれるシーンは、
ない
現代社会に鋭く切り込んでうならせるシーンは、
ない
果敢に権力と闘い、胸のすく思いをさせるシーンは、
ない
人間の気高さ、美しさを歌い上げ、いつの間にかなくしつつあった大事なものに気づかせてくれるシーンは、
ない
ただただひれ伏すしかない女性の美しさを見せてくれるシーンは、
ない

すべて、ない。なのに、面白い。何度見ても面白い。「スピード」は娯楽映画の傑作である。

爆発物処理班にいた元警察官が、自分の得意技である爆発物を使って金を脅し取ろうとする。それを阻止しようというのが、ロス市警と、不幸なことに事件に巻き込まれた大学生、アニー。爆破魔が乗り合いバスに仕掛けた爆弾は、バスの時速が50マイル(80km)を超すとスイッチが入り、いったんスイッチが入ってしまうと時速が50マイルを切った瞬間に爆発するという巧妙な仕掛けが施されていた。アニーがハンドルを握り、ロス市警の腕利き、ジャックが爆弾の処理に当たるが……。

(余談)
なんでも、この
「一定速度以下になると爆発する」
というアイデアは、1975年公開の東映映画「新幹線大爆破」のパクリだそうです。見てないので何ともいえませんが、ストーリーを読む限り、仕掛けたのは元過激派で、爆発物は無事取り除かれるようです。でも、「スピード」ではそれほど甘い爆発物の設置はされていません。これは、アイデアのパクリというより、アイデアのリファインでしょう。

 爆破魔からの挑戦状は、爆発と一緒に突然ジャックに届いた。ジャックの目の前で運転手だけが乗ったバスが爆発炎上するのである。ビルのエレベーターに爆弾を仕掛け、300万ドルを奪おうとした計画をジャックに阻止され、逆恨みしたのだ。ジャックはエレベーター事件の手柄で、勲章をもらい、授賞式はテレビで中継されていた。
炎上するバスに駆け寄ったジャックそのそばで公衆電話が鳴る。受話器を取り上げると、不気味な声が流れてきた。

 ”What do you think, Jack? You think if you pick up all of the bus driver’s teeth, they’ll give you another medal?”
(どうだ、ジャック? バスの運転手の歯をみんな拾い集めたら、また勲章が貰えると思うか?)

 ”Pop quiz, hot shot. There’s a bomb on a bus. Once the bus goes 50miles an hour, the bomb is on. If it drops below 50, it blows up. What will you do? What’ll you do?”
(ちょっとしたなぞなぞだ。バスに爆弾を仕掛けた。時速50マイルを超えたら、起爆装置が働き出す。50マイル以下にスピードが落ちれば爆発する。どうする? どうしたらいいと思う?)

“There are rules, Jack. I want you to give this right. No one gets off the bus. If you try to take any of the passengers off, I will detonate it. I want my money by 11:00 a.m.”
(こいつにはルールがある。でないとゲームが成立しない。誰もバスから降りてはいかん。誰かを降ろしたら爆発させる。11時までに金を用意しろ)

要求金額は370万ドルに増えた。ジャックはすぐにバスに駆けつけるが、既に出発したあと。バスは高速道路に入り、間もなく時速50マイルを上回った。バスの乗員、乗客は15人。「スピード」に、彼らの命がかかる。必死の救出作戦が始まった。爆発物は、バスの床下である。

・ 爆発物を取り外せないか
・ 起爆装置を解除できないか
・ 乗員乗客をバスから降ろせないか

 当然のことながら、救出作戦はそんな順序で進む。
だが爆破魔には、そんな警察の思考方法はすべてお見通しである。爆発物には巧妙な仕掛けを施した。取り外し、起爆装置の解除は不可能だ。では、乗員・乗客をバスから降ろせるか?
爆破魔は、遠隔操作で爆発させる装置も組み込んでいた。誰もバスから降ろすな。そのルールに違反したら、リモコンでバスを爆発する。
監視装置はテレビである。これほどの大事件になれば、すべてのテレビ局がこぞって実況中継をする。いいアングルから撮ろうとヘリを飛ばす。バスの様子は自分の部屋のテレビを見ていればすべて分かる。爆破魔は4重にも5重にも壁を作り、鉄壁の守りを固めているのだ。

(余談)
それにしても、と思います。大事件が起きると、どこのチャンネルに合わせてもその大事件しかやってない、って、なんだか壮大な無駄であるという気がしてなりません。どうせ同じネタを追いかけるのだから、似たり寄ったりの映像しかとれないし、現在進行形の事件は全容が分からず、裏の裏まで読んだコメントを出すこともほぼ不可能。かくして、どこのチャンネルに合わせても、ほぼ同じことしかやってない。くじ引きで、この事件はどこのテレビ局が担当する、って決めた方が経費も助かるだろうし……。
見たいと思っていて映画が、おかげですっ飛んだりすると、文句の1つもいいたくなります。

 「スピード」の最大の魅力は、犯人像の設定にある。爆発物を使って金を脅し取ろうとする犯罪映画は他にもある。だが私の記憶にある限り、犯人は爆弾テロを実行していた元過激派のメンバー、軍で爆発物を扱っていた男がほとんどだ。
では、「スピード」の犯人は?
犯人、ハワード・ペインは、警察の爆発物処理班にいた。爆発物のプロを相手に闘ってきた男である。何十年も、プロが知恵を凝らして仕掛けた爆発物を処理してきた。プロが仕掛けた爆発物は、思いつく限りのあらゆる状況を想定し、目的通りに爆発するよう仕掛けられている。それを見破り、時間と、恐怖と闘いながら、プロの意図を打ち壊す仕事を続けてきた。
知恵と知恵との戦いで、ハワード・ペインは常に勝利する男だった。プロとの闘いに連戦連勝するには、プロ以上の能力と知恵がいる。勝利を重ねることで、能力と知恵は磨きがかかる。ハワード・ペインは、爆発物のプロに勝るプロフェッショナルなのだ。おまけに、警察の行動、思考法には通暁している。最強の爆破魔なのである。
たった一度だけ失敗した。爆発物処理中の事故で左手の親指を吹き飛ばした。なのに、その報酬はケチな勲章と安物の金時計、それに

「事故は気の毒だったな」

の言葉だけ。人生を賭して、命を賭して続けてきた仕事への報酬がこれだけ? 猛烈に腹が立った。引退したハワードは復讐を誓った。
こんな魅力的な犯罪者を創造したことで、「スピード」は傑作になる資格を得た。

魅力的な犯罪者の創造は、傑作になるための必要条件ではあっても十分条件ではない。
ハワードがバスに仕掛けた爆発物を引き金に、息もつけないようなスピードで物語が進む。ジェットコースターに乗っているようなスピード感と恐怖感。これが十分条件である。

ジャックは、高速道路でバスを追う。一刻も早くバスを止めなければ、バスは時速50マイルを超えてしまうのだ。でも、高速走行中のバスをどうやって止める?
良かった。バスが速度を落とした。前方での交通事故のおかげだ。ジャックは車を降りてバスに駆け寄り、ドアを叩きながら叫ぶ。

“Stop! Open up!”
(止まれ! ドアを開けろ!)

そんな! 高速道路のど真ん中で乗客を乗せるバスはない。おまけに、悪いことに車が流れ始めた。バスは高速道路上でバスに乗ろうとするおかしな男を無視し、徐々に速度を上げながら走り去る。

“Stop the bus! L.A.P.D.! L.A.P.D.!”
(バスを止めろ! ロス警察だ!)

必死の叫びも運転手のサムに聞こえたのかどうか。そして、バスの時速は間もなく50マイルを超えた。もうあとがない!
どうする? とりあえず追いかけるしかない。ジャックは走ってきた車を止める。犠牲になったのは黒人が運転するオープンカーだ。英国の誇る高級車、ジャガーである。いやがる運転手に拳銃を突きつけ、それこそカージャックをして運転席に陣取り、ジャックはバスを追う……。

(余談)
ジャガーをジャギュアーと書く、どうでもいいことにこだわっているらしい自動車評論家もいらっしゃいますが。
ちなみにこの方によると、メルセデス・ベンツはメルツェデス・ベンツなのだそうです。

 ジャガーから、何度も大声でバスの運転手に呼びかける。だが、高速走行中の車同士で会話ができるはずがない。それなら……。

“BOMB ON BUS”

何とかバスの前に出たジャックは紙に書いた。紙が風に飛ばされてバスのフロントウインドウに張り付いた。バスに爆発物が! 運転手のサムは、思わずアクセルから足を離した。速度計の針がスーッと下がって50マイルに近づく。
バカ、バカ! 50マイルを切ったら爆発するんだって!

すったもんだの末に何とかバスに乗り込んだ。すると、思わぬ伏兵が現れる。乗客に逃亡中の犯罪者が紛れ込んでいたのだ。ジャックを、自分を追ってきた警察官だと思ったこの男は拳銃を取り出してバスを止めろと叫ぶ。バスを止めたのでは全員が吹き飛ぶ。もみ合っているうちに暴発した拳銃の弾が運転手のサムに命中してしまう。迷走を始めたバスは他の車に次々と接触、危うく壁に激突しようというとき、ハンドルを握ったのは乗客の1人、アニーだった。そして、サムを降ろすためにバスを止めようとするアニーに向かって、ジャックは思わず叫んでしまう。

“No, no! Stay above 50. You slow down and this bus will explode!”
(ダメだ! 50マイル以上で走れ。速度を落とすとバスが爆発する!)

乗員乗客全員が事態を知った。おまけに、素人がバスのハンドルを握る。しかも、時速50マイル以上を保たなければならない。大丈夫かよ?

アニー : You’re a cop, right? Then I should probably tell you. I’m just taking the bus ‘cause I had my driver’s license revoked.
(あなた、警官なの? だったら言っておかなくちゃ。私、免停になったのでバスを利用してるの)
ジャック : What for?
(何をやった?)
アニー :  Speeding. 
(スピード違反よ)

まあ、最適のドライバーを得たのかも知れない。こうしてバスは、車はもちろん、道路近くにある様々なものをはねとばしつつ渋滞する高速を降りて一般道に入り、パトカー、白バイの先導で爆走する。条件は“Stay above 50!”だ。

建設中の高速道路に入った。他に車はいない。これで大丈夫、のはずが……。

“This freeway isn’t finished.”
(この高速道路は未完成だ)
“What are you talking about?”
(何の話だ?)
“???????? is about 3 miles ahead. There’s a section missing.”
(3マイル先で道路が消えてる)
“A section missing. But…It’s on the map! It’s finished on my goddam map!”
(だって、お前、地図にはあるぞ。くそったれ地図では完成しているぞ!)
“I guess they fell behind.”
(工事が遅れてんですよ)
 ”Fuck! You’re fired, everybody’s fucking fired. Get me closer.”
(くそ! お前らはクビだ。みんなクビだ! 車を寄せろ)

高架の高速道路が一部途切れているのである。途切れている幅は、少なくとも50フィート、約15mある。この速度でUターンはできない。どうする?

映画が始まってここまで、約1時間。上映時間はまだ半分近く残っている。こうした見せ場がまだまだ続くのである。一瞬たりとも目が離せない。

何とか未完成高速道路問題をクリアして高速で走り続けるバスで、ジャックは爆発物の専門家ハリーと電話連絡を取りながら爆発物の取り外しに挑むのだが、どうしてもできない。やがてバスは空港に入り、滑走路を旋回し始める。ジャックの、必死の救出作業が続くのだが……。

ビルのエレベーターが爆破され、バスが爆発炎上し、15人が乗ったバスの乗降口が爆発物で吹っ飛び、バスの床下にはバスもろとも15人をバラバラにするだけの爆薬がセットされ、という多くの人命がかかった陰惨な事件なのに、何とも爽快感がある。ハワードとジャックの戦いを、スポーツ感覚で楽しめる。ジャックとハワードの知恵比べ、腕比べとしか見えないのである。監督の腕の冴えだろう。

しゃれた会話で観客を飽きさせないのもハリウッド映画のお約束だ。

エレベーターのシーン。ハリーと2人で爆発物が仕掛けられたエレベーター向かいながら、

ジャック : Tell me again, Harry, why do I take this job?
(おい、ハリー。俺って、何でこんな仕事をしてんのかな?)
ハリー : Oh, come on! 30 more years of this and you get a tiny pension and a cheap gold watch.
(分かり切ってるじゃないか。30年続ければほんのちょっぴりの年金と安物の金時計が貰えるからさ)
ジャック :  Cool!
(そいつはいいや)

ひょっとしたら命を失うかも知れない現場に向かう途中での、この軽妙な会話。しかも、これが犯人特定の伏線にまでなっている。憎い!

高速道路でジャガーをハイジャックする時の台詞も最高だ。

ジャック : L.A.P.D. Get out of the car!
(ロス市警だ。車から出ろ!)
ジャガーの運転手 :  Oh, Jesus, not again. This is my car, okay? I own this car. It is not stolen.
(なんてこった。またかよ。これは俺の車だ。俺が所有してるんだ。盗んだ車じゃないぜ)

運転手はアフロヘアーの黒人なのだ。警察官に拳銃を突きつけられた黒人はまだ、こんな弁明をしなければならいのがアメリカの現在である。

そしてジャックは、ジャガーから並行して走るバスに乗り移る準備を始め、ジャガーのドアを開きながら言う。

ジャック : Are you insured?
(おい、保険に入っているか?)
ジャガーの運転手 :  Yeah, why?
(もちろん。でも、何故だ?)

その瞬間、ジャックは急ブレーキを掛ける。おかげでバスがドアに激突、ドアは吹き飛ぶ。こんな事態でもジャックには、車の修理代を心配してやるだけの配慮があったというわけだ。

極めつけはこれである。

アニー : You know relationships that started on intense circumstances, they never last. I’ve read extensively on this.
(強烈な状況下で始まった関係は長続きしないのよ)
ジャック : Oh, yeah?
(ホント?)
アニー :  Yeah, I did intense study on this.
(ホントよ。このテーマは一所懸命勉強したんだから)

他の乗客をすべてバスから降ろし、最後に残った2人が尋常ではない方法でバスから逃れ、無事を確かめ合うときの台詞である。
アリゾナ大学の学生、つまりインテリ予備軍であるアニーは、こんな言葉で胸の内に突然わき起こった思いをジャックに伝える。流れに乗った最高の口説き文句だ。

素敵なのは、これも伏線になっていることだ。
バスからは逃れたジャックは、最後に地下鉄でハワードと対決する。地下鉄はスピードに乗ってついに地上に飛び出すのだが、無事に危地を脱した2人は車両の中で抱き合ってキスしている。今度はジャックが口を開く。

ジャック : I had to warn you. I’ve heard relationships based on intense experiences never work.
(忠告しておく。強烈な経験に基づく関係はうまくいかないと聞いた)
アニー :  Okay. We’ll have to be ???? sex on.
(分かったわ。じゃあセックスしなきゃ)

何でセックスしなければならないのか、そこがちと不思議だが、いわれて嫌な気がする男がいるはずがない。私も、一度でいいから耳元で聞いてみたい台詞である。

「分かったわ。じゃあセックスしなきゃ」

何度聞いても、いい!
なのに、肝心のアニーのせりふなのに、これがないと話が続かないのに、どうしても単語が1つ聞き取れない。クソッ! 我がヒアリング力を呪う!

今回は粗筋を大幅にカットしてしまった。しかも、時速50マイルで走るバスから、乗客はいかに脱出したかにはほとんど触れていない。ひとえに、より多くの方にこの映画を見て頂きたいからである。
見る気になった方に、一言だけアドバイスを。

この映画のキーワードは「スピード」である。あらゆる所に「スピード」が顔を出す。
そういえば、このバスで初めて知り合ったジャックとアニーが、たちまちにして恋に落ちるのも、こいつも「スピード」だよなあ。しかも、決めの台詞が、

「分かったわ。じゃあセックスしなきゃ」

ああ、あやかりたい、あやかりたい……。

【メモ】
スピード (SPEED)
1994年12月公開、上映時間115分
監督:ヤン・デ・ボン Jan de Bont
出演:キアヌ・リーヴス Keanu Reeves = ジャック・トラヴェン
デニス・ホッパー Dennis Hopper = ハワード・ペイン
サンドラ・ブロック Sandra Bullock = アニー・ポーター
ジョー・モートン Joe Morton = ハーブ・マクマホン
ジェフ・ダニエルズ Jeff Daniels = ハロルド・テンプル
アラン・ラック Alan Ruck = スティーヴンス
グレン・プラマー Glenn Plummer
リチャード・ラインバック Richard Lineback
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