2017
08.21

#44 : ポセイドン・アドベンチャー - 神は存在するか?(2005年8月5日)

シネマらかす

クレタ島の北西208kmの海底でマグニチュード7.8の地震が起きた。海底地震は大きな海水のうねりを作り出し、津波となって四方に広がる。そのころ、客船ポセイドン号では、乗客、乗員がこぞって、越年パーティの最中だった。押し寄せる水の壁。ポセイドン号は救難信号を出したが、もちろん救助が間に合うわけがない。あっという間もなく大量の水に包み込まれ、船体は完全にひっくり返った。

船内には閉じ込められた空気があるため、直ちに沈没することはない。だが、刻一刻と海水はポセイドン号に侵入する。このままでは、待つのは死しかない。天と地が逆転した船内で、乗客たちの生への逃避行が始まった……。

ポセイドン・アドベンチャー」は、パニック映画の最高峰として名高い。映画が好きな皆さんなら、1度や2度はご覧になっているはずである。

「えっ、あの娘に愛を告白されたって? お前が? 嘘だろ! そんな、天と地がひっくり返るぜ!」

天と地がひっくり返る。起きえないことの例えに使われるオーバーな表現である。この映画の魅力は、何よりも天と地をひっくり返してみせたところにある。完全にひっくり返ったポセイドン号の中で、乗客たちは床を上に見て、天井を歩いて脱出を試みるしかない。

身の回りを考えて頂きたい。この世の構造物はすべて、天井を見上げて床を歩いたときに最適になるように設計されている。ドアも、手すりも、カウンターも、階段も、すべて床に立つ人のことしか想定せずに設計され、作られている。忍者のように天井に立つ人間など、中国映画に出てくるヒーローのように壁を歩く人間など、はなから想定外である。
ポセイドン号の乗客たちは、思いも寄らぬ海難事故で、忍者の足場と視線を強いられる。

男性用トイレの小便器は、最近一般的になっている足下まで伸びているタイプではなく、壁から尿の受け皿だけが突き出しているタイプである。大便器は、家庭用の大小兼用とほぼ同じと思って差し支えない。これが逆さまになるとどうなるか。
小便器は、大人の目の高さあたりに、上部が突き出した陶製のオ白いブジェがずらりと並ぶ。美容室で頭にかぶるローラーボールが壁に取り付けられているように見えないこともない。
大便器は、蓋と便座が下に向かって垂れ下がる。

理髪室では、客用の椅子が天井、いやいまは頭上に行ってしまった床から突き出している。

 ”Look at that! A whole new idea for cutting hair. Strap a customer in, push a button, raise them up, flip ‘em over, let the hair hang down and snip, snip, snip.”
(見て! 最新式の床屋さんだ。客を椅子に縛り付け、ボタンを押すと椅子が上に持ち上がってひっくり返り、髪の毛が垂れる。それをチョキ、チョキ、チョキさ)

なるほど、そんな床屋があったら面白い。もっとも、様々な意味で頭に血が上るだろうが。

階段もひっくり返っている。一段一段上る段々は、通常足の下にある。そいつがひっくり返ったのだから、いまじゃ頭の上に段々がある。足下にあるのは、通常は天井だった部分だ。こいつには段々がない。真っ平らな平面があるのみである。階段は上と下をつなぐものであるから、平面が足下に来ると、こいつは立派な滑り台になる。そう、避難する人たちは、滑り台を上へ上へと登るしかない。

むろん、すべてのものを上下逆さまにしてしまうことは、頭の中でだったらできる。人間の脳は、その程度の作業は楽々こなせるほど優秀にできている。上下が逆さまになれば、小便器は目の高さに来るだろうし、大便器の蓋と便座は垂れ下がるだろうし、床屋の椅子は上から突き出すだろうし、階段は滑り台になる。当たり前のことである。

(余談) いや、頭の中で上下を逆さまにするなんて……、とお悩みのあなた。もし、その程度の想像力も持ち合わせていらっしゃらないとなると、人生の喜びの大半は諦めていただくしかないと愚考いたします。

だが、天と地がひっくり返るという例えが、この世では起きえないことの例えに使われるように、平々凡々たる日常を送っている我々は、床と天井が入れ替わった世界を想像しようともしない。やろうと思えばできないことをやらないのは、なんだかもったいない気がしないでもない。だが、人間とはそのようなものなのだ。

「ポセイドン・アドベンチャー」の最大の魅力は、通常、誰もが考えても見なかった世界を、場合によってはあり得ることとして、映像でみせてくれた秀逸なアイデアにある。
長い間、そう思っていた。類い希な発想を持った連中がこの映画を支え、広く言えば映画界を支えている。感心していた。

だが、本当にそうか?
この原稿を書くため、久しぶりに「ポセイドン・アドベンチャー」を見ながら、疑問にとらわれた。

もし、巨大津波にあったポセイドン号が横転していたら、「ポセイドン・アドベンチャー」はパニック映画として成立しなかったか? 成立する。
もし、巨大津波に襲われたポセイドン号が、そのまま水没していたら、「ポセイドン・アドベンチャー」はパニック映画として成立しなかったか? 成立する。
救出方法や、沈没せずにとどまっている時間が変わるだろうとは思う。だが、そこは別の手を見つけ出せばいい。
と考えると、天と地がひっくり返ることは、この映画の面白さの一部であることは間違いないにしても、あくまで一部に過ぎない。
これが、今回の仮説である。

では、「ポセイドン・アドベンチャー」とは?
パニック映画の様式をとりながら、神を問い直した作品である。
神は存在するのか? 神は自ら助けるものを助けるのか?
長い間、キリスト教の神に従ってきた西洋の人々が、疑問を持ち始めたのである。

この映画の主人公は、ジーン・ハックマン演じるスコット牧師である。牧師としてはかなりの変わり者だ。

“Get down on your knees and pray to God for help? And maybe everything’ll work out fine? Garbage!”
(跪いて神に助けを祈る? そうすれば何でもうまくいく? そんなのはゴタクだよ)

これが、登場第一声なのである。そんじょそこいらの牧師さんとは、似ても似つかない不良牧師である。そして、彼の求めるものは、

“Freedom. Real freedom. Freedom to discover God in my own way.”
(自由、本当の自由。俺流で神を見いだす自由)

彼は、自分で認めた神しか認めない。みんながあがめ奉っている神は、彼にとって神ではない。こうなると、彼は神の僕(しもべ)ではない。神と闘う戦士である。

ポセイドン号の乗客を相手にした説教も型破りだ。神様は多忙である。神様は我々の理解を超えたところで、人類への計画を練っておられる。だから、個人が神を求めても無理である。個人が大切なのは、過去と未来をつなぐからだ。そして、こう締めくくる。

“God wants brave soul.”
(神は雄々しき魂を求めておられるのです)

いやはや、ここまでくると、これは宗教なのだろうか、という気さえしてくる。同じ船に乗っていた老牧師はあきれ顔である。

スコット牧師と老牧師の違いは、事故の直後に明瞭になる。
スコット牧師は、助かるためには船底の方に、つまり上の方に逃げなければならないと考える。沈み始めた船でも、上の方には空気がある。それに何よりも海面に近い。極めて合理的な判断である。
だが、大多数の乗客はそう考えない。いまの場所にとどまり、助けを待つ。老牧師もその1人だった。スコット牧師は、一緒に逃げようと誘うのだが、

老牧師 : You spoke only for the strong.
(あなたは強者の代弁者だ)
スコット牧師 : I’m asking you to be strong. Come with us.
(あなたに強くなって欲しい。我々と一緒に来なさい)
老牧師 : I can’t leave these people. I know I can’t save them. I suspect we’ll die. But I can’t leave them.
(この人たちを見捨てるわけにはいかない。私に彼らを救う力がないことはよく分かっている。我々は死ぬだろう。だが、彼らを置いていくわけにはいかない)
スコット牧師 : They don’t wanna go. They’ve chosen to stay. Why should you?
(彼らは行きたくないんです。自分でとどまることを選択したのです。どうしてあなたまで?)
老牧師 :  I have no other choice
(私にはそれしか選択肢がないのだよ)

神は、海難事故という試練を彼らに与えた。スコット牧師はその試練と闘う。老牧師は黙って運命を受け入れる。これが2人の違いである。

こうして、スコット牧師たちの生への脱出が始まる。行動をともにするのは、9人。刑事のロゴと、その新婚の妻リンダ。リンダは娼婦だった過去がある。スーザンとロビンの姉弟。ロビンは船の構造、機構にオタク的な関心と知識を持つ少年だ。ローゼン夫妻。金物商を長くやった人たちで、イスラエルの孫に会いに行く途中である。そして、歌手のノニー、雑貨屋のマーチン、船員のエイカーズ。

脱出は困難を極める。船内の各部が大きく破壊されているだけでなく、時折船のどこかで爆発まで起きるからだ。ために、1人、また1人と神に召されていく、最初はエイカーズ、続いてローゼン夫人。10人が目指したプロペラ軸室を目の前に、リンダまでが足場から落下して死ぬ。さらに、爆発による振動でどこかがゆるみ、プロペラ軸室に入るドアの前に高温の蒸気が噴き出す。神とは過酷なものなのである。
スコット牧師は切れる。

 ”One more you want of us? We came all that way with no thanks to you. We got around all with no help from you. We’ve not asked you fight for us. Damn-it, don’t fight against us. How many more sacrifices? How much more blood? How many more lives?”
(もう1人欲しいってか? 俺たちはあんたのおかげなど被らずにここまでやってきた。俺たちを守ってくれと頼んじゃいない。邪魔するなと言ってるだけだ。あと何人犠牲がいる? どれだけの血が欲しい? 命をいくつ手に入れたい?)

牧師の口から出る、神への呪いの言葉である。

神は存在するのか、しないのか?
存在するのなら、何故にここまで残酷になれるのか? 人に与えたもうた試練、の一言で片づけるには、あまりといえばあまりではないか。そもそも、お前は何者だ……。
キリスト教が生まれてから約2000年。恐らく、様々な災厄のたびに、信者たちは同じ神への問い、いや呪いを発したに違いない。それでも、キリスト教は世界最大の宗教として生きる。考えてみれば不思議なものである。

どうであろう。神を罵倒することも辞さない自立心旺盛なスコット神父抜きでこの緊張感溢れるパニック映画は成立しただろうか?
スコットが軍人だったら?
スコットが会社経営者であったら?
スコットが政治家であったら?
スコットがFBIであったら?
……………………。

それぞれの組み合わせで、それぞれのパニック映画はできたであろう。だが、この「ポセイドン・アドベンチャー」を凌ぐ、いやそこまで行かなくても肩を並べるパニック映画になったかどうか。
このスコット神父を造形し得たがゆえに、「ポセイドン・アドベンチャー」は名画になった。

このスコットと組み合わせられた9人のキャラクターも、実に味わい深い。

ローゼン夫人は、ニューヨークの元潜水チャンピオンである。プロペラ室に向かうルートの一部が水没しており、スコット神父が潜ってロープを張ろうとすると、自分が行くと言い張る。

“Look at this. I was the underwater swimming champion of New York.”
(ほら、これを見て。私、ニューヨークの潜水競技チャンピオンだったのよ)

そして、スコットが水中で危機に陥ったらしいことを知ると、見事なダイブをみせて救出に向かう。

警察官のロゴは、元娼婦のリンダを心から愛する熱血漢だ。リンダに街娼仕事をさせたくないため、6回も逮捕した。それだけに、人に命令されることに慣れていない。スコット牧師の指示通りに動くのは、何とも居心地が悪い。

 ”What makes you so sure about everything? ???? of those people think they’re right my going up there. Maybe we should go with them, and not you.”
(お前さんは、なんで自分がすべて正しいと思えるんだ? あの人たち = プロペラ室ではなく、船首を目指す人たち = は、俺も向こうに行った方がいいと考えてるんじゃあないのか? 俺たちはあんたとではなく、彼らと一緒に行くべきかも知れんのだぞ)

と反抗してみたりするのである。

雑貨商マーチンが、何度もパニックに陥る歌手のノニーを何とか助けようとする優しさも胸を温かくしてくれる。
換気塔内のはしごで足がすくんでしまったノニーに。

 ”Nonnie, keep your eyes on the ladder. Don’t look at anything but ladder. And I am here. I’m with you. Do you understand?”
(ノニー、はしごだけを見るんだ。他のものは見ちゃいけない。ほら、僕はここにいる。君と一緒にいる。分かるだろ?)

兄の死を思い出して生きる気力をなくしたノニーに。

“Nonnie, you will go on. We do, you know. We have to. At first, we don’t think it’s possible. But in time, believe me, in time, you’ll find other things, other people, some one else to care for. You’ll see.”
(ノニー、生きるんだ。みんな生きていく。生きなきゃいけないんだ。最初はとてもできそうにないと思える。でも、しばらくすると、いいかい、しばらくすると、他のものが見えてくるんだ。他の人が見えてくるんだ。愛する人が見つかるんだ。君にもきっとわかるよ)

水中を潜っていかなければ次の目的地に行けないとき。

ノニー : I can’t swim.
(泳げないの)
マーチン : You can’t swim?
(泳げない?)
ノニー : No. It’s not a joke.
(そう。冗談なんかじゃないわよ)
マーチン : Did you mean you really can’t swim at all?
(つまり、全く泳げない、ってこと?)
ノニー : No, I really can’t.
(そうなの、全く泳げないの)  
マーチン : But you can hold the breath?
(でも、息を止めることはできるよね?)
ノニー : Yeah
(それくいらいなら)
マーチン : Oh, that’s all you had to do. Just ???? taking deep breath and hold the last one just before you go under. And hang on my belt.
(そうかい、だったら大丈夫だよ。深く息を吸い込んで、水に入る前の最後の息を止める、そして僕のベルトにつかまるんだ)
ノニー : You really want leave me
(あなた、ホントは私を置いていきたいんでしょ)
マーチン :  ‘m not going without you.
(君がここにいるんなら、僕もここにいるよ)
 ノニー :  I just, I just have to hold my breath?
(ホントに、ホントに息を止めるだけでいいの?)
 マーチン :  That’s all.
(それだけでいいんだ)

マーチンは、サプリメント・オタクでもある。食事中、様々の錠剤を取り出して飲み込む。また、中年になった今日まで、一度も結婚していない。仕事が忙しくて、というが、まあ、どちらかというと男の風上に置きたいようなタイプではない。
その男が、いざという場面でこれだけの落ち着きと説得力を発揮して、ノニーを生かす。並みの男にできることではない。いや、私も含めて、ほとんどの男にできそうにない。

(余談)
加えて、私はこの手の女が苦手であります。嫌いであります。何かというと、かよわい女を演じる。いや、時間がたつと、本人も演じているのか、自然に振る舞っているのか、たぶん区別もつかなくなるのでしょう。周りにいませんか? そんな女。
「勝手にすれば」
と冷たく言い放ちたくなるのは、私だけでしょうか?
ま、最近は女が限りなく強く、男は情けないほど弱い時代のようではありますが。

それに、見事な伏線の数々。スコット神父の第一声は、後の、神と闘いながらの脱出の伏線だし、雄々しくあれ、という説教も同様だ。
そうそう、こんなのもあった。壁に掛かったポセイドンの彫像を見て、リンダが

「あの人にちなんで船の名前を付けたの?」

と聴くと、船長が答えます。

「そう、彼はギリシャ神話の海の支配者で、地震や竜巻など天災をもたらす短気な神なんです」

船長は、その直後にキャビンに呼び出され、海底地震発生を知る。
それにしても、それだけ縁起の悪い名前をよくぞつけたものだという気がしないでもないが、それは無視することにする。

スコット牧師に加え、この多彩で魅力的な脇役たち。いかがでしょう。これで名作の名作たる所以を解剖できたと思いたいのですが……。
でも、同僚のH 氏はいうだろうなあ。

「なにいってんの。あの映画は天地が逆さまになる映画だよ。七面倒くさいことはどうでもいい。俺は、映画の題名は思い出せなくても、天地が逆さになると聞くとあの映画を思い出すんだから」

H氏の、時に裏返ったりするだみ声を思い起こしながら、とりあえずこの稿は終わりとする。

【メモ】
ポセイドン・アドベンチャー (THE POSEIDON ADVENTURE)
1973年3月公開、上映時間117分
監督:ロナルド・ニーム Ronald Neame
出演:ジーン・ハックマン Gene Hackman = スコット牧師
アーネスト・ボーグナイン Ernest Borgnine = ロゴ刑事
レッド・バトンズ Red Buttons = マーチン
キャロル・リンレー Carol Lynley = ノニー
ロディ・マクドウォール Roddy McDowall = エイカーズ
シェリー・ウィンタース Shelley Winters = ベル・ローゼン
パメラ・スー・マーティン Pamela Sue Martin = スーザン
ステラ・スティーヴンス Stella Stevens = リンダ・ロゴ
ジャック・アルバートソン Jack Albertson = マニー・ローゼン
アイキャッチ画像の版権はFOXにあります。お借りしました。