2017
09.02

#74 ウォルター少年と、夏の休日 ― 格好いいジジイたち(2007年2月8日)

シネマらかす

週刊朝日が、「ちょいモテ・オヤジの『中年老け易く、艶成り難し』」というコラムを連載中だ。筆者は岸田一郎氏。「LEON」という雑誌の創刊編集長だった、とある。この雑誌、モテるオヤジのバイブルといわれたらしいが、読んだことがない。ふむ、最近とんとモテないのはそのためか?

2006年12月22日号のコラムを読んだ。『糊口たりてモテを知る』。何じゃ、そりゃ?

読んで分かった。要は、女とやるにはどうしたらいいかのノウハウ集である。さて、役に立つか?

女性を誘ってレストランに行った時のノウハウ。

・バブル時代の自慢話は避ける
・テーブルを挟んで座ってはならない。L字型に座れ
・シェフを呼んで特別料理を作らせよ
・デザートには巨峰を選び、2人で果汁まみれになりながら皮を剥け

 私には、バブル時代に自慢すべき行いをした覚えがない。この点は心配ない。
L字型に座るのは好ましい。これも及第だ。
が、シェフを呼びつける度胸はない。
さらに、彼女と2人で巨峰の皮をむく……? やってみたいが、まわりの刺すような視線に耐えられるか?
私はこれで合格点がもらえるか?

レストラン選びのノウハウ

・常に話題の店を10軒ほどおさえておく
・隠し球を持て。洋食ばかりの中にちゃんこ料理とか。

 洋食はあまり好きではない。従って、私の場合、和食、和食、和食、和食、韓国料理、和食、和食、インド料理、和食、和食……となる。隠し球もへったくれもない。不合格である。

さらに、下心所有者への推薦レストランまで挙げてある。港区六本木にあるらしい「イル・ムリーノ」というイタリアンだ。
この店、外人客が多く、盛り上がるとテーブルを挟んでキスをするカップルも目立つとある。視覚からも同伴の女性を刺激する。なるほど、生での実演は催淫効果も高かろう。
こちとら、下心はもちろん、食い気も人一倍ある。そんな店があるのかとネットで検索した。出てきたページを見て肝を潰した。

前菜: 2,520円(アーティチョークのベーコン焼き)~3,570円(牛肉のカルパッチョ ルッコラのサラダ添え)
スープ: 1,155円(ほうれん草とかき卵とチーズ入りスープorトルテリー二のコンソメスープ)~1,365円(季節の野菜スープ)
パスタ: 2,415円(トルテリー二のクリームソース)~3,150円(スパゲッティ ボンゴレ)
魚: 5,145円(車海老のチーズ焼き)から時価(ドーバーソールのムニエル)
肉: 4,830円(地鶏と茸の白ワイン蒸し レモンとヴィネガーのソース)~7,665円(牛フィレ肉のソテー スパイシートマトソース)
デザート: 2,000円(ザバイオーネ=2人前)~2,100円(チーズor季節のフルーツorデザート盛合せ)
このほか:  1,365円(グリーンピースとロメインレタスのバターソテーorほうれん草のガーリックソテーorズッキーニスティックのフライorアンディーヴのサラダorルッコラとトマトのサラダorほうれん草とベーコンのサラダ)~2,625円(シーザーサラダ=2人前)

フルコースだと、最安価ばかり組み合わせても1人で17,065円。最も高い物にすると23,100円(魚は価格が明示されている中で最高の魚貝のベネッツィア風トマト煮込み=5,250円にした)である。これに7,350円~399,000円のワインを組み合わせる。ひょっとしたら2人で50万円は行く。運悪く高給ワイン好きで、酒が強い女性を誘ったりしたら100万円でも足りない。
じっと我が財布を見る。悲しいが、合格できるわけがない。それが現実である。このノウハウ集、私の役には全く立たない。

悔し紛れに宣言する。
こんな見え透いた手に乗って足を開くような女とは、何があっても付き合いたくない! 武士は食わねど高楊枝、なのだ!!
それに、九州男児の美学は、女に媚びへつらって思いを達しようという男を「女の腐ったような」と表現して蔑む。こんなやにさがった生き方が洒落ていると思いこんでいる都会人は、ねじが何本かはずれている。
願い下げである。

(注)
我が生まれ故郷ではこのような表現を続けてきておるというだけで、私には女性を下に見る気持ちは毛頭ございません。こよなく女性を敬愛する大道裕宣なのでございます。

 まがい物ではない、正真正銘の格好いいオヤジ、というより、格好いいジジイに会った。「ウォルター少年と、夏の休日」という映画でのことである。

アメリカの田舎町に2人のじいさんが住んでおりました。時は、恐らく1960年代でしょう。ハブとガースと申しまして、2人は兄弟であります。この兄弟、とんでもない変わり者でありました。

見渡す限り隣家が見えない、とんでもない片田舎です。2人の家に向かう道添いには、たくさんの看板が立っております。

DANGER/EXPLOSIVES/IN AREA/NO TRESSPASSING/KEEP OUT
(危険/爆発物あり/立入禁止)
LOOSE RABID/ATTACK DOGS
(放し飼いの猛犬に注意)
NUCLEAR RADIATION!/PERSSONNEL IN/PROTECTIVESUITS ONLY
(核放射性物質あり/防護服を着用せよ)
RADIATION HAZARD
(放射能 危険地帯)
TURN/BACK/NOW
(今すぐ引き返せ)

 人嫌いなのでしょう。人付き合いはほとんどありません。なのに、2人がしこたま金を貯め込んでいるという噂は、多くの人が知っておりました。それを当て込んで流しのセールスマンが車に商品を積み、日々やって参ります。2人はポーチの椅子に座って彼らを待ちます。
何かを買う? いやいや、そんな常識でこの2人に相対することはできません。2人は猟銃を手元から放さずに待ちます。車から降りたセールスマンに向けてぶっ放すためです。そして、現実にぶっ放します。そりゃあ、車らか降りたとたんに銃弾を見舞われれば、誰だって肝を潰します。2人は、泡を食って逃げ出すセールスマンを見て喜びます。一風変わった趣味の持ち主たちなのです。

ある夏の日、彼らの姉妹の娘、メイが1人息子のウォルター少年を連れて訪れます。寡婦であるメイは申します。
フォートワースの速記学校に入学して技術を身につける。その間、子供を預かってくれ。

このメイ、とんでもない女で、実は男捜しの旅に出るのです。男を捜していいことをするため、邪魔な息子を遠い親戚に預けようという魂胆なのです。

“Leave us alone.”
(迷惑だ)

 2人は、迷惑を絵に描いたような顔で渋りますが、色に狂ったメイには通用しません。ウォルター少年はとんでもない変わり者の中に置き去りにされます。しかも、2人が貯め込んだ金の在りかを捜せという密命まで母親から押しつけられて。
不安な気持ちで迎えた夜。寝ようとする彼に2人は言います。

“Hey kid, we don’t know nothing about kids. So if you need some, find yourself.”
(おい。俺たちゃガキのことはまるで知らん。欲しいものがあったら自分でめっけな)

 情け容赦ないというのは、こういうことを言うのでしょう。
こうして、子供と暮らしたことが1度もない老人2人と、ローティーンのウォルター少年の奇妙な共同生活が始まったのでありました……。

まあ、この種の映画のお約束は、水と油だった3人がいつか深い絆で結ばれることである。この映画も約束を破りはしない。だが、絆を結びあわさねばならないのは、何があっても自己流の、それもとんでもなく変わった生活スタイルを守り抜こうとする頑固ジジイと、男にすがらなければ生きていけない母の元で思春期を迎えた少年である。一筋縄ではいかない。とにかく、すべてがちぐはぐなのだ。
しかし、そのちぐはぐさがやがてユーモアを醸しだし、いつの間にか私の涙腺をうるませる。この映画の最大の魅力である。

3人が溶け合うきっかけは、ハブたちの親戚が一家で現れたことだった。この一家の狙いは2人の遺産である。すべていただけると思っていた彼らに、突然出現したウォルター少年は邪魔だ。

「メイの息子? あのだらしない女、迎えになんか来やしないわよ。孤児院に送るのね」

ウォルター少年は傷ついた。ハブの、

“Whether we take him to the orphanage or tie him up and throw him in the lake is our business, not yours.”
(こいつを孤児院に入れるか、湖に放り投げるかは俺たちが決める。口出しすんな)

 という言葉も耳に入らなかった。思わずこの一家の旦那の足を蹴っ飛ばし、家を飛び出した。もう戻るもんか。遠い道を駆け、やっと公衆電話のある町に出た。フォートワースの速記学校にかけた。お母さん、迎えに来てよ。ここにはいたくない。何とか説き伏せるつもりだった。だが、電話に出た学校職員は言った。

“Our class has started back in January. No one could possibly just started.”
(学校は1月が新学期です。この時期の入学はありえません)

 行き場がなくなった。

変わり者にも血は流れている。邪魔な小僧っ子でも、いなくなれば心配になる。探しに出て1人ぽつんと座るウォルター少年を見つけると、2人で挟んで座った 。

ガース: Planning your next move? Where do you figure on going?
(次にどうしようかと考えてんのか? どこに行きたいんだ?)
ウォルター: (地図を見せながら)Here. Area Code 406. Montana.
(ここさ。市外局番が406のモンタナさ)
ガース: How come you’re not heading to Fort Worth where mama is? 
(ママのいるフォートワースじゃないのか?)
ウォルター: She’s not there. She lied again.
(そこにはいないんだ。また嘘をついたんだ)
ガース: Listen kid, we know you’ve got her said gone to Montana, but it’s late. Hub, help me out here.
(おい、よっく聞くんだ。モンタナ行きを決めたのは分かるが、もう深夜だぞ。兄貴、あんたも言ってくれ)
ハブ: Why? Son has his mind made up. Good luck in Montana, Kid.
(なんでだ? こいつは決めたんだ。モンタナでうまくやるこったな)
ガース: We’ve got a better map than that one in the house, right Hub.
(うちには、お前が持ってるヤツよりいい地図があるんだ。そうだよな、兄貴)
ハブ: Yeah, man needs a good map. That’s for sure.
(そうだったな。男にはいい地図がいるもんだ)
ウォルター: I’ve been to orphanage before. I don’t wanna go back.
(孤児院に入っていたことがあるんだ。2度とごめんだ)
ハブ:  Damned kid. And all fault is you’ve got a laughing damned mother.
(気の毒だな。おかしな母親を持ったからな)
 ウォルター:  Yes, I should get going. Where is north?
(そうだ。僕、行く。北はどっち?)
 ハブ:  I say one thing for this kid, he should piss off the relatives.
(このガキ、身内を困らせるためにいるのか)
 ガース:  Listen kid, do some favor. If you come back to the house and stay a while, our relatives gonna hate it. I bit they hate it so much. They go away and leave us all hell alone.
(なあ、1つだけ助けてくれ。俺たちの家にしばらくいてくれ。そうすりゃ、あのイヤな親戚は頭に来る。頭に来すぎていなくなる。そうすりゃ、俺たちは平穏に戻れる)
 ハブ:  It’s crazy enough but just might work, sure?
(無茶だがありうるな)
 ガース:  Sure. Come on kid. Help us out here.
(そうさ。来いよ、坊主。俺たちを助けてくれ)
 ウォルター:  Yes, I could come back for a while. Sing a song ???? .
(わかった。あんたたちが困っているのなら)

こういうのを、心に染みる会話、という。
ほかに頼るものがないウォルター少年は、ホントは戻りたい。だが、男の子だ。戻りたいとは口が裂けてもいえない。彼の心はいま、不用意に扱うとすぐに割れてしまうガラス細工なのだ。
だから、
もっといい地図が家にあるぞ。
とそっと誘った。これ以上の優しさはない。それでも動かないと、
助けてくれないか。
と懇願した。ウォルター少年のプライドを守る。わだかまりなく戻れるようにする。これは極めつけの優しさだ。
変わり者であるジジイたちの心にはホッカホッカの温かい血があった。変わり者とは、人一倍暖かい血が流れる人間に与えられる別称なのか。
3人の心が溶け合った。

種売りのセールスマンから、エンドウ豆、空豆、カボチャ、トマト、ビーツ、ジャガイモ、レタス、ニンジン、パクチョイ、コーンの種を買ったのは、ガースである。3人で畑を耕した。芽が出た。どれも同じだった。コーンである。トウモロコシ畑ができた。

次の購入物は雌のライオンだ。サーカスに飼われていて、老いて使いものにならなくなったので売りに出たのだ。購入者はハブ。猟銃で撃ち殺して毛皮にする。ガースも喜んだ。

“Brother, this is the best idea you’ve ever had.”
(兄貴、こいつはあんたの最高の思いつきだ)

 2人はサファリの正装に着替え、猟銃を持ってライオンを出迎えた。それが2人のライフスタイルである。ウォルターに檻の戸を開けさせた。ところがライオンは動かない。襲いかかる意欲さえ見せない。人に慣れすぎている。これでは狩猟の醍醐味が味わえないではないか。ガースは不満顔で言う。

“This lion is no good. It’s, it’s defective.”
(このライオンは役にたたん。不良品だ)

 ウォルター少年の願いで、老ライオンはペットとなった。名前はジャスミン。ウォルター少年が名付けた。ガースから聞きだした2人の若き日の話が記憶にあった。ふとしたことからフランス軍の外人部隊に放り込まれた2人は北アフリカで戦闘に参加し、終戦後も現地にとどまった。そこでハブは一生に一度の恋をした。ハブはその女性、ジャスミンにいまでも恋してる。だから、ハブは「ジャスミン」を殺せない。

例の親戚がやってきて、悪ガキがジャスミンを檻から出してしまう。立派に育ったトウモロコシ畑が、ジャスミンの住処になった。

3人が3人でのちぐはぐな暮らしにすっかりなじんだ頃、メイが夜中にウォルター少年を連れ戻しにきた。男連れである。ラスベガスで知り合った探偵で、スタンという。メイはうまく引っかけたつもりらしいが、スタンの狙いはハブとガースの金だ。2人の金はどこにある? メイが家にはいると、スタンはウォルター少年を脅し、殴りつけた。早く吐け!

“We can be friends or we can be enemies.”
(友達になりたいか、それとも敵の方がいいか)

 ウォルター少年は脅しに屈しなかった。ハブとガースの生き方が、彼の心に根を下ろしていたのだ。蹴飛ばした。そして逃げた。だが、大人と子供、体力差は如何ともしがたい。すぐに追いつかれ、押さえつけられて殴られた。
そのときである。トウモロコシ畑からうなり声がした。姿を現したジャスミンは、まっしぐらにスタンに襲いかかった。ウォルター少年がグッタリしたスタンの下からはい出したとき、ジャスミンも動かなくなった。

物音に気がついたハブとガースが庭に出てきた。

ウォルター: What happened to her?
(どうしたの?)
ガース: 興奮して心臓麻痺を起こしたのさ。She was plenty old, you know.
(老いぼれだったんだ)
ウォルター: Look! I think she is smiling.
(見て! ジャスミンが笑ってる)
ガース: I guess she died happily.
(幸せに死んだのさ)
ウォルター:  She was a real lion, wasn’t she? Near the end. A real jungle lion. A real Africa lion.
(本当のライオンだったんだね。死ぬ時に、本物のジャングルの王者になった。本物のアフリカのライオンに戻った)

この映画の原題は、SECONDHAND LIONSである。直訳すれば、セコハンのライオンたち、あるいは老いさらばえたライオンたち。ご注意頂きたいのは、lionsが付いて複数形になっていることだ。セコハンはジャスミンだけではない。
 ハブとガースもSECONDHAND LIONSなのである。命をかけて愛する者を守ったジャスミンは老いても野生の本能を忘れぬ密林の王者であった。ハブとガースも、40年間のアフリカ暮らしで身につけた価値観、ライフスタイルを頑なに守り通し、老いても温かい心を持ち続ける男の中の男、王者たちなのである。
現代文明の恩恵を受けすぎてすっかりひ弱になり、人の本能を忘れてしまいがちな我々に、2人は

 「それでいいのか?」

と問いかける。「国家の品格」を書いた数学者、藤原正彦さんが武士道精神の復活を訴えるように、男として何より大事なものを、いまの男はどこかに置き忘れている、と主張するのである。

では、男として大事なものとは何か?

強くあれ。
アフリカでの40年、ハブは外人部隊で戦い、奴隷商人と戦い、常に勝った。寄る年波で多少は衰えたとはいえ、いまだに強い男である。
ハブとガースは町のレストランで4人組のチンピラに因縁をつけられる。その1人がいう。
チンピラ: Hey, what do you think you are?
(テメエ、何様のつもりだ?)
ガース:Just damned kids. Don’t kill him.
(哀れなガキたちだな。兄貴、殺すなよ)
ハブはその言葉通り、ジャックナイフを取り出したチンピラをものともせず、ボコボコにする。目が覚めるほど強いのだ。
自然人であれ。
自然人は、自然を自分の対立物、克服する対象としては見ない。自らが自然の一部なのである。現代文明に犯された人間を嫌って人里離れた土地に住み、近付くなと立て看で警告する。自然に一番近い人間なのである。
ウォルター少年:電話は?
ガース:Don’t have one.
(ない)
ウォルター少年:テレビは?
ガース:Ain’t got one.
(ない)
2人は現代文明の恵みに背を向けて生きる。
ガキには説教をせよ。
若者は馬鹿者の別称である。ジジイの豊かな人生経験でヤツらを教え諭し、叩き直すのはジジイの務めである。
喧嘩でボコボコにしたチンピラを解放する歳、1発かませた。どんな? 後にハブは、ウォルター少年に開示する。
Sometimes the things that may or may not be true are the things a man needs to believe in the most. The people are basically good. That honor, courage and virtue mean everything. That power and money, money and power mean noting. That good always triumphs over evil. And I want you to remember this, that love, true love never dies. You remember that, boy. You remember that. Doesn’t matter if it’s true or not. You see, a man should believe in those things, because those are the things worth believing in.
(人には、本当かどうかは別として、信じなきゃならんものがある。人ってのは、本来善良なんだ。名誉と勇気と高潔さががすべてだ。権力や金なんて全く意味がない。正義はいつも悪に勝つ。そして愛は、真実の愛は決して滅びない。忘れるな。本当かどうかは別として、いま言ったことを信じろ。それだけが信じる価値があるからだ)
感じ入ってしまった。
子供の心を忘れるべからず。
遊びをせんとや生まれけむ、はハブとガースのために梁塵秘抄に収められた歌である。遊びは2人の暮らしと切り離せない。セールスマンを銃で脅し、猟銃で魚釣りならぬ魚撃ちをし、クレー放出機を買い、毛皮を取ろうとライオンを注文する。さらには、クルーザーを自宅前の小さな池に浮かべ、ついには複葉機で空を駆けめぐる。老齢に伴う成熟、悟り、諦め、などとはまったく無縁だ。ただただ、楽しさを追い求める2人の心はまごうことなき子供である。
温かい血を持て。
ウォルター少年と2人の心がつながったのは、その血のためである。
魂が震える恋をせよ。
ハブは70歳を過ぎてなお、初恋の相手、一度だけ結婚した女、自分の子供を身ごもりながらお産で命を落としたジャスミンを慕い続ける。
ジャスミンはある部族の姫君だった。別の部族の若君と婚約していたのにハブと恋に落ちる。姫君の恋を知った若君は姫君を監禁した。ハブが救出に向かう。若君は就寝中だった。ハブは卑怯な真似をしない。叩き起こして決闘に持ち込んだ。ハブはやっぱり強かった。仕留める機会を2度も見送ったハブは、3度目に宣言する。
“Twice, I’ve held your life in my hands and twice I have given it to you. The next time your life is mine.”
(2度、お前の命は俺の掌に載った。2度、そいつをお前に返した。3度目は返さないぞ)
とにかくハブは強いのだ。

私はこんなジジイになりたい。そう願うのはウォルター少年と私だけか?

なれるか?

私は

強くないジャックナイフを持った若者が迫ってきたら腰を抜かして命乞いする。
City Boyである。田舎で土いじりをするなんて、電話もテレビもない暮らしをするなんてまっぴらである。
お説教? できるだけしないように気をつけている年代である。
子供の心? あると信じたい。いま一番欲しいのは肩凝りメタボリック・シンドロームを解消する特効薬ではあるが……。
温かい血? 平常の体温は36.5度である。
 魂が震える恋? もちろん、その最中に生きておるぞ、と書きたいものである。

さて、私は魅力的なジジイになれるだろうか?

最後に、素敵な会話を書き留めておきたい。
母に連れ去られようとしたウォルター少年は途中で車から飛び降り、歩いてハブとガースのもとへ帰る。驚きと喜びが入り交じる表情で迎えた2人に、ウォルター少年は宣告する。

ウォルター: O.K. I’m gonna live here. There’s some conditions.
(僕はここで暮らす。条件が3つある)
ハブ: Conditions?
(条件?)
ウォルター: One. You two gotta stick around until I’m through high-school at least, probably college. You’ve got responsibilities now. PTA, Boy scouts, little league that works.
(第1。少なくとも高校を卒業するまでは僕の面倒を見ること。たぶん大学卒業までになると思う。それは保護者の責任さ。PTAやボーイスカウト、少年野球もで同じだ)
ハブ: Sounds like we don’t have much choice.
(おやおや、俺たちには選択肢はなさそうだ)
ウォルター: Two. You both gotta take better care of youeselves. More vegetables, less meat.
(第2。自分の健康に気をつけること。野菜を増やして肉を減らす)
ガース:  I wonder if traveling salesmen sale school supplies.
(学用品は移動販売で買えるかな)
ウォルター: And three. No more dangerous stuff, no fighting teenagers, no airplanes, at least until through my college, maybe longer.
(第3。危険なことはしない。若者との喧嘩や飛行機は禁止だよ、少なくとも僕が大学を卒業するまでは。いや、そのずっと先までだ)
ハブ:  You expect us to die of……old age?
(俺たちに……、老衰で死ねっていうのか?)

優しさとは、優しい言葉、といわれるナヨナヨとしたものを口にすることではない。優しさとは断固としたものである。宣告するものである。命令することである。優しさとは、自分の全身全霊をかけて相手を思いやることなのだから。
ウォルター少年は2人からそれを学んだのである。

その後の3人はどうなったかって?
それは、ご自分でこの素敵な映画を見て確認して頂きたいと思っております、はい。

【メモ】
ウォルター少年と、夏の休日(SECONDHAND LIONS)
2004年7月公開、110分

監督:ティム・マッキャンリース Tim McCanlies
出演:マイケル・ケイン Michael Caine =ガース
ロバート・デュヴァル Robert Duvall=ハブ
ハーレイ・ジョエル・オスメント Haley Joel Osment=ウォルター
キーラ・セジウィック Kyra Sedgwick=メイ
エマニュエル・ヴォージュア Emmanuelle Vaugier =ジャスミン
ニッキー・カット Nicky Katt=スタン
ジョシュ・ルーカス Josh Lucas=成長したウォルター
ケヴィン・ハバラーKevin Haberer=若き日のガース
クリスチャン・ケインChristian Kane=若き日のハブ
アイキャッチ画像の版権は日本ヘラルド映画にあります。お借りしました。