2018
06.17

2018年6月17日 行ってきた

らかす日誌

 いやあ、電車で行くと、東京は遠い。行き帰りの電車で、

スリジエセンター1991」(海堂尊著、講談社文庫)

をほぼ読み終えた。解説まで入れると458ページもあるから、そこから距離感をつかんでいただきたい。
天才外科医と私利私欲に走る医者と、その中間でうろうろする医者とが織りなす、日本医療の現状を告発する小説、といってもいいだろう。かなり戯画化されてはいるが、現実を写し取ったところも多いと思われる。このような小説を書く医師(海堂さんは医師らしい)がいることをありがたく思う。ご関心をお持ちの向きは、是非手にとっていただきたい1冊である。

それはそれとして。
朝10時9分新桐生発のりょうもう号で浅草まで出た。浅草に着いたのは昼前である。出頭せねばならないのは午後2時。であれば、ここで腹ごしらえをしていくかと考え、浅草の繁華街、多分仲見世通りとでもいうのだろうが、そこをうろついた。しかし、観光地の表通りにある飲食店は魅力がない。あちこち覗いてみたが、食欲がちっとも湧いてこない。

であれば、と地下鉄都営浅草線で宝町まで出た。まず出頭先の高速道路交通警察隊の場所を確認する。終えて、いよいよ昼食を取ろうと思った。
ところが、である。
どうやらこの一帯はオフィス街らしい。オフィス街の土曜日は人気がほとんどない。さらにないのは飲食店である。

「ここで働いている人たちはどこで昼食を取るのだろう?」

と考え込むほど飲食店が少ない。ひょっとしたら、平日のこのあたりには移動式の弁当屋さんが多数出るのだろうか?

ビルの間をうろうろ歩き回り、

「今日は蕎麦にしよう」

と決めた。蕎麦屋があったからである。蕎麦2枚セットで750円は、東京にしては安い。味は……、まあ、食べられないことはなかった。
食べ終えたのが午後1時。まだ時間がある。

「このあたりに喫茶店はありませんかね?」

蕎麦屋さんで聞いて、200mほど離れた喫茶店まで歩いた。

もう一つ困ったのは、喫煙場所がないことである。同じ蕎麦屋さんで

「たばこが吸えるところ、ない?」

と聞いてみたが、

「中央区は外でたばこを吸うと罰金だからね」

という返事。まあ、それなら我慢するしかないが、念のために喫茶店で同じ質問を発した。

「あ、店の外に灰皿を置いていますから、そこで」

ということは、街頭でたばこを吸ってもいいのか? 罰金は取られないのか?
ちゃんと理解するには中央区の条例を読むしかないが、そこまでの根気はない。

ということを済ませて、出頭先に足を踏み込んだのは1時半前である。ひょっとしたら、

「2時まで待て」

と門前払いされるかも知れないが、ポケットには「スリジエセンター1991」がある。話の展開も面白くなってきたところなので、30分ほどなら本を読んでいれば済む。

事務所には窓口などなく、入り口があるだけだった。仕方なく、中に入って

「すみません。○○さん(先日電話で話したお巡りさん)はいらっしゃいますか?」

と声をかけた。
目の前にいたお巡りさんは、

「あんた、ここに入って来ちゃダメだよ」

と怖い顔をしたが、しかし、ここまで来て戸口から中にじゃいらず、どうやったら私を呼び出したお巡りさんに会えるのか? 
とむかっとした直後、

「ああ、はい」

と3mほど離れたところから返事があった。このお巡りさんが私を呼び出したらしい。

ここにたどり着くまで、いろいろ考えた。さて、お巡りさんにあって第一声は何といったら良かろう? やっぱり、面倒をかけてごめんなさいと謝ることから始まるのか。私の心得違いでとんだご迷惑をかけましたと平身低頭した方がいいのか。なにをやっても、逮捕されるのか? 逮捕までは至らなくても、ネチネチお説教を食らうのか?

まず、逮捕はされなかった。
生爪を剥がすような拷問を受けることはなかった。
お前みたいなヤツがいるから事故が起きるんだ、と叱られることもなかった。

担当のお巡りさんは、

「じゃあ、ここで」

と部屋を出たところに置かれたソファに私を誘った。

「車検証、自賠責の書類のコピーと事故車の写真は持ってきました? それに免許証もいるな」

が第一声であった。
もちろん持ってきましたとも。
そういいながらいわれたものを差し出すと、

「ああ、これでいいです。じゃあ、ちょっと待ってて」

事務所に戻った彼は、すぐに2人連れで再度登場し、はじめて取調室に私を誘った。これから打ちのめされるのか?

「はい、じゃあ書類も揃いましたから、はい、えーと、年齢は? はい、69歳ね。じゃあ、これでお帰りになって結構です」

ん? 朝10時9分発の電車ににって遠いところから来たのに、もう帰っていい? まだ10分もたっていないと思うけど。
つまり、私を出頭させて行われたのは単なる事務処理であった。

今の私は、東京に用がない。頼まれた買い物もない。とすると、このまま桐生に戻るしかない。地下鉄に乗り、浅草からりょうもう号に乗る。桐生に帰り着いたのは午後4時半を少し過ぎた時間だった。

「えーっ、丸1日かけてたった10分の用件を済ませてきたのかよ」

無駄な一日であった。いや、事故を起こした私がそういってはいけないのだろう。でも、だったらこの1日をどう形容したらいい?

それはそうと、である。
東京は健康都市であることを実感した日でもあった。歩く。東京は歩く。登る、東京は登る。下る。東京は下る。東京は足腰が強くなる。
桐生は歩かない。登らない。下らない。足腰が弱る。

浅草駅で降りて、都営浅草線のホームまでたどり着くのに、さて、階段を何段下りたろう?
宝町に着いて地上に出るまで、さて、何段の階段を上ったろう?
戻りはその逆である。宝町で数え切れないくらいの階段を下り、浅草で数え切れないほどの階段を登る。
途中の踊り場で一休みしている人生の先輩がいた。先輩、お疲れでしょう。でも、だからあなたは今でも元気なんですよ。そんな声をかけたくなった。
ん、私? 登りも下りも、何とか一息で通り抜け得ることが出来た。が、である。情けないことに、登りではかなり息が切れた。

自宅に戻って風呂に入る前、スクワットをやった。この1ヶ月ほど続けている。しかし、長距離を歩いた日は

「まあ、今日はいいや」

と休息日にしているのだが、この日だけは長い階段登り下りをこなしたにもかかわらず、スクワットをやった。

「都会モンに負けてられるか!」

そんなかけ声を賭けながらのスクワットであった。