2018
08.28

2018年8月28日 桝谷英哉さん

らかす日誌

亡くなってからかれこれ18年近くがたったのに、いま、桝谷英哉さんとお付き合いしようとしている。桝谷さんとは、この「らかす」でご紹介した、クリスキットの設計者である。

いや、亡くなった方とお付き合いするといっても、私が間もなく棺桶に入ろうとしているという意味ではない。私は明日も生きているつもりだし、まあ、この先20年ぐらいは生きるだろうと思っている。
では、死者と生者のお付き合いとは何か。

桝谷さんに「オーディオマニアが頼りにする本 遺稿」という本がある。題名の通り、桝谷さんが亡くなった後で出版された本である。私も大事に書架に並べている本である。
これ、「オーディオマニアが頼りにする本」といっても、オーディオシステムのことを書いた本ではない。桝谷さんがこよなく愛したクラシック音楽についての蘊蓄を書き記したものである。そして多分、最初に私が操作法を教え、いつの間にか私以上の達人になってしまったMacで、Wordを駆使して版下を桝谷さん自らが作った本である。楽譜も収録されているから、それもMacで桝谷さんが自作したはずだ。
ついでに書いておけば、この本には私の追悼文も収録されている。ま、それはどうでもいいことだが。

実は最近、クラシック音楽を聴いてみようかという気になっている。自宅で仕事をしたり算数を解いているとき、出来ればBGMが欲しい。だが、ビートルズやクラプトン、ディランでは気が散る。クラシックが最適ではないか?
それに、朝一に聴くクラシック音楽はなかなか気持ちいいことも最近分かってきた。もう少しクラシック音楽の音源を増やしたほうがいい。いまでもCDにして100枚程度の音源はあるのだが、クラシックを本格的に聴く人は500枚や1000枚は持っている。私の所有する音源では決定的に少ない!

とは思うのだが、クラシック音楽の世界には全く不案内である。まあ、ピアニストではポリーニやクリスチャン・ツィメルマンは素晴らしいと思うし、諏訪内晶子のバイオリンも素晴らしい音色を奏でてくれると思う。モーツアルトは聴いて心地よいし、ベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」は大好きである。
と書いたが、その程度の知識しかない。あとはちんぷんかんぷんである。こんな私は、誰の演奏の、どんな音楽を聴いたらいいのか。

いいガイド本はないかと探した。今のところ見あたらない。周りにクラシック音楽に強い知人はいないかと見回したが、いない。さて、どうしよう?

と考えていたとき、ふと、この「オーディオマニアが頼りにする本 遺稿」を思い出した。確かあの本、桝谷さんがクラシックの蘊蓄を語りながら、日頃聞いているCDを紹介していたのではなかったか?

横浜に戻ったついでに書棚からこの本を取り出し、桐生に持ってきた。目的は読むことではない。手元にそろえておきたいクラシック音楽の名盤を知るためである。
桝谷さんはクラシック音楽しか聴かなかった。演歌を聴くという人がクリスキットを注文しようとすると、

「演歌なんかを聴く人にはクリスキットは売りまへん!」

と電話を切った。

「大道さん、ジャズを聴くという人が注文をよこしたんでっけど、売ってもよろしいかいな? わて、クラシックしか聴きまへんやろ。そやさかい、ジャズの再生にクリスキットでええかどうか分かりまへんのや」

と、私に電話をしてきたこともある。

「クリスキットは音源を混じりけなしで再生するアンプでしょう。音源にクラシックもジャズもロックもないじゃないですか。CDにはデジタラ羽化された音源が入っているだけです。それを素直に再生すれば最高の音になる。それがクリスキットではないですか? 私はジャズもロックも聴きますが、他とは比べものにならない音で鳴っています。自信を持って売って下さい」

というのが私の返事だった。
そんな桝谷さんが書いた、クラシック音楽への誘い。TSUTAYAで借り出すCDのガイド本としては最適である!

ところが、ページを開き、TSUTAYAの注文ページに入力して、私は困った。この本には、この音楽、誰それの演奏、と書いてはあるのだが、そのほとんどがTSUTAYAには置いてない! 桝谷さんの推奨するCDはほんの2,3枚しかないのである。

やむなく、他の演奏家のCDを注文するしかなかった。ベートーベン、モーツアルトから、シベリウス、ラフマニノフまで注文したCDは44枚
まあ、桝谷さんが聴いていたのと同じ音源ではないが、少なくとも同じ音楽ではある。44枚が届いたら、疑似桝谷ワールドに浸ってみるか!