2018
11.03

2018年11月3日 秋晴れ

らかす日誌

11月3日は「晴れの特異日」とも「晴天日」とも呼ばれる。統計上、晴天になる確率が極めて高い日である。今日もその通り、桐生は朝から快晴であった。

この日、桐生では毎年様々な催しが開かれる。友人のO氏が中心になる「いとや通り いらっしゃいませ」は、かつて糸商が軒を並べた糸屋通りに様々な模擬店が出て多くの人で賑わう。本町6丁目の「プラスアンカー」の「ふれあい市」にも人が押し寄せ、加えて、市を挙げてやっている「ファッションウイーク」もこの日がピーク。ファッションウイークの中心は有鄰館で、なかでも人気は、松井ニット技研のアウトレットセールである。

私の桐生暮らしも丸9年を過ぎた。どこに顔を出しても知り合いに出会う。出会えば、軽く言葉を交わし、お互いの壮健振りを確認する。

Mさんは知り合ってまだ半年。東京にマンションを持ちながら桐生の古民家が一目で気に入り、購入して引っ越してきた。東京の私立中高一貫女子校の教頭先生だった人で、

「僕、もう仕事は辞めたいんだけど、離してくれないのよ」

といいながら週の後半は東京の職場に行く。桐生暮らしがことのほか気に入っているようで、この日は「いとや通り」のうどん店でうどんを茹でる係を楽しんでいた。
彼は最近、私が紹介した修理工場でBMW320d Mスポーツを買った。色はレッド。1年落ち、走行距離8000kmで350万円ほどであったという。私は5年落ち、5万kmのスタンダード。私の紹介にもかかわらず、私よりグレードが高く、しかも新しい車を買うとは、かなりの恩知らずである。まあ、彼が用意できる金額が私の2倍ほどであったから仕方がないのだが……。
彼の最近の決まり言葉は

「大道さん、いいわ、車。やっぱり馬力が凄い!」

すでに数回聞かされているが、今日もやっぱり、

「大道さん、いいわ、車。やっぱり馬力が凄い!」

から話が始まった。

「だって、坂道でスピードが落ちないんだもの」

これまで乗っていたマツダの車は坂道に差し掛かると速度が落ち、アクセルを踏み増さなければならなかったのだという。

「だけど、タイヤ、高いね。1本4万円だって」

BMWはパンクしても100kmは走れるといわれるランフラットタイヤが標準装備だ。スペアタイヤはなく、スペアタイヤを収納する場所もない。
ランフラットタイヤの欠点は乗り心地と価格である。乗り心地は置くとしても、価格は通常のラジアルタイヤの2倍近い。しかも、彼が買ったMスポーツというグレードは、二回り三回り大きなタイヤがついている。私のスタンダードグレードのタイヤは4本で10万円弱。しかし、Mスポーツのタイヤは4本で20万円する。

「だから、あなたが買う前にいったでしょう。Mスポはタイヤが高からグレードを下げた方が後々楽だよって」

Mさんは私よりはるかにお金持ちのようである。

市議会議員にも会った。この人、会うたびに

「今度、是非呑みましょうよ」

という。いつも

「いいよ」

と応えるのだが、余りに度重なるので今年8月に言われたときには

「あなたは呑もう,呑もうというばかりで一度も実現していない。期限を9月末までとする。それまでに飲み会を実現しなければ永遠にあなたとは呑まない」

と宣言した。
なのに、この日も

「ごめんなさい。期限は切れたけど、呑みましょうよ」

から話は始まった。
彼の関心事は、もっぱら来春に迫った市長選挙である。市議を経ていま県議を務めている人物の支持者で、この県議さん、つい先日出馬表明をした。現職市長は態度を明らかにしていない。

「現職、どうするんですかねえ」

新聞記者時代なら私も関心を持たざるを得なかった。が、もともと選挙には関心がない。記者ではなくなったいま、市長選挙がどうなろうと知ったことではない。つい先日も、現職をなじる市民に

「だったら、誰が市長になったらいいわけ? 出たいという人は何人か知っているけど、になってもたいしたことが出来るとは思えない。桐生は徹底的に人材不足だと思うよ。あなたに桐生市を何とかしたいという情熱があるのなら、あなたが視聴になるしかないと思うぜ」

と言ってしまった私である。この市議さんの質問になんと答えるべきか。

「常識的には現職は出ないと思うけどねえ」

ま、この程度の会話である。彼は

「飲み会、ごめんなさい。でも、是非やりましょうよ」

というので、

「じゃあ、期限を年末まで延ばしてやる。それ以上は私も我慢が出来ないからね」

といっておいた。
何しろ、市議会議員は有権者にごちそうするのも、有権者からごちそうされるのも御法度である。ということは、彼と呑めば割り勘となる。つまり、私の財布からもお金が出ていく。誘われる私としても、甘い顔ばかりは出来ないのである。

有鄰館では松井ニットの社長、専務に会った。今日は2人ともアウトレットセールの売り子である。
しかしながら、客が多い。有鄰館の味噌蔵(塩蔵だったか?)に出店しているのだが、そこが満杯にならんばかりの人だかりである。見ていると、ひとりで2本、3本のマフラーを買っていく。通常価格の半分程度だから、この日に焦点を合わせてまとめ買いするらしい。市内だけでなく、遠くは東京、神奈川からもこの日を狙って駆けつける“松井ニットファン”が数多くいると聞いた。

「凄いですねえ」

と社長に声をかけると、ニコニコ笑いながら

「ええ、おかげさまで」

すでに用意した7割は売れてしまったのだという。今度、今日の売り上げでごちそうになろうかな?
実は私も、松井ニットのマフラーをして出かけた。途中で暑くなり、マフラーはカメラのストラップに巻き付けておいた。そのマフラーをじっと見つめる人が客の中にいた。

「?」

「それ、いいですねえ。オシャレというか、しっとりと落ち着いているというか。ここにも似た配色のマフラーがあるけど、そっちの方がはるかにいい」

ふむ、このマフラーは日本での非売品である。松井ニットがスペイン・プラド美術館の求めに応じてデザインし、プラド美術館でしか売られなかった。私のお気に入りである。
と説明し、

「だけど、隣の芝生ですよ。ほら、これだって素敵じゃないですか」

と陳列棚のマフラーを指すと

「いや、やっぱりそっちのマフラーの方がいい!」

松井ニットのファンは目が高い。

ファッションウイークを取り仕切っているNさんもいた。

「よお!」

と声をかけ、

「君、早くこの役割から降りろよ。ファッションウイークなんて自己満足の固まりじゃないか」

と挑発してみると、

「辞めようと思っているんだけど、辞めるというと、みんなが『もっと続けたいからやってくれ』と言うんだよねえ」

と答えた。

「だったら、やりたい人が世話役になってやればいい。やりたくないあなたに面倒な仕事を任せるなんて言語道断ではないか」

と応じると、

「じいさんばっかりだからなあ」

と半ばあきらめ顔である。彼はどうするのだろう?

てな会話を繰り返し、昼食には肉まん1個とMさんたちが茹でたうどん。3時頃帰宅し、

「たいしたものを食べたないので、何か果物を」

と妻女殿にお願いすると、柿が出てきた。

という1日だった。私の、晴天の11月3日、意味があったのかなかったのか。
ま、これも1日、あれも1日である。