2019
01.15

2019年1月15日 総支配人 その6

らかす日誌

さて、前回までで、私のホール改革案をご紹介する準備が整った。いよいよ本論である。

4月から始まる2005年度の朝日新聞社主催公演は、私が総支配人に就任するまでにすべて決まっていた。公演の仕入れとはその程度のスピードで行われるのものである。
ということは、会社がホールの経営目標としている1500万円以内の赤字、について私ができることは何もない。2005年度分の主催公演は、すべて前任のO君が決めているのである。私の色が出るのは2006年度からということなる。

その仕込みが始まるのは初夏からである。たくさんの音楽事務所の方々がホールの事務室を訪ねてこられ、

「これ、いかがですか?」

と売り込みを始められるのである。ホール改革案はそれまでに実行に移さなければならない。

朝日建物管理の人たちも含んだ全体会議を開いたのは6月頃だったと思う。つまり、私が改革案をまとめるまでに半年の時間を要したことになる。
全員に、私は改革案を説明した。

【総論】
浜離宮朝日ホールは、世界でいちばん音響がいい室内楽専用ホールである。そうであれば、この強みを活かし、浜離宮ホールのブランド価値を高めたい。
音楽家が

「いつかはあのホールで演奏してみたい」

と憧れるホールにする。
聴衆が

「あのアーチストのことはあまり知らないが、浜離宮でやるんだからきっといい演奏家に違いない」

と足を運ぶホールにする。
ホールのブランド力が高まれば、貸しホール需要も伸びる。値上げだったできるかも知れない。
この目標に向かって、朝日新聞主催公演は一種の広告媒体と考える。
このホールの音響から考えて、これは実現可能なプランである。

【各論】
1)公演は、552席が満杯になるものしか買わない。主催公演のこれまでの失敗は、できるだけ安い公演を買って、350席埋まれば元が取れると踏んでいたのに、幕を開けたら200人しか入らなかった」ということの積み上げである。外からは新人育成に熱心と見られることもあるが、安い公演を買っていたことが原因に違いない。こんなことを繰り返しても、ホールの価値を挙げることにはならない。

2)満席になる公演しかやらないということは、高額な公演を買うことになる。それには目をつぶってよい。毎回チケットが売りきれる公演を続けていれば、お金は後からついて来る

3)求めるのは一流の音楽家ではない。超一流の音楽家である。誰もが仰ぎ見る演奏家のコンサートを、年に3回から5回開く。そのような演奏家が登った舞台という名声を浜離宮ホールにつける。

4)音楽事務所との交渉は、前任者までは支配人任せだったと聞くが、私は買い取り交渉はしない。私はクラシック音楽のことを全く知らないことが一つ。加えて、決める権限を持つ者が交渉に臨むと交渉はYes、Noの2通りだけになる。それはよくない。担当者としてホールの仕事をしている皆さんは、支配人が買うと決めた公演を分担して運営するだけ、というのもつまらないだろう。だから、交渉はすべて担当者に任せる。自由にやって欲しい。

5)ただし、どれほど魅力的だと思った公演でも、その場で決め手はいけない。かならず「私は是非買いたいのですが、持ち帰って支配人の判断を仰ぎます」というにとどめること。そこに1拍置くことで交渉力が生まれる。「私は是非買いたいのですが、支配人が採算を気にしまして、『あと50万円安くならないか』というんです。何となりませんか?」というのが交渉である。

6)「支配人に相談する」といったが、私は相談されてもそれに答える能力がない。だから、買い取るかどうかは全員で協議する。その場で、買いたいという担当者は買いたい理由を説明し、他の人は自由に発言して欲しい。そこで、多数決で決める。

7)ただし、私に一つだけ権限が欲しい。全員が買うといった公演でも、私がいやだと思ったものは買わない。その権限がないと、私は支配人の責任を全う出来ない。

8)基本は以上であるが、もう一つ付け加えたい。事業とは、一面ではお金を使うことである。ホールの事業に必要だと思うものはすべて私にいって欲しい。許された予算内で買えるものならすぐに買うし、会社から金をふんだくって来なければならないものは私がふんだくりにいく。うまくいくかどうかは分からないが。とにかく、金を使うことに臆病にならないで欲しい。思い切り使ってよろしい。ただし、事業とは100円使ったら101円以上の見返りが戻ってくる金の使い方をしなければならない、ということを忘れないで欲しい。

以上である。そしてその日から、2006年度の公演の仕入れが始まった。