2019
07.01

今年は過ごしやすい梅雨が続いて助かっています

らかす日誌

サムサノナツハオロオロアルキ

と詠ったのは宮沢賢治である。さて、オロオロアルクほどの冷夏になるかどうかはまだ分からないが、今年の梅雨は気温が上がらなくていい。集中豪雨の被害にあった地域の方々には申し訳ないが、私は涼しい梅雨に助けられている。

昨日の日曜日は、久方ぶりに何の仕事もしなかった。最近の私にしては珍しい。
さて、仕事をせずに何をしたか、というと、庭木の手入れである。

「庭木がうどんこ病なのよ。葉っぱを切ってくれない?」

と妻女殿にいわれたのは、確か木曜日のことである。木が、うどんこ病? 何それ?
ネットで調べると、葉や茎がうどん粉をかけたように白くなる植物の病気で、風で菌が運ばれて発症するらしい。見てみると、白くはなっていないが、葉っぱが虫食い状態である。
なんか、いわれた症状と少し違うとは思ったが、私、植物に関してはトンと知識がない。

「違うんじゃないの?」

と問いただす論拠もなく、また下手に問いただしてはそれでなくても危うい夫婦関係がさらにこじれかねない。ここはお言葉に従うのが得策である。

と思い定め、仕事が一段落した金曜日の午後、

「暑くないから大丈夫」

と思い定めて剪定作業を始めた。妻女殿の話では、玄関の前にある2本だけが罹患しているとのことだったが、見て回るとすべての木の葉が虫食い状態だ。こりゃあ、すべて感染している。菌がどこから風に乗って我が家にやってきたかは知らないが、このままでは再び風に乗ってどこかの木に病気を移してしまう。であれば、病にかかった枝をすべて払うしかない。

ここは借家だ。だから私が植えた木ではない。だから可愛いとは全く思わない。だから庭木ばさみを取り出すとバッサバッサと切った。一切遠慮せずに切り放題の快感を味わった。

作業を終えると夕方である。落とした枝葉の処理は後日にしようと思って作業を打ち切った。そして土曜日は雨。ということで、空の具合を見ながら、昨日午後、作業を再開して朝までの雨で濡れた枝葉をゴミ袋に詰めたのであった。

いや、それだけの話である。しかし、暑さが大嫌いな私が6月末日に肉体労働が出来るとは、今年の夏は異変含みだ。願わくは、異変が長続きしますように……。

そういえば、日本の米作が冷害にあったのは、記憶を辿ると1990年代の初めだった。
その年、私は畏友カルロス(「グルメらかす」に数多く登場する友人)に頼まれ、ゴールデンウイーク限定の「踊るパエリヤ屋」になって2年目だったと思う。日本の米が不足で手に入らず、タイからの輸入米でパエリアを作ることになった。
余談だが、踊るパエリヤ屋での私の活躍ぶりは、「グルメらかす」の第30回から第33回でお楽しみいただける。

さて、タイ米の話である。

「ああ、日本の米の手に入らんけんしょんなかたい」

とパエリア屋の店内で吐き出すように語った畏友カルロスは、もうご承知だろうが九州の生まれである。器用に標準語もこなすが、私といると地の言葉が出る。

「なんば言いよっとか。もともとスペインの料理やけん、ほんなこつは長粒米を使うとやろが」

どういう訳か、私もこいつといるとふるさとの言葉が出てしまう。

「あら、知らんとたい。スペインはヨーロッパばってん、あすこは日本と同じで短粒米ば食うとよ。パエリアは短粒米で作っとたい」

あれまあ、スペインは日本と同じ米を食べるのであったか。正確な知識もなしに人を責めるのは良くないことである。

こうして、私たちはタイ米、つまり長粒米でパエリアを作ることになった。

「米ば洗うときはよー注意せんとでけんばい。タイ米には石の混じっとるけん、石は全部取らんとでけんもん」

え、タイで作られた米とはいえ、きちんと日本の入管の検査を経て袋詰めされている(ひょっとしたら、袋詰めして検査を受けているのかも知れないが)立派な商品である。それに石が混じっている。そんなバカな!
と考えるのが常識である。

常識の固まりである私は、畏友カルロスの発言をバカにしながら米を洗いにかかった。すると、だ。長いとはいえ、国産の米と同じような飴色をしたつぶつぶの中に、黒いものが見えた。何で黒いんだ? 出来損ないの米粒が混じっているのか?
黒いものを取り出してみると、おお、驚くなかれ、本当に石ではないか!

「おい、石の入っとるばい!」

「じゃけんゆうたろが。ちゃーんと全部取らんと客から文句の来るけんね」

こうして、その年のパエリアは慎重に小石を取り除いたタイ米で作ったのであった。

パエリアを作る。当然味見をする。

「なんか美味くなかね」

「うん、美味くなか。タイ米やけん仕方んなか」

こうして我々はタイ米で作った、味の落ちるパエリアをその年は販売した。
ちなみに、1皿の料金は、国産米で作った前年のパエリアと同じく1000円であった。
1000円のタイ米で作ったパエリアを食べた人たちは、

「あまり美味しくないね」

とパエリアを嫌いになったであろうか?
それとも、畏友カルロスによると、人の8割は味音痴であるという。明らかに味の落ちるタイ米パエリアでも

「これがパエリアか。スペインの味は極上だな」

と満足されたであろうか。

ああ、「サムサノナツハオロオロアルキ」がトンだ昔話を思い出させてくれた。
今日はこの辺にする。