2019
08.17

ある年代になれば、子供は両親や祖父母より、同年代に強く刺激を受けながら成長するものである。

らかす日誌

啓樹も瑛汰も、用事があるときしか連絡をよこさない。電話やLINEでグチャグチャ無駄話をする輩より、はるかに好ましい性行である。受けるこちらは

「便りがないのは良い便り」

とわきまえておけばよろしい。やや寂しいが。

今朝、LINEの着信音が鳴り響いた。LINEで連絡をよこすのは、群馬大学関連の仕事仲間か瑛汰しかいない。どちらだろうと思いながらiPhoneを取り上げると瑛汰であった。

「ボス」

「瑛汰か、お早う」

いつも通りの挨拶が済む。

「今朝さ、啓樹が来たんだけどさ、啓樹が『わが闘争』って知ってるかって聞くんだよ。ボス、知ってる?」

ほう、夏休みの啓樹が、はるばる四日市から出てきたか。生まれたてのころから2人を見ているが、実に仲が良くて心地よい。ガキのころは顔を合わせるとスター・ウォーズごっこで、ライトセーバーのおもちゃを振り回してチャンバラごっこに家中走り回っていた。やがて璃子もこれに加わるようになるのはずっと後のことである。ということは、かなり長じてもスター・ウォーズごっこからは抜け出さない2人であったか。

途中でサザンオールスターズにはまったのもこの2人である。四日市の長女が熱烈なファンで、コンサートに連れ出された啓樹も夢中になった。これが瑛汰に伝染した。2人が顔を合わせると、直ちにコンサートが始まる。
当時、2人が顔を合わせるのは横浜の私の家であった。サザンのビデオを再生し、それに合わせて2人が歌い、踊る。

何しろコンサートである。コンサートには機器がいる。家庭でのコンサートであるから削りに削るのであるが、どうしても必要なものがあった。マイクとマイクスタンド、そしてマイクの音声を拡大するアンプ。甘いボスである私は、買った。本物のマイク(ただし、シュアーの安物)、本物のマイクスタンド。アンプはエレキギター用のアンプを使った。

「ね、ボス、音出てる?」

啓樹か瑛汰か、毎期を握った方が必ずこう聞いてくるのは不思議なものである。

その後はマイケル・ジャクソンに2人して熱中した。
もちろん、英語の歌詞が分かるような年代ではない。しかし、これにもマイク、マイクスタンド、アンプは是非ものだった。音楽に合わせて、耳で聞き覚えた英語の歌詞を歌う、がなる。
いや、マイケルさんとなると、歌だけでは納まらない。アクションである。ムーン・ウォークあり、ダンスあり。マイケルさん愛用のものに似た帽子を先に手に入れたのは、確か啓樹だった。帽子をかぶり、歌い、踊り、最後の帽子を投げる。

「だったら」

とやる気を起こしたのは我が妻女殿であった。

「手袋がなくっちゃね」

子供用の軍手をお買い求めになり、それにキラキラした丸い紙(あれ、何というのだろう?)を縫い付ける。出来上がりはラメ入りの手袋だ。

「啓樹、これもいるでしょう」

啓樹が桐生の我が家でマイケル・ダンスを披露したのはいうまでもない。

そうそう、瑛汰とはマイケル・ジャクソンの「This is it.」を見に、伊勢崎のスマークまで行った。ガラガラの映画館で2人でマイケルさんの映画を見たのである。瑛汰は確か3歳。それとも4歳になっていたか?
映画が終わり、明るみに出たら年配の女性が寄ってきた。私を口説こうというのか? それにはあんた、やや年齢が行きすぎているぞ、と身構える私には目もくれず、彼女は瑛汰に話しかけた。

「ボク、偉いわねえ。そんなに小さいのに、静かに映画を見ることができて」

ああ、そういうことなの。私はお返事をした。

「こいつが見たいって言うんで来たんです。私は付き添いです」

唖然とした顔をされた。

その2人が久しぶりに顔を合わせ、「わが闘争」だと? ボス、知ってる? だと?

「ああ知ってるぞ。アドルフ・ヒトラーが書いたんだ」

誰にものを尋ねているんだ? ボスは教養の塊だぞ!

「そうなの。ね、うちにある?」

2人が会っているのは、本来なら私が住んでいるはずの横浜の家である。そこには桐生に運びきれなかった私の蔵書がうんざりするほどたくさんある。おそらく、瑛汰はその蔵書に囲まれて育ち、

「俺もボスみたいに本を読む!」

と心を決めて本が好きになった、というのは私の勝手な解釈である。

だからであろう、ボスが知っている本なら、きっと蔵書に含まれていると考えたのに違いない。
ところが、なのである。私、この本を読んだことがない。気になってはいたが、ヒトラーの本を読んでどうする? という思いもあってなかなか手が伸びず、いまだに読まないままである。だから、横浜の蔵書にこの本は含まれていない。

「うちにはないぞ」

そう答えざるを得ない。

「読みたかったら本屋で買え。いやあ、アマゾンで見てみろ、売ってるから」

そう答えざるを得なかった。

しかし、2人はどんな話をしたのだろう? 四日市の啓樹は中学3年生。もうヒトラーに、ナチスに関心を持つようになったか?
瑛汰は、啓樹からどんな話を聞いてこの本に関心を持ったのか。瑛汰はまだ世界史を学んでいない。これまで数多く読んできた本も、小中学生向けの小説が多いはずだ。もう少し固い本を読ませたいと思って買い与えても、読んだ形跡はなかった。その瑛汰が「わが闘争」? 戦争という悪に、ナチスという20世紀の狂気にこれから目を開く?

なんだか嬉しかった。啓樹も瑛汰もきちんと成長している。

そして思ったのである。
子供は幼いころ、両親の影響を強く受けて育つ。時には祖父母の影響も加わるかも知れない。しかし、ある時期を過ぎると両親や祖父母はほとんど影響力を持たなくなり、同世代の仲間から刺激を受けて自分を作っていくものである、と。

啓樹に続いて瑛汰も、そんな年代に差し掛かったらしい。

しかし、啓樹は誰の影響で「わが闘争」に関心を持ったのか。瑛汰は啓樹のどんな話で「わが闘争」に気が引かれたのか。
啓樹は読んだのか? 瑛汰はこれから読むのか?

朝から楽しくなるLINEでの会話であった。