2020
04.13

こういう偶然もあるのだな。ネットワーク論の本を読んでいたら、感染症にぶつかった。

らかす日誌

複雑な世界、単純な法則」(マーク・ブキャナン著、草思社)

という本を手にしたのは、たまたまである。何かで参考文献に挙げてあり、それではとAmazonで中古の本を買い、本棚に収めてあった。買ったのは、コロナウイルスという単語すら知らなかったころである。読むために取り出したときも、

「そろそろ目を通すか」

程度のきっかけでしかなかった。つまり、ウイルス感染の話題がこの本に収められているとは夢にも思わなかった。

この世界は、構成するそれぞれの物質の性質を突き詰めてみても、なぜいまの姿であるのかを理解することはできない。知らねばならないのは、それぞれの物質がどんな相互作用を及ぼしてネットワークを構成しているかである、とでもこの本を要約したらいいのだろうか。この要約は間違っているかも知れないが、今日の本題はこの本の要約ではなく、ウイルス感染とネットワークの関係だから気にしないことにする。

ウイルス感染が出てきたのは「第11章 エイズの流行とスモールワールド」というところである。

この章によると、1970年、アメリカ公衆衛生局長ウィリアム・H・スチュワートは

「そろそろ感染症に関する本をしまってもいいのではないか」

と述べた。栄養状態、衛生状態の向上と、20世紀に発見された抗生物質のおかげでほとんどの感染症が影を潜めたため、人類は感染症との闘いに最終的な勝利を収めた、と胸を張ったのである。

しかし、ウイルスはしたたかである。スチュワート局長の勝利宣言から間もなく、O157が登場した。さらに、後天性免疫不全症候群、いわゆるエイズが1981年、ロサンゼルスの同性愛男性から見つかり、その後わずか10年ほどの間に世界中に広がった。

エイズはもと、アフリカに住む2種類のサルに住み着いていた。その体内にある間は、エイズウイルスは何の悪さもしない。人間に移り住んで初めて、様々な害を及ぼす。その事実を誰も知らないまま、野生の動物を食用にするアフリカで誰かが食べ、エイズウイルスに感染し、それが世界に広がったらしい。

ここから、ネットワーク理論を駆使してエイズの広がりをシミュレーションし、感染症の拡大を防ぐ手立てはあったのか、を探ろうというのがこの章の狙いである。セックスで感染するエイズでは、いま行われているような多数を対象にした治療や教育ではそれほどの効果は期待できず、多くのセックスパートナーを持つ人に集中して対策を施すべきだというのがこの本の結論で、これは今回のコロナウイルスには役に立たないから横に置く。

読みながら頭に浮かんだことが2つある。

1つは、いま進められようとしている生活支援である。
テレビのニュースを見ていると、店を開けなくなった居酒屋の店主などが登場し、緊急事態宣言で引き起こされた生活の不安を訴えている。店を経営しているのだから、いくらかの蓄えはあるはずだが、まずコロナウイルスの拡散で客足が遠のき、さらに緊急事態宣言で店が開けなくなっていつ再開できるかの見通しもつかないいま、自分では何もできないもどかしさとともに、不安にさいなまれるのもよく分かる。
コロナ禍には少し距離があると思われる桐生でも、タクシー会社の社長さんが

「3月以降、売り上げは半減してます。誰も町に出ないんですねえ」

と嘆いているぐらいだから、緊急事態宣言の対象地域の商店や夜の街の落ち込みは酷いものなのだろう。だから、公的資金と呼ばれる税金を投入して、彼等がせめて生活の不安から逃れ、事業の再開に備えることができるようにするのは当然だと思う。

というのは日頃思っていることである。だからだろう、エイズの話を読みながらふと思ったのだ。

「エイズが広がったときも、収入を奪われた人たちがいたはずだよな。でも、その人たちの暮らしを支えなければ、という声はどこからも出なかったのではないか?」

そう、エイズで商売があがったりになったのは、多分春を売る仕事をしている方々である。

1987年秋、私はロンドンを訪れた。現地駐在員のお世話になったのだが、彼がこんな話をしていたのを思い出す。

「駐在員の仕事の一部は、日本から来た連中のアテンド。でも、エイズで助かってるよ」

人々を恐怖に震え上がらせているエイズで助かってる?

「多いんだよ、『おい、いいところに案内しろよ』っていってくるヤツが。そんなとき、『ロンドンでもエイズが流行ってるんだよね』というと黙っちゃうんだ」

彼はエイズで助かった。日本から来た連中も、エイズ感染を免れた。しかし、日本から来た連中を「客」として迎え、幾ばくかのお金を稼ぐはずだった人々は助かったか? 収入源を失って途方に暮れたのではないか?
だから、

「彼等の暮らしを支援しなくてもよかったのか?」

と考えたのだ。

いや、出てくるだろう答はおおむね分かっている。

1)彼等は非合法の存在である。法を犯している人々を法で助けるわけにはいかない。

2)彼等はホンの少数だ。今回は社会全体が生活破壊に直面している。生活支援といいながら、その実は社会を崩壊から食い止めるための措置だ。

他にあるかな……。

しかし、である。法を犯しているからといって、彼等は法を犯さなければ暮らしていけない人々なのだ。ロンドンを例に出したからあえて書けば、英国の閣僚らが売春婦との関係を暴かれた事例は数多い。必要なときはお世話になりながら、そうでないときは非合法と切り捨てる。それって……。それとも、彼等がポケットマネーで生活を支援したのだろうか? あるいは、路傍の石のように投げ捨てたか。

少数派だから、というのは論外である。どんなに少数であろうと、己の責任ではないことで生活の手段を奪われた人々は、社会が助けなければならなかったのではないか? それとも、少数だから、通常の生活支援手段である生活保護で対応したのかな?

2つ目は、エイズがサルからヒトに移って災禍をもたらしたことである。
ウイルスには細胞膜がなく、自己の複製も自力ではできない。だから生き物の仲間には加えてもらえないのだが、彼等が生き続ける、というか存在し続けるには、宿主との良好な関係が欠かせない。宿主が死んでしまえば、自分も死ぬ、いや生き物ではないからなくなっちゃうのだから、本来は宿主には死んで欲しくはないはずだ。長年、宿主としてお世話になってきたサルの体内では、だから何の問題も引き起こさなかった。初めて住み着いたヒトの体内で、彼等が当然のこととして継続した活動が、宿主であるヒトに障害を引き起こしたのである。

ということを踏まえると、今回のコロナウイルスも、野生動物からヒトに移り住んだが故に災禍を引き起こしているのではないか、と疑わざるを得ない。
コロナウイルス禍が広がり始めたころ、野生動物を食用にする中国の食習慣が原因ではないかといわれた。その後、開発中の生物兵器(ウイルスが生物であるとして、の話だが)が漏れ出したという噂もあった。
他にも説はあるのかもしれない。真相はいずれ明らかになる(でも、中国だからなあ……)だろうが、エイズの前例からすると、野生動物主犯説を押したくなる。
エイズはDNAの塩基配列が突き止められ、それに基づいて犯人捜しが始まった。多分、アフリカにいる野生動物をしらみつぶしに調べていったのだろう。サルの血液中から「犯人」が見つかったのである。コロナ騒ぎが一段落すれば、似たような犯人捜しが始まるのだと期待する。

ああ、今日もコロナに終始した。ネットワークの話を読みながらコロナに思いを馳せてしまう。そろそろこんな暮らしとはおさらばしたいものだが……。