2020
07.06

あと4年もあのおばさんの顔を見るのかと思うと……

らかす日誌

東京都知事選というものがあったらしい。
小池百合子というおばさんが再選したらしい。
得票率は60%に近く、何と366万人もの人が「小池百合子」という名前を投票用紙に書いたらしい。366万人! 半端じゃない。私なんぞは10人の有権者に私の名前を書いていただくことすらおぼつかない。敬服する。
新型コロナウイルスに脅かされている東京で、公示日に当選者が分かってしまうような選挙で、投票率は55%。前回をわずか4.73ポイント下回っただけらしい。東京の有権者は律儀なものである。

にしても、

「えっ、やってるの?」

といいたくなる盛り上がらぬ選挙であった。
東京ではない、桐生に私が居を構えているせいもあるかも知れないが、いったい何を争点にして争っているのかまったく不明であった。自民党が独自候補擁立を見送ったため、ベルトコンベアで「小池百合子」を都知事室に運んでいく選挙であった。こんなの、選挙する意味ある?
再び新型コロナウイルスの感染者が増え始めた東京で、これまで小池都政が打ってきた対策は適切であったかどうかが議論になったか? とりあえず来年に延期された東京オリンピックの取り扱いで甲論乙駁はあったか? 世界の多くの国でコロナがいまだに感染拡大していて、オリンピックどころではないということが言の葉に昇ったか?
「小池百合子」を載せたベルトコンベアは、防音対策を施された工場の中で稼働したのではなかったのか?

あのおばさんの何が、そんなに人を惹きつけるのか、私にはまったく理解できない。「文藝春秋」でカイロ留学時のさまざまな疑惑が報じられても、その記事が本になっても、このおばさん人気は蚊に刺されたほどの痛みも感じないらしい。たくましく世の中の最上層を泳ぎ続ける。ひょっとしたら、プンプンと臭う「「とんでもなさ」の香りも、彼女の魅力の一部なのか。

まあ、いい。私は今、群馬県民である。横浜に戻っても東京都民になることはない。誰が都知事になろうとも、所詮他人事である。ご勝手に、というほかない。
困るのは、あと4年も都知事の椅子に座り続けることで、時には見たくもない顔を見てしまうことである。東京で何かあるとテレビのニュース番組に登場するからである。テレビを見るのはほとんどがニュース番組である私は、嫌でもご対面させられてしまう。あの、人を見下したような狸顔が大写しになる。憂鬱だ。

知事といえば、群馬県知事になった山本一太君も困りものだ。これは私見であって、私とは考え方、感性、判断が違う方が群馬県内には沢山おいでになることは重々承知である。でなければ、代えれが知事になることはない。だから、私は少数派である。少数派も時にはごまめの歯ぎしりをする。

聞いたところによると、いま彼は

「日本一」

を目指しているのだそうだ。分野は、小中学校へのタブレット端末の配布。国が進めようとしている施策で、

「群馬県が全国で一番早く100%を達成する!」

とお役人を叱咤激励しているそうである。

まあ、認知度がいつも最下位に近い群馬県が、限られた分野であるとはいえ、日本一になることに異論はない。小中学生がデジタルの世界に親しむのも、21世紀を生き抜く力をつけるためには必要だろう。
ところが、現場には

「そんな無茶な!」

という声がある。なぜか。

小中学生に1人1台のタブレットを配布する。そのタブレットは自宅に持ち帰ってもよい。タブレットに馴染むためにはそうあるべきで、そこに異論はない。
現場が困惑しているのは

「タブレットって、WiFiがないと使えないじゃないですか。でも、自宅にWiFiを設置していない家庭がまだ結構あるんです。そんな家庭の子どもはタブレットを自宅に持ち帰っても使えない。そんな家庭のことも考えねばならないのです」

ふむ、どっちみちこの世は格差社会である。そんなことにこだわってないで、全体を前に進める方が大事なんでは?

「百歩譲ってその点は妥協するとしても、実はWiFiを設置していない小中学校もあるんです。全国最速の100%達成は結構ですが、その前に整えなければならないことがたくさんあります」

なるほど。ということは、すべての小中学校でWiFiが使えるような基盤整備をしなければ、タブレットを全生徒に配っても画餅にしかならないということか。つまり、順番が違う。

「それに」

と我が知人は付け足した。

「タブレットは故障します。壊れます。そんなときは誰の負担で修理するのでしょう?」

そりゃあ、行政が各人に配るんだから、行政の負担でしょ? あ、そんな金、いまの自治体にある?

「数年すれば、買い換えの時期が来ます。1回目の配布については、配布率が一定以上であることを条件に国が補助することになっていますが、買い換えについては何にも触れられていない。国お金にも限りがあり、悪くすると買い換えの時期が来たときに国が知らん顔をする恐れもあるわけです。そうすれば、まさかタブレットの配布を止めるわけにはいきませんから、地元自治体の負担で買い換えることになる。地方自治体は国以上に貧乏ですからね。そんなお金を捻出できるのかどうか……」

山本一太君に関しては、私は知事になるずっと以前からいい印象がない。一時期、頻繁にテレビに出演していた時期があった。自民党の若手代表、みたいな位置づけだったが、その発言は常に、私の耳には権力者へのおべっかにしか聞こえなかったからである。

「総理は正しい。総理は素晴らしい。総理が掲げる政策は我が政策なり」

そりゃあ、山本一太君も自民党の国会議員であった。自民党総裁たる総理を擁護するのは当たり前といえば当たり前であろう。しかし、総理が誰に替わろうと同じ趣旨の発言が続くとなると、聞かされる方は首をかしげたくなる。

「あなた、自分の考えを持ったことはありますか?」

だから、タブレット配布を全国最速で100%達成する、といわれても、内閣へのごますり、

「僕ちゃん、がんばってるんだよね! 可愛いでしょ?」

という売り込み、つまり

「すべては私のために(Me First)」

としか思えないのである。
タブレット配布の前途に横たわる障害を理解して、障害を乗り越える方策を立てた上で

「100%」

とおっしゃっているとはとても思えないのである。

さて、群馬県民として私が困っていることの一端はご理解いただけただろうか?
もちろんこれは私一人の私見である。ご賛同いただこうなんて図太い思いは持ち合わせていないことをお断りして、今日はここまでとする。