2020
08.08

やや仕事に追われてしまってご無沙汰してしまった。お許しを。

らかす日誌

暮らしには何となくリズムがある。すでに会社勤めを終えた身には、日々の行動を縛るものがない。だから、暇となれば

「これ、ひょっとして永遠に暇?」

というような日々が続くこともあれば、私のように自分で決められる仕事を多少こなしていると、

「おいおい、こんなに忙しくて、実入りはたったこれだけかよ」

という日々が訪れることもある。
7月末から私に、その後者が訪れた。

いま、桐生の繊維関係の職人さんを訪ね歩いている。きっかけはある人との出会いだった。彼は自分でデザインし、桐生で作ったバイクウエアの専門ショップを経営している。ここに、北は北海道、南は九州からバイクにまたがったバイクノリが集まる。彼が産み出すウエアを買うためである。

「私がね、こんなことが出来るのも、桐生には沢山の技術が生きてるからなんですよ。ほかの町では絶対に出来ません」

そんな彼の話を素直に受け取った。

桐生は織都を自称する。繊維関係の技が猫の額ほどの狭い地域に集積している世界でも希有な町だとも言われる。だから、様々な職人技が生き続けていることは容易に想像できる。

我々消費者は最終商品しか見ない。繊維製品の最終商品は服である。服を見て、自分のサイズか、好みの色柄か、身につけたら格好良く見えるか、と考えることはあっても、なぜそんな服ができたのか、それがどのような技で産み出されているのか、どんな人たちが技の担い手なのか、と思い及ぼうとする人は希有だろう。
しかし、実は最終商品は、技術が、技が、あえて言えば職人さんたちの熱が寄り集まったものである。その各段階を担う人たちの力が十分に組み合わされたとき、素晴らしい服ができる。

桐生の資源は繊維産業である、とは桐生に来て以来、ずっと考えてきたことだ。だが、桐生の繊維産業を支える技に思いが及ぶことはほとんどなかった。松井ニット技研のマフラーの彩りの美しさに惹かれ、笠盛の刺繍で創るアクセサリーのデザインを愛でながら、そんな素晴らしい最終製品には沢山の職人さんの技が埋め込まれているとは考えなかった。

「桐生には沢山の技術が生きてる」

その一言で、記者時代の私の取材に抜け落ちていたところがあったことに気がついたのである。

よし、桐生の職人さんたちの話を聞こう。桐生にはどんな技が生き残っているのか、職人さんたちはどんな思いで日々の仕事に取り組んでいるのか。それを聞きたい。そして、桐生の技術を将来に向けて守るため、生きている職人技を発信したい。

それほど難しい仕事だとは思わなかった。市内のどこにどんな職人さんがいて、得意技は何なのか、データベースがあるはずである、と思っていた。そのデータベースをプリントしてもらえれば、あとは訪ね歩くだけだ。

ところが、ない。役所には市内企業のデータベースはあるが、そこから1歩突っ込んで、どんな職人技があるのか、のデータはない。だれも私のような発想はしなかったようである。

やむなく、情報が集まっているのではないかという人たちに話を聞くことから始めた。趣旨を説明し、分かる範囲でいいので全国に向けて自慢したい職人さん、職人技を紹介してもらえまいか。

こうした下準備を7月から始た。そして、下旬にいたって職人さん訪問が始まった。それが忙しくて「らかす」を書き継げなかった原因である。了とされたい。

「私は、糸を創っています」

という機屋さんがいた。

「いやあ、ここは手作業でやらないと、次の工程が困るんですよね」

という染め屋さんがあった。

「つなぎ」という仕事を知ったのも、この取材を始めたからである。
織物は経糸(たていと)の間に緯糸(よこいと)を通して織り上げる。織機の経糸を取り替えるとき、改めて数千本から、場合によっては1万本にも達する糸を、経糸を上下に分ける綜絖(そうこう)の穴に1本ずつ通すのは大変すぎる作業になる。だから、それまで使っていた経糸と新しく使う経糸を繋いで綜絖の穴を通すのだが、これを手作業で進める。糸を繋ぐ接着剤として使うのは歯磨き粉、なのだそうだ。

これまでに数人の職人さんに話が聞けた。とはいえ、すべて初対面である。しかも、私は繊維産業にはどのような工程があるのかもほぼ知らない素人である。それぞれの工程にを担う職人さんたちに何を聞いていいのかも手探りしなければならないのである。

「すみません。トンチンカンな質問を繰り返してごめんなさい。今日伺った話を頭の中で熟成させて、あらためてお話しを伺いに来ます」

ということの繰り返しである
電話でアポイントをお願いしたときは

「いやあ、お話しすることなんて……」

と遠慮されていた方々も、1度お目にかかると訥々と、あるいは熱を込めて自分の仕事を語り、

「はい、お待ちしてます」

と答えて下さるのが嬉しい。新型コロナウイルスで仕事が減っているというのも、申し訳ないが、この取材を始めた私にとっては追い風である。

始まったばかりの取材だが、今日からしばらく中休みである。次の取材は盆明け。さて、何十人の職人さんの話を聞けるのだろう?
楽しみである。

以上は、更新が滞ったことの言い訳である。お許し願えるだろうか?