2021
04.30

桝谷英哉のよもやま講座 マルチスピーカーの考え方 その1

音らかす

クリスキットのチャンネルデバイダー、CDV-202には「組立説明書」らしきものが入っていません。プリアンプのMark8-D、パワーアンプのP35-Ⅲには、それこそ微に入り細を穿つような組立説明書が同梱され、カラー写真までついているのに、CDV-202に入っているのは、ほとんど回路図だけ。恐らく、Mark8-D、P35-Ⅲを作ったのなら、回路図だけで作り方は理解出来るはず、と桝谷さんは考えたのだと思います。

ところが、世の中はそれほど理解力のある人ばかりではありません。私はCDV-202のパーツセットを受け取って開封した時、途方に暮れました。

「これ、どうやって組み立てるんだ?」

桝谷さんに泣きつくと、

「じゃあ、これを読みなはれ」

と送っていただいたのが、今回から始まる「桝谷英哉のよもやま講座」という、自家製の冊子でした。多分、どこかの雑誌に連載したものをコピーし、綴じられたのだと思います。

といっても、この冊子も極めてレベルの高い理論で埋め尽くされ、さて、読んでは見たものの、何処まで私が理解出来たかにはあまり自信がありません。だからでしょうか、組み上がってマルチチャンネルにしたら、どうしてもウーファーとスコーカーの音が繋がらず、

「私、作り間違えましたか?」

と桝谷さんに再び泣きつく羽目になりました。

「音はで出まっか?」

「はい、出ています」

「だったら、作り間違いではありません。完璧に組み立てなければ音が出ないように設計してますから大丈夫ですわ」

「しかし、音が繋がりません」

「あんさん、スピーカーは何を使うてますか?」

「JBLのLE15AとLE85ですが」

「そらあかん。問題はスピーカーですわ。上だけでいいから、テクニクスの一番安いドライバーに換えてみなはれ」

そんなアドバイスを受けて秋葉原に走り、1本28,000円の2割引きで22400円のスコーカーを取り換えたらみごとに音が繋がりました。その後、ウーファーも38㎝の音が嫌になり、やはりテクニクスの30㎝ウーファーに取り換えました。こちらは1本20,000円の2割引で16,000円。このセットはいまだに我が家で、実に心地よい音で音楽を奏でています。

そんな想い出のある冊子を皆さんにも読んで戴けるようにしました。CDV-202はいまでも、時折ヤフーオクーションに「未開封品」が出品されます。10数万円という法外な価格(かつては4万円内外だったと記憶します)になっている事が多いのですが、出品されているからには落札する方もいらっしゃるはず。そんな方が、届いたCDV-202を見て、私と同じように途方に暮れる事もあるか、と考えたからです。

もちろん、そうでない桝谷ファンの方々にも、是非目を通して戴きたいと思います。ここにも、桝谷哲学が溢れていますので。

—大道裕宣

 

通常の音楽に含まれている音には、一体どの位の音階の幅があるのだろう。オーディオ愛好者なら誰もが興味を持つ話題である。

ほとんどすべてのオーディオ機器のカタログや評論記事ではこのデータが周波数特性として、あたかも品質の良し悪しの目安になっているくらいだ。

まして、それがマニアの手にかかると、音楽そっちのけで、雷が鳴ったり花火が飛んだり、その上それが8畳の部屋の中でこれ等の音が再生される。やれ “低音が何ヘルツ、高音がどこまでのびている”、どこにでもころがっているオーティオ談義だ。

花火はあくまで花火らしく。気持ちは判らぬでもない。理屈も考えないで闇雲に挑戦する事のむなしさ……。

中国の物語『西遊記」の中で、美候王、通称孫悟空が秘蔵の金範棒を振り回わして大暴れをしたつもりが、実はお釈迦様の手のひらの上を走り回っていたという話がある。

富田林に恒例の花火大会がある。残念ながら見に行った事はないが、大和盆地で行なわれるこの花火、まわりの山々にこだまして四方八方に響きわたるのであろう。広々とした自然の大地だからあの音になるので、それをそっくりそのままの音で我が家で再現しようという方が無理。

“でごいち” の音だって、大自然の中を走るからあの音がするのである。レコードの音はあくまでそれらしき音と割り切るべきだ。いくら力んでみても所詮はお釈迦様の手のひらである。

第一、ステレオはこんな目的のために作られたものではなかったはずだ。どんなに重低音を再生しようとしても、ヨーロッパの大伽藍の中で演奏される長さ13mのパイプオルガンの音は我が家では出てくれないのである。

一度だけ、偶然にパリのノートルダム寺院だったと記憶しているが、ミサの最中に出会った事がある。あの大伽藍全体が音を出しているのかと思った程の迫力である。天丼まで何mあるのか知らないが、あの大きな空間がすべて音になった感じだ。あの迫力を私共の生活空間で再現出来るかも知れないと考えたとすれば、その男はよっぽどの馬鹿に違いない。大抵の人ならそのくらいは納得出来るはずだ。

ところが、世の風潮に煽られて次から次ヘコンポーネントを買い替えているうちに、上の話に似たような事をやっているのに気がつかなくなるものらしい。

最近、身近で面白い例にぶつかった。本人の同意を得たので実名で紹介する。他にも同じような事でかなりな資金を投入しながら、何時まで経っても満足出来ないでいる人々の参考になれば、という御本人の希望があったからである。

筆者の知り合いを通して、是非一度逢いたいと申し出があったのは半月ばかり前の事。拙著『オーディオマニアが頼りにする本」を読んで、今まで自分が考えていた事とあまりにも違うので、という紹介だったので、マニア嫌いだからと一応は電話でいっといたのだが、琵琶湖のほとり彦根から筆者の事務所まで卓を飛ばして来る事になった。まだ大学生である。

Y社のアンプにタンノイのアーデン(製造中止になったので、あえて実名を使った)を鳴らしているのだそうだ。エイジングによって、スピーカーの音が変った、と西村君は実証する。それで良くなったと思うのかね。そいつは何ともいえません。

そこでつっ込んで尋ねると、どう低音が気に入らないので、と残念そうな顔で白状される。

「高音は気に入っているの?」「買った頃はカサカサした感じだったのが、半年余りのエイジングのお陰で大分滑らかになったのですが……。」何となく歯切れが悪い。ヨーロッパの落ち着いた音。五味○○氏の言葉が頭を離れないと見えた。相手は剣豪作家である。筆が立つ。高音が濡れてくるあたり、読む側がついその気になる。

西村君だって、もう半年もエイジングを続けたなればしっとりと濡れてくるのではという希望がまだ残っているに違いない、と読んだ。

もし、半年や一年で音が変わるのだったら、十年も経てばどんな事になるのだろう。バイオリンにしてみても筆者は今まで二丁手造りをした。そしてそのために、海外からバイオリン造りの書物を5冊取り寄せて精読した。色々差支える向きもあるので、詳述は避けるが、過日ニセ物騒ぎで音大の教授が警察沙汰になったガダニーニの一件を想い出していただこう。

コンピューターで分析しても、ストラデバリの正体はつかめない、と楽器商などが楽器に箔をつける。元々イタリアで作られたこの銘器の大半がアメリカと日本にある。不思議な現象である。

ドイツ、オーストリア、イタリアなど、音楽の生れた国には世界の名器といわれるハイフアイスピーカーは作られていない。元々瀬戸内の活魚のある関西の干物はまずい。とても小田原のアジの干物の比ではない。活魚の食えるところで、何も好き好んで干物を食う事はないからだ、と日本料理屋生れの筆者は思う。もっとも、最近は瀬戸内もよごれたが……。

ヨーロッパからやって来る音楽家達が金もうけのために無名作家の作ったバイオリンを日本に持ち込む話は良く知られている。人情とはそんなものだ。良い金もうけだそうな。

楽器のエイジングはともかく、紙をブレスしてこしらえたスピーカーのエイジングは勿論、金属箔、プラスチックフィルムで作られた中高音用ドライバーが、エイジングによって音が良くなると本気で考えている人があれば、図書館へ行って、新聞の縮刷版で、もう一度、ガダニーニ事件を読み直してごらんになると良い。