2021
06.22

ステレオ装置の合理的なまとめ方 その13 パワーアンプその2-3

音らかす

ひずみ率とは何か

写真用レンズにいろいろなひずみ(収差)があるように、交流信号増幅器(Audio Amplifier)にもいろいろ違ったひずみがある。一度にすべてを考えると、話がこんがらがって解らなくなるので、一番簡単な(けれど最も重要な)歪率について考えて見る。

第41図がその説明である。左上のカープをトランジスタのIc(コレクタ電流)の曲線として、左下に、二つの違ったバイアスポイントに入れた、同じ入力信号とすると、 Icカープの直線のところで増幅された出力信号は、a′のように正弦波の上下が正しく出ているのに対して、Icカープのゆがんだところに入れた信号の方は、 b′のように上に長く、下のつまった波形になっている事が解る。このように極端なひずみだと、その歪率が10%以上で、オシロスコープで見てもはっきり解るのであるが、歪率0.5%以下のものになると、オシロスコープによる波形観察では、殆ど判明しないものである。

第41渦

一般にノッチング歪と呼ばれるクロスオーバー(Cross Over)歪など、アンプにはいろいろな原因による歪が、何がしかの分量で存在するものである。

このようにアンプに歪があると、出て来る音がどうひずむか、 という問題は、まことに厄介な事柄で、とても原稿用紙100枚位では書き切れないので、ごたごた述べるのはひかえる。(私にもその詳細は解らない、というのが本音である)

けれど、他の条件が同じであれば歪率は少ない程良い、という事には違いはない。(歪率の少ないアンプが音が良い、という事ではないので誤解のないように)

そこでひずみ率をはかるための器具としての、歪率計の必要が生まれる。上記のように、バイアスポイントのとり方を間違って、ひずみが大きく出ていないか、どうかを確かめる必要があるからである。

歪率計には、現在のところ、全高調波歪率計(Harmonic Distortion Meter)と混変調歪率計(Intermodulation Distortion Analyzer)との2種類がある。

全高調波歪率計

100Hz、1,000Hz、10kHzなどの正弦波をアンプに入れて、その出口へ出てきた、それぞれの波形を歪率計に入れて、歪率100%にダイアルロ盛りを合わせる。次に、フィルタ回路にほうり込んでもとの周波数を取り去ってしまうと、それ以外の高調波、例えば、100Hzのときには200Hz、300Hz……といった、余分の周波数波形だけが残る。このように残った周波数の電圧値が、もとの100%に対してどの位あるかを計って、歪率10%、 5%、 1%、0.03%と読み取れるようにした測定器を、高調波歪率計と呼んでいる。

参考までに、周波数連続可変形の全高調波歪率計の動作を説明した、プロック図を第42図に示しておく。

第42図

写真24は、わざとアンプを歪ませて歪率8%にしたときの歪率計よりの出力波形を、リサージュ波形に描かせた時のオシロスコープ波形である。これはクリスキットマークⅥカスタムのイコライザ段の出力の負荷抵抗1MΩ(R-13)に1kΩの抵抗をパラレルに入れて、わざと波形をひずませた時の様子である。ついでながらよくプリアンプを自作するのに、材料費を少なくするためか、手間を省くためか知らないが、イコライザ段だけを作って、いきなリパヮーアンプと接続する人がある。クリスキットを例にとっても解るように、イコライザ段の次に、もっとも適当な入力インピーダンスを持つフラットアンプ(バッフアー段とも呼ばれる)をつけてあるのは、上のように、不用意に、大きなひずみをこの段で起こさないように入れてあり、パワーアンプヘつなぐときの出カインピーダンスを適当に低くするためのもので必要な回路であるから、知識に乏しいアマチュアが、いい格好をして、こんな事をやるのは、間違いのもとであるので、あえて注意しておく。

写真24

写真24のようにその歪率の読みを最小にし、しかもパランスを正確にとる(第44図bはバランスがくずれた時の波形)事は非常にむずかしいものである。特に0.1%以下の歪率になると、その同調(Tuning)及びバランス(Balance)は、 かなリクリティカルになり、つまみをちよっとさわつただけでも、歪の読みが0.03%から0.08%位まではすぐに動いてしまうものである。

アマチュアが、自作したアンプのバイアスポイントが適当であったかどうかを調べるためのものであれば、この程度の歪率計でも充分役に立つものであるが、(と言っても、このクラスですら¥100,000と、決して安価なものでない)私のように原稿を書き、しかもそれがパーツセットになり、数千人の方々が同じものをお作りになる場合には、無責任な事も言っておられないので、パーツセットのローヤルティーの正しい使いみちという事で3ヵ月の間に3台もの歪率計を買い換える事になった。これから歪率計を入手しようと考えておられる方の参考になるかと思われるので、そのいきさつを説明する。

歪率計の市販品のメーカーは、ここに述べるNF回路プロック以外に、安藤電気、松下通信、日黒電波、東亜電波などがあるが、いずれも、¥500,000をはるかに上まわるもので、大メーカーの研究室ならともかく、我々アマチュア用に適当と思われるNF回路ブロックのものを次に列記する。(価格は1974年11月現在)

①DM-152A(写真25)¥102,000
上に述べた手動式のもので、チューナーとバランスが手動になっているもの(歪率が1%以下の場合、大変面倒で非常にむずかしく、しかも測定する者の個人差が出るので、1カ月以内に次のDM-153Aにとりかえたが、結局全自動のDM-154Aにとりかえる必要があった。しかも、 レンジを下げながら、その都度針が下がるところまで、チューニングとバランスをとらなければならなかった。


②DM-153T(最近製造中止になって、次のDM-153Aになった)
DM-153A(写真26)¥348,000
先に述べた自動同調式と呼ばれるもので、キャリブレーション(Calibration=原波形の電圧をそれぞれのアンプの出力での100%歪率に合わせる事)を行なった後、大きなレンジ(歪率30%フルスケール)で、あらかた歪率が最少になるところまで手動で合わせておくと、順次小レンジヘ切り換えて行くにつれて、指示値が下がって行き、最小のところへ自動的にチューニングとバランスがとれるようになっているもの。
この場合なお一つの問題点がのこる(「。」がない)前回に述べたパワーバンドウィズなどの表の作成の折、歪率5%のを指すときのアンプ出力を基準とした測定を行なう必要があったとき、或るいは、パワーアンプの最大出力附近での測定で、歪率0.5%時の最大出力を実効出力と呼ぶ、なんて原稿を書く時などにいちいちキャリブレーションを行なっていたのでは、0.43%、0.44%、0.45%……と順々に歪率が上がって行くときの出力を測定し、その度にキャリブレーションを行なっていたのでは、ダミー抵抗があつくなり、なかなか思うように行かないので、 次に述べるDM-154Aに落ち着いたわけである。ロ一ヤルティーが入るから良いようなものの、えらく高価な買い物である。アマチェアにおすすめしたくないしろものである。


③DM-154A企自動歪率計(製造中止)¥460,000
上記DM-153Aと違って、自動キャリブレーションになっているので、チューニーグ、バランスが自動であるばかりでなく、アンプの出力を変えて行っても、一度アンプ出力周波数(と言っても、ジェネレータの出力周波数の事であるが)と同調させておくだけで、最少01Wのアンプ出力から最大出力まで、すべて自動的に、しかもオートレンジのミリバルを内蔵しているので、歪率が上がって行くのが直読出来るので、すこぶる便利で、しかも、その歪率の読み取り誤差がない。アンプの製作記事を書くものにとって、その信頼性の事を考えると、止むを得ない買物だと思う。
勿論、年に1台や2台のアンプを作るアマチュアにとっては、正に無用の長物である(写真26参照)。

以上、電波技術 1975年1月号