2021
06.26

ステレオ装置の合理的なまとめ方 その15 パワーアンプその4-1

音らかす

3回にまたがって、高調波歪に対する歪率計について述べた。原稿を書くための必要もあって、とにかく歪率計という事で、当時ヒースキットの国内マーケティングのお手伝いをしていた関係上、同社のIM-58を非常に安価に入手したのが、歪率計との馴れそめである。

私が自分で使うためのアンプだけを作っているのだったら、歪率計なんぞは要らないのであるが、製作記事を書き、金額の多少にかかわらず原稿料をいただくとなれば、それだけの責任がある。しかも、私の記事を参考にアンプなどを自作される方々のためのパーツセットがユナイトのお世話で市販されている。大裂裟に言えば、パーツセットー組一組に責任がある。そうなると、出鱚目な記事は書けぬ。

という事で、本物(?)の歪率計という事で、NF回路プロック製の153Aを手に入れたのが一年あまり前の事である。前回までに述べた理由で現在使用している同社の全自動歪率計154Aに変えるまでに、途中もう一台取り換えたのは別として、わずか一年しか経っていない。

私がもし、原稿を書くという目的なしに、こんな風に測定器を取り換えたとしたら、文字通りマニアである。測定マニアのサンプルみたいなものである。

面白いデーターをお目に掛けよう。第47図の下側がクリスキットP-35の出力対歪率のカーブ、上側が、2A3シングル無帰還パワーアンプキットのデータである。家庭用として適当だと思われる5W位の出力時の1,000Hzでの歪率は、下側が0.04%、上側が2.5%。上側の方が62.5倍の歪率である。

第47図

間違ってもらっちゃ困るが、2A3のアンプの歪率が大きいといっているのではない。

原稿を書く必要上、今までに2A3のシングルもプッシュプルのアンプもたびたび聴いた。テスター一丁で作りっぱなしで、発振しかかっているものは論外であるが、うまく調整されたアンプから、この12.5%のひずみは耳では解らないものである。歪率だけを比べて見ると、片方が62.5倍も大きい。それだから62.5倍音がひずんでいるとすれば、2A3なんていう球はとっくの音になくなっている筈である。それが解っていながらアンプの歪率のグラフを克明に知りたがる。『超低歪率のパワーアンプ』と言えば、そのアンプが売れる。

勿論歪率は低い程良い。けれど、歪率にもいろいろある事は前にも述べたし、高調波歪率計では測定出来ないひずみが、ステレオ装置にはいっぱいあるものである。

カセットテープなどで、録音オーバーによる再生音のひずみ。音がわれてしまっているので、誰の耳でもはっきり解る。これもひずみである。アンプのスピーカコードの接触不良、カートリッジシェルの接続不良、針圧の不適当、数えればキリがない程音のひずみの原因はある。その辺をほったらかして、高調波歪率計によるグラフにだけ関心を持つ。盲が象の鼻だけをさわって、象ってのは長くてぶらぶらしたものらしい、てな事になる。

だから、アマチュアには歪率計は不要だ、という結論になる。第一測定器に¥460,000もの投資をする位なら、それだけのかねを装置にかけた方がよっぽど有効なかねの使い方である。

私はなにも測定器不要論をとなえているのではない。アンプなど交流回路を設計し、ものを作り上げるのに、測定器なしでは何を作っているのか解らない。それ等の目的に対しては、高調波歪率計は必需品である。けれど、製作記事を頼りに、アンプを自作するだけのために、こんなに高価な歪率計は猫に小判。

写真24を見ていただきたい。増幅回路に不調当なトランジスタを使ったために、極端にひずんでしまった例である。これは正しい石を選んだとしてもバイアスの掛け方がまずかったり、Vcc電圧が低すぎたり、コレクタ抵抗やエミッタ抵抗の値をあやまれば同じように波形がひずむ。不勉強で、こんなにひずんだアンプから音を出して実験した事がないが、 とんでもない音になる事請合いである。

もし、オーディオジェネレータとオシロスコープがなければ、アンプがこんな風にひずんでいるために、とんでもない音が出たとしても、その原因がどこにあるのかさっぱり見当がつかないに違いない。けれど、こんなにひずんだアンプの歪率を測るのは馬鹿げている。

だから、ほとんどのメーカーのサービスステーションには、ジェネレータ、ミリバル及びオシロスコープはあっても、至菫計は用意していないものなのである。

クリスキットの広告を見て、マークⅥカスタムの歪率のグラフがないので、知りたいから送って欲しいと言ってこられるフマチュアの方が割合多い。好奇心なのか、データーマニアなのか知らないが、耳年増のマニアにも困ったものだと思う。

中には、測定そのものが非常に好きな方がいるもので、重箱の隅を爪揚枝でほじくるように測定する。勿論これもオーディオの楽しみの一つ。別に悪い事ではない。しかもその方がオーディオ回路の専門知識を備えておられる方であれば、克明な測定も大いに意味はあるし、それ等の測定によるデーターは貴重な参考資料である。

だからといって、生半可な知識で、測定器の満足な使い方すら心得ない人が、データーをふりまわすのは馬鹿げている。

ガリバーの旅行記。有名なイギリスの皮肉屋の書いた小説である。おそらく誰でも一度は何かの形で読んでいると思われる小説である。小供の絵本にもなっている位である。けれどリリパット(Lilliput)ブロブディングナグ(Brobdingnag)への航海記、つまり、小人島と巨人国への旅以外に、ラピュタ(Laputa)と呼ばれる学者ばかりの国での出来事について読まれた方は案外少ない。

こんな事が書いてあった。

ガリバーの訪れたその学者ばかりの島の住人の殆んどが、全然身体に合っていない服を着ていた、というのである。右の袖が長すぎたり、背のところがつっぱっていたり、上着の丈が長すぎたり、およそ不格好ないでたちの方が大勢いる。この国にはテープメジャーなるものさしはないのであろうか、と尋ねてみたら、あんな原始的な測定器なんて、と鼻で笑ったという事である。

六分儀や三角関数を使って、克明に、しかも出来るだけ正確に身体を測定して、幾何学を利用して生地を裁断するのだそうである。

結果として、片袖が長すぎたり、肩がつっぱったりしているのは、着る人のせいか、あるいはそれに使った測定器の誤差によるものなのだ、と大真面目に考えている。

作者のジョナサン・スイフト(Jonathan Swift 1667—1745)が、 当時のイギリスの学会の人々にヒニクを言ったのだという事である。

ラピュタの島にかぎらず、小人の島も巨人の国も、同じように、当時のイギリスの貴族達の事を椰楡して書かれたもので、全文をまだ読んだ事のない方には、是非一読をおすすめしたい。英文も高校生位の力があれば、やさしく読める楽しい本である。岩波文庫にも翻訳がある。

アンプなどを克明に測定して、歪率も少ない、周波数特性も申し分ない、スルーレートは、 トーンバースト波形は、そしてダンピングファクターが大きい。これで良い音に聞こえない方は耳がおかしい。

この筆法で行けば、前にも述べたが、ストラディバリ(Stradivari)のバイオリンにIM歪率のグラフと過渡特性のデーターがなければ、日本では売れない事にもなりかねない。

最初に述べた2A3の歪率特性と、P-35のそれとを比較して、片方の歪率が何倍もあるからそれだけ音がひずんでいるわけのものでもない。偶数次高調波歪と奇数次高調波歪の差だってまたまた、これだから耳年増とは議論したくない。困った事に、こんな風なもの言い方をされる方々の殆どが、歪率計の実物を見た事もない方々なのであるから、なおつき合いにくい。

とこんな事を書くと、アンプの電気特性なんて、出て来る音とは全然関係がないのか、と早合点する向きがあるかも知れぬ。これはとんでもない間違いで、何度も言っているように、アンプが交流理論をもとに作られたものであるかぎり、その電気特性を無視するわけにはゆかないものである事には間違いはない。唯その測定をするのに、測定のための測定であってはならないという事を、私は言いたいのだ。

自分で作ったアンプが、歪んでいるかどうかは、オーディオジェネレータとオシロスコープがあれば解るもので高価な歪率計を使わないといけないと思ったり、理屈も解らないのに、歪率計などによるデーターのみにこだわるのは良くない、といっておこう。