2021
07.02

徹底的に音質を追求したソリッドステートパワーアンプ 回路編の1

音らかす

この時代になってもまだ、真空管の音でなければ、音楽が聴けない、とおっしゃる方が以外に多い。『どうも、石の音はかたくて』音楽性がない、 と言う意見である。墓石じゃあるまいし何を根拠に石の音がかたいのかについて、出来るだけ多くの人々に話をうかがって見た。それらのすべてを総合して見ると、大体、次のいずれかが原因になっているようだ。

①メーカー製のソリッドステートアンプの大部分がいろいろ聴いて見た上で言える事だが、確かに音がかたい。かたいという表現が不適当だとすればつめたいとでも言うか、とにかく石の音だというのである。これにはいろいろな理由があると思う。市販アンプメーカーの営業妨害になってもいけないので、あまり突込んだ意見は避けるが一般的に言って、アンプメーカーは、売れるものを作らなければならない、という宿命を持っている。そして、 もうかる物を設計しなければ、メーカーの技術屋としては失格である。これは逆の見方からすれば、買う人にも責任がある。そして、買う人にあれこれ吹き込み、コマーシャルをやるオーディオ雑誌の責任でもある。雑誌も、広告収入はおろそかには出来ぬ。そこでオ―ディオ評論家と称する、得体の知れぬ職業が生れた。医師や弁護士と違って専門学校へ行ったり、国家試験を受けたりする必要はない。その評論家達がメーカーからの鼻ぐすりの分量によって、適当な御託を並べる。そして、出来上ったアンプに、硬くて冷たい音のするのがあったからと言って石の音は硬い、と決めつけるのは、いささか早計である。

②蒸気機関車と同じで、人々は、やがて滅びて行くものに対して、言い知れぬ郷愁を感じる物である。けれどもやがて滅びて行く運命になったのにも立派な理由はある。そして、その理由がただ単に、合理性、つまり生産性であった時代はもう過ぎた、 と私は思う。電子工学の日進月歩には、すさまじいものがあって、真空管時代には、考えられなかったようなすばらしい回路が、ソリッドステートの発達と共に毎日のように生れて来るようになった今日、大昔に生れて永い問、見捨てられて来た骨董品的真空管を引っぱり出して、専門輸入商社が現われるに到っては、正にナンセンス。お陰で、 ヒータ・トランスの特注が増えるのも商売である。だからといって、やはり球の音でなければ、 といった暴言をはくのは、とんでもない話で、それを真に受けて悦に入っているのは文字通リマニア。いかにSLマニアといえども、お盆の里帰りに新幹線はやはり有難い発明だ、と思っている違いない。

③自作マニアの中には『石はどうも良く分からない』とおっしゃる方が多い。この人達、真空管なら分かるという事なのだろうか? 真空管なら分かるから自作するので、石は分からないから作らないというのは、いかにも芸のない話ではあるが、これとても、私には何のかかわり合いもない事ではあるが、その言い訳に、石の音はどうも、とやられては困る。1972年の9~10月号(電波技術)に発表した、クリスキットP-25が完成した。その年の正月頃から6CA7-PP(クリスキットモデル8)には(設計者がそのアンプを処分してしまうのは、読者の方々に申し訳ないので、自宅の装置の一部として置いてあるが)、ソリッドステートの方が低音も高音も優れている証拠である。最近、渡米した時に、ロスアンジェルスで買い込んで来たJBLのLEO-14AとLEO-175DHLを200l の密閉箱に入れて鳴らしているが、石のアンプの方が低音が、明らかに優れている。その上、高域も実にクリヤーで、それこそ生(なま)の音に近い。

④これが最も、救いようのないマニアであるが、真空管はかっこいいからという向きが案外多い。素人をおどかすのに効果的である。来客がある度に球のアンプを見せびらかして、だから音が良いと自慢する。こんなのに限って、シェパードの棺桶みたいに馬鹿でかいプレーヤ・ボックスにトーンアームを2本も3本も付けている。レコードの殆どがデモンストレーション用で音楽らしいものはぴんから・トリオか青江三奈。オーディオ装置は本来、音楽を聞く為のものだった筈なのに…。

そんな事はどうでも良い。要するにメーカー製アンプでは得られない自分で納得の出来る、優れた特性のアンプが、出来るだけ良質の部品を使ってもなお、それ等のアンプの半額以下の費用で、しかも、オーディオ用測定器は一切使わずに、テスター、一丁で作り上げよう、というのが本項の目的である。

アマチュアが、ソリッドステートアンプを作るのに、一番問題になるのはその使用材料である。一番大切な、トランジスタからして、アマチュアがパーツ屋で入手するのに考えなければならないのは、その品質管理である。一頃、トランジスタはかますに一杯で一万円というたぐいの流言があった。本当か嘘かは知らないが、パーツ屋を数軒当たって見て分かった事であるが、パーツ屋の仕入れるトランジスタの入手経路が案外あいまいなのが多い。メーカー直結で仕入れている店は割合い少ないもので、ブローカー等から、かなり割安に仕入れた方がもうかるのがその理由の一つで、大メーカーが、数十本か、せいぜい数百本の石の得意先であるアマチュア向けパーツ屋に直売又は、一次店を通して面倒を見る訳にも行かない事を考えると、止むを得ない事かも知れない。割安というからには何かの理由があると私は思う。第一、最高級(贅沢品という意味ではないので、念の為)のパワーアンプを作るのに、あり合わせの部品を使用するのは私の性に合わない。

本機の設計に先立って、使用するトランジスタについて、NECに相談を持ちかけたのは、上のような理由によるもので、回路について述べる折りに、それぞれの石について説明する。

第1図が本機の全回路図である。左右チャンネルは全く同じである為に、回路図から、片チャンネル分だけ省略してある。回路図に従って、本機の各段について順を追って説明を進めて行く事にする。

第1図

入力段差動アンプ

回路図でおわかりのように、プラス・マイナス2電源方式のOCL(Output Capacitorless)型である為に、出力段のスピーカ・ターミナルを常に0V(「に」が抜けている)保っておく為には、初段には差動増幅回路(Differential Amplifier)を設けるのが最も簡単で、確実な方法である。第2図が、その差動アンプ部のみを抜き出した物であって、左右対称である為に、一度Q2のベースを0Vにセットしておけば、他から何らかの影響を受けて、プラスあるいは、マイナス側に動いたとしても、自動的に0Vひきもどされ、それに直線的につながっているスピーカ・ターミナルも常に0Vに保たれるように設計されるものである。従って、回路定数、つまり各部の抵抗値はいろいろな組み合わせが考えられるが、本機が、全て直結になっていて、直流カット用のコンデンサが一個も使われていない為に、それぞれの抵抗値は単独に変更する訳には行かない。一つ変えると、全部の抵抗値を動かさなければ、バランスが取れないからである。抵抗を全部リケノーム、 RM-G級(±2%)を使ったのも、そのためである。

第2図

その上に、もっと大切なのは、トランジスタ独特のノイズフィギユア(Noise Figure、N.F.)を参考に、出来るだけノイズ成分の少ないコレクタ電流値を選んで、回路図のような定数に落ち着いた。エミッタ抵抗R-3をかなり大きくした理由は、Q1及びQ2に充分なセルフ帰還をかける事により、本機の安定度を完全な物にしたかったからである。

本機のコレクタ電流を殆どゼロ(トランジスタのリーケージ〔leakage〕の為に数マイクロアンペアー位は、流れているかも知れないが)にしても、第3図の通り、全然発振は見られない。通常、コレクタ電流を流さない折りには、クロスオーバー歪み(Crossover Distortion)と共に、何がしかの高域発根が見られ、30mAばかリコレクタ電流を流すと、両方共、消えるものであるが、常に記事で述べているように何かの方法で発振を止めるのは、つっかい棒を使わなければ、しゃんとしていない小屋のような物で、つっかい棒なしに、 しっかりしている物の方が良いのは当然の事だからである。或るいは、トランジスタ自体が、時代と共に進歩した為かも知れないが、周波数特性や歪率などよりもっと大切な安定度を真っ先に考えるのが、良い音のアンプを作るのに、一番大切な事である。発振気味なアンプでは、いかにその他の特性が良く見えても、クリヤーな音は期待出来ないものである。

いずれにしても、全段直結、差動アンプの各段の回路定数はそれぞれ関連性がある上に、あちらを立てれば、こちらが立たず、という問題もある事なので、回路が簡単なだけに、注意を要する事が多い。簡単な物は常に偉大である、という言葉をよく耳にする。簡単でしかも、優れた回路からは、良い音が出るものだ。なお、良い事に、簡単なだけに、部品の数も少ないので自らコストが安い、と正に一石二鳥のアンプであるという事が出来る。

左右対称である為にはQ1のベース抵抗(R-1)とNFB用抵抗(R-5)は同じ値のものが使われるのが普通であるが、それぞれ47kΩ、33kΩを選んだ理由は、

①本機は本来、管球式プリアンプに使用する為に設計した物であるから、その値がパワーアンプの入力インピーダンスとなるR-1の値を出来るだけ大きくする事。

②NFB用抵抗R-5には直流及び帰還信号が通るものなので、あまり大きくすると、いろいろな問題が起こり易いからである。R-2(2.4kΩ)は、本来Q1のコレクタ抵抗であるが、その両端に約0.7Vの電位差が出るのを利用して、次段のQ3のベースにバイアスを掛ける為の物である。そして、Q1、Q2の共通エミッタにつながっている半固定抵抗B20kΩは、スピーカ・ターミナルの電圧変動を、数ミリボルトに抑える為の調整用のもので、写真1は第1号試作機を調節している時の様子である。

差動アンプは本来、一組のトランジスタのシーソー運動によってバランスが取られ、Q2のベースを0Vに保つようになっているので、Q1とQ2は良くペアーの取れた石を使わねばならない。本機に使用したμPA41Cは、デュアル・イン・ライン・パッケージ(Dual in line Package)にに(「に」が1個不要)収められたPNPツイン・トランジスタ(Twin Transistor)で、 VBE、hFEなどの特性が、極めて良く一致しているので、誠に好都合な、エピタキシアル型シリコン複合トランジスタ(Silicon Epitaxial Twin Transistors)だと言える(第4図参照)。同図に示したのがその8本のピンの配置である。各々の足が二例に2.54m/m(1/10〃)間隔に並んでいるので、ハンダ付けには注意を要する。

第4図