2021
07.03

徹底的に音質を追求したソリッドステートパワーアンプ 回路編の2

音らかす

増 幅 段

プリドライバーと呼ばれているこの段は、Q3(2SC959)のA級増幅段で、本機のゲインの殆どが、ここで得られるので、出来るだけ歪みの少ない石を選ばなければならないのは言うまでもない。メーカーの説明によれば、トランジスタにも真空管同様のミラー効果(Miner effect)がぁって、その高域信号に対する影響を無視したのでは、良いハイファイアンプは作れない事になる。

P-25に使った石(2SC708A)は日立の製品である。NECを訪問した折りに、星電パーツに在庫していたものを、十本ばかりと、これはNECのものであったが、出力段の2SD188と2SA627を数組持って行って、その流通経路を調べてもらったのだが、全然見当がつかない。第一、新品である筈なのに、灰色のサビが吹き出ている。日立も天下の一流メーカーである。サビたトランジスタを市場に出す訳がない。もっと驚いた事にコンプリメンタリー(Complementary)の筈の2SD188と2SA627のロットナンパー(Serial number)が合っていなぃ。NECの話によれば、このコンプリメンタリーにはK、 L、M、及びNのロットナンバーが入っており、hFEの大きさを四段階に分類してあるのだそうだ。以前にP-25の製作記事を発表した折りに、星電パーツで確かめたところによると、間屋で一組づつ測定してあるという事であった。だから私は、商売人は嫌いである。平気でウソをつく。何でも¥1,500,000以下の測定器では正しいペアーは、とれないものだそうで、アマチュア用トランジスタ・チェッカなどでは、いろいろなベースカレントの時のhFEを読み取る事は不可能で、筆者を(「は」の誤り)ヒースキットのトランジスタ・チェッカ(Transistor Checker IT-121)を使用しているが、石が飛んでいるかどうかを調べる以外に使った事がない。

それやこれやで、2SC959を星電パ一ツに頼んで、ブローカーから仕入れるのに比べ割高につくが、入手経路を変えてもらう事になった。

私事で申し訳ないが、アマチュアリズムに徹した私の意見を入れてくれてこの事を快く引受けてくれた星電パーツの岡部常務に感謝したい。

従って、本機を製作するのに材料を自分で調達して、お作りになる方は、この点を注意して、トランジスタなどのパーツを入手して欲しい。

その動作原理について考えて見る。第5図aが、この段だけを抜き出したもので、第5図bは説明を分かりやすくする為に、アースを−31Vの代りに0Vに換算したものである。

第5図

『石はどうも』とおっしゃる方々の為に、同様な回路の三極管(12AX7)との比較を、第5図dに合わせて示しておいたので、参照されると説明が分かりやすいと思う。

話の順序で球の方から考えて見る。御承知のように真空管は、内部に封入されているヒータに電流を流して、そのまわりを囲んでいるカソード(Cathode)に熱を加えておいて、直流電圧(B+)をプレート負荷抵抗(Rp)を通して、プレート(Anode)に与えてやると、カソードからエミッション(Emission)、つまり。電子が飛び出して、プレートに集め(Collect)られる。電流は、電子の流れと逆行するものであるからプレートからカソードの方向へ直流が流れ始める。オームの法則(E=I・R)によりE=IxR

(250V−150V)=0.001A×100,000Ω

の式が成り立って、プレート電流は、0.001A、つまり1mAと分かる。これは、カソード抵抗(Rk)によるカソード電圧(2V)で計算しても同じで

2V=0.001A×2,000Ω`

から、やはり、 1mAの電流が、プレートから、カソードを経て、アースヘ流れている事が分かる。これが、この球の静動作(Idling)で、この電流値はB+ とグリッ ドバイアス(Grid Bias)によって決まる。

バイアスとは、グリッド電圧を片方へ寄せるという意味で、グリッドをマイナス電位にする事で、管球式パワーアンプを作った事のある人は御存じだと思うが、C電源と称して、出力管のグリッドにマイナス電圧をかけるのと同じである。12AX 7の場合、そんな大げさな事をする代りに、カソードに抵抗を入れる事によって、上のオームの法則により、カソードが+2Vになって、グリッドが0Vであるから、カソードを0Vと考えると、グリッドは−2Vのバイアスが掛った事になる。いわゆるセルフバイアスである。この静動作によるアイドリング電流は、グリッドバイアスが深くなる(マイナス電圧が例えば−3Vと大きくなる)程少なくなり浅くなるとアイドリング電流が増える性質を持っている。だから、グリッドに信号(交流電圧)が入ると−2Vの静動作を保っていた球のプレート電流が増えたり減ったりする。この電流変化は、当然プレート抵抗(Rp)を通るから、 これまたオームの法則により150Vだったプレート電圧が高くなったり低くなったりしてグリッドに与えられた交流電圧の逆の位相を持った、何倍かに増幅された電圧変化として現われて、交流電圧がプレートに出てくる訳である。これが、真空管の増幅作用(Amplification)である。

トランジスタの場合も、その増幅動作は殆ど同じだが、原理は多少違う。一番大きな違いは、 ヒータが不要という事で、これはアンプのみならず、あらゆる電子回路がほとんどトランジスタに置きかえられてしまった最も大きな特徴である。ヒータによってカソードからエミッションを起こす必要がないのは、トランジスタが半導体であるからで、その為に動作原理から考えると真空管の場合とは大分違ってくる。

トランジスタを製造するための記事ではない上に、アンプの動作原理を考える上では、 トランジスタの内部構造については不要なので省くが、2SC959のようにNPNのトランジスタでは、ベースからエミッタヘ、コレクタからエミッタヘ、二つのダイオードが一つのケースに入っていると考えると分かり易い。

第5図Cは、同図bの全段直結アンプのもとになった最も単純なA級アンプの代表的なものの回路である。この方が同図dの球の場合と比較するのに便利だから、付け加えたものである。そこで、 このベース—エミッタはダイオードそのもので、この方向に電流を通すと、半導体であるから或る程度の抵抗値はあるが、常に電流が流れる。

一方、 コレクタ—エミッタ間も半導体であるが通常、この間には電流は流れないで、ベース—エミッタ間に電流を流した時のみ、コレクタ—エミッタ間に電流が流れる。こうしてコレクタにアイドリング電流を流す事をベースにバイアスをかけるという。

都合の良い事に、このベース電流の増減に応じて、その何倍かのコレクタ電流が増減するので、真空管の時と同じような増幅が起る。この時の比率がhFEである。

以上がトランジスタの増幅原理で、第5図Cの回路も同じような原理で増幅を行なう仕組みになっている。

図のような回路でVcc:62VがRcを通って流れて29.8Vに落ちたという事は、球の時と同じように、次の式で理解することが出来る。

(62−29.8)V=0.0062A×5200Ω

エミッタ電圧(3.2V)も同じ原理で

3.1V==0.0062A×500Ω

の計算の通りに電圧が現われた事が分かる。

実際は、6mAではなく約5.6m Aなのだが、説明の便宜上6mAと書いたので念のため。

6mAのアイドリング電流(Idling Current)が流れている所ヘベースに信号電流が入って来ると、その大小及びプラス、マイナスに応じて、コレクタ電流が流れて、その分だけコレクタ抵抗(Rc)によって電圧が0V付近から、62V近く迄変化する。つまり入力交流信号によるベース電圧(本当は電流なのだが)の小さな変化が、大きなコレクタ電圧の変化(出力信号)に増幅されて、逆位相で出て来た訳である。このように、アイドリング時にコレクタ電圧がVcc電圧のほぼ半分になっているものが、入力信号により、Vcc付近から0 V(アース電圧)近く迄、昇ったり降りたりする増幅回路をA級増幅と呼び、出力段の項でのべるSEPP(Single ended push pull)の中点電圧をOVにするのに丁度都合の良いようになっている。誰が考え出したのか知らないが、うまく出来た回路だと思う。

本機の増幅段も原理は同じであるが違う所は、本機の回路が、全段直結である為に、7石全部が直流的につながっていて、それぞれの石にバイアスを掛けるようになっている事である。

音質向上を防げる働きを持ち易いコンデンサを一個も使わない全段直結回路は、 とても真空管では考えられなかった回路である。ここにトランジスタ・パワーアンプの良さがある、と私は思う。

しかし、それだけに、本機の自作のむづかしさがある。そのむづかしい全段直結アンプをテスター一丁(出来れば二丁)で、あまり経験のない人にでも、最高級のパワーアンプが出来るように、 というのが本項の目的である。多少馬鹿丁寧に書いているのも、その為である。