2021
07.09

音質を徹底的に追究したソリッドステートパワーアンプ クリスキットP-35調整・測定編

音らかす

前号では、クリスキットP-35パワーアンプの製作編として、製作時の注意事項と、配線後のチエックポイントを述べ、アドリング電流を流す方法と、何アンペアを流すかについて書いた。

ここでちょっと問題がある。いつの間にやら私の手許にテスタが三つになっていて、それぞれ適当に使っている訳だが、買いっぱなしで一度も校正しないせいか、最近入手した岩崎通信機のVOAC77で校正して見たら、大いにデタラメである事が分かった。三和のF-80TRDなどは、ミリアペンアレンジで50%も狂っていた。一番近かったN-201でも10%ばかり読みが低く出る。狂った物差して物を測るなんぞは、日頃、合理性を唱えている私の性に合わない。第一、私の場合、製作記事にまとめるわけだから、無責任な事は書けぬ。と言って10万円以上もするVOAC77を読者にすすめるわけにも行かぬ。手前味噌かも知れないが、 クリスキットの製作記事を書き始めて、かれこれ3年半、割合に信用を得ているつもりである。

『オンボロのテスタの為に信用を落とすなんでえ事あ、間尺に合わねえ』てんで早速買い込んだのが、横河電機のミリアンペアメータ(2051-03)である。始めは2013番にしようかと思ったのだが、0.5%の精度も不要だし、はるかに安価で、ずっと小型の2051-03を2個手に入れた(島津電気計測器MP-41番も全く同じ物で、不思議な事に値段まで同じである。違っているのはデザイン位である)。二つ買ったのは、別々に測るより、ひとまとめにやった方が手っとり早い上に、より正確な数値が出るからだと思ったからである(写真10を参照)。

それやこれで、テスタしか持ち合わせない方は、アイドリング電流を100~130m Aの間位で止める(このときの電流の測定法は前回を参照の事)。というのは、もしかしたら200m A近く流れているかも知れないからである。もっとも、フルパワーで1,000mA(実測値)も流れるわけだから、アイドリングで200mA位流しても、いっこうに差し支えないのだが、あまリアイドリングが大きいと、夏にヒートシンクがかなり熱くなる事も考えられるので、念の為に書いておく。もしも、スイッチを入れて、1時間後にかなり熱く(室温プラス20°C以上)になったら、少しコレクタ電流を減らす必要があるかも知れない。割合電気に弱い人の為に忠告。

別稿

ヒートシンク(Heat Sink)の放熱効果が、さきに発表したクリスキットP-25の時に比べて、2倍位あるせいか、室温20°Cの時に5時間ばかり鳴らしっぱなしにしても、ほんのり温かくなっている程度なので、現在、私のはアイドリングを150m Aに増してある。充分な温度保証はしてあるので、全然問題はないと思う。

同じ要領で、 もう一方のチャンネルを調整してから、シールド線を使ってそれぞれの基板とシャーシの入カピンとを接続すれば、二晩から三晩で出来上がる。出来上がって音を出せば分かるように、これだけ安価で、しかも簡単に、 こんなに良いアンプを作った経験をすれば、これの何倍もするキットを含めての市販のアンプを2度と買う気にならない事、間違いなし。夜店の叩き売りみたいなセリフだが、本機と同じような回路を持つP-25の製作者からいただいた、沢山のお便りで大いに自信を得たわけである。

回路図に示した各々のトランジスタの電圧は、VOAC77で測った時の値で、内部抵抗の低いテスタなどで測ると、低く出る事がある。電圧値はプリント基板の裏から測るのが無難で、テスタのリードなどで、例えば、トランジスタQ1 Q2のベースとコレクタをショートさせると、見事にその石を飛ばしてしまうので、それぞれの足につながっているパターンの延長点で測るべきである。部品が厳選されており、ハンダづけが正しく行なわれている限り電圧は正しく出ているはずで、プラス31V、マイナス31Vの電圧印加点のみを測るだけで、他のポイントは測定しない方が無難である。

このあたりまで、音質を追求したパワーアンプになると、球の音とか、石の音とか、いうものの区別はそう簡単に聴き分けられるものではない。好きな道である。アンブの鳴き比べをすると聞くと、良く出かけて行く。300Bシングル、2A3シングルなどから始って10数万円もする舶来のパワーアンプとの比較、或るいは国産市販品の一流アンプとの切り換えテスト。それとクリスキット・マークⅥ+同じくP-25との組み合わせを使って、何度テストに立ち合った事だろう。クリスキットもやっと一人前になったものだと、つくづく思う。

第1表

アマチュアが自作した物だからといって、ネームプレートなしの、ノッペラボウだと何となく貧弱である。といって、1枚や2枚のネームプレートを特注するとなると、それだけで小1万はかかる。

そこで、考えたのが印刷用凸版である。まず、希望する大きさの4倍位の版下を製図用具を使って、ていねいに書き、それを印刷用凸版のメーカー(一般に製版屋さんと呼ばれている)に頼み込み、1/4に縮めて、“自文字用逆版” と指定して、凸版をあつらえる。出来てきたら、その上につや消しの黒色ラッカーを吹きつけて、充分かわいてから、800番の耐水ペーパーで磨くと、自く光った面に黒く彫り込んだ文字が表われ、ネームプレートが出来上がる。ジンク版という名前で分かるように、材質が錫で出来ている為に、最後に仕上げの為、クリアラッカーを掛けておかないと、数ケ月で灰色に錆びてしまう。

測定結果については、一応自分で全部当たって見た事はもちろんであるが公表するデーターは、NEC大阪支社に依頼して測定値を出してもらった。手前味噌にならない為もあったが、出来るだけ信頼度のおける公称値をのせるのが、正当であると思ったからである(面倒な仕事を引き受けて下さったNECの応用技術課の方々に紙面を借りてお礼を申し上げたいと思います。なお、NECへ手渡した時には130mAのアイドリングを流してありました)。

NECに測定を依頼する前に、何処を測っても同じだと思われる点について、自分で測定した所もあるので、NECのデーターに移る前に、その事について述べてみる。

周波数特性を測ってみたら、驚いた事に6.5Hz~500,000Hzまで、ほとんど針が振れなかった。15,000 Hz以上は全く不要なのだが、出てしまったものを、わざわざ落とす事もないし、特性が良すぎて困るなんて事も、あり得ないので、そのままにしておいた。菊水のジェネレータ(ヒースのlG-18は周波数特性が良くないので、友人のものを借用した)と、 トリォVT-106Fによったもので、100Hz以下だけ1G-18を使ったが、6.5Hz以下はVT-106Fがついて行かなかったので、測定しなかったわけである。

最後に、安定度テストに方形波(Square Wave)とコンデンサによった方法を採ったが、今迄、こんなにあらゆる負荷で発振しないアンプは見た事がない。もちろん、アウト・プットトランス付きの真空管式アンプなどでは考えられないほど、安定度が高い。殊に、写真11で分かるように、8Ω負荷をはずした折りでさえ0.01~0.047μFから0.47μFまで、あらゆるテストでもリンキングのみで全然発振は見られない。

次のテストは、NECより戴いたもので、第14図に入出力特性が見られるが、第15図の高周波歪率の0.5%所で35Wあるから、本機の実効出力は35Wになるので、充分パワーに余裕がある事は前にも述べた。パワーバンドウイズ(Power Bandwith)第16図も、本機のすぐれた周波数特性がきいた為か、我ながら良い線を行っていると思う。おかげで当分モデルチェンジ.をしなくても良さそうだ。

第14,15,16図

自分で材料を買い集めたい方々の為に、その材料一覧表を示して置いた。シャーシも自作したいと思われる方もあるかも知れないので、詳細図を第17図につけ加えておく。ボンネットは図面を書いて見ても、アマチュアには製作不可能だと思われたので、 どうしても作りたい方は、前号のグラビア頁などを参照されたい。

第17図

 

日本電気(NEC)半導体・集積回路販売事業部、大阪販売部応用技術課から、データーが返って来た時に、意見書が付いて来たので、以下に、この原文を写させていただく。

(1)ノイズレベルは、入カオープンの時、スピーカターミナルに15mV/8Ωあり、ショートすると、2mV以下であった。スピーカにはパイオニアCS-E700(ウーハ30cm)をつないで、耳をくっつけてのテス卜によればON、OFF時にもほとんど何も聴き取れなかった。このノイズレベルは、入力に600Ωを入れても同じで、聴感上のノイズはゼロと言っても良い。

(2)高調波歪率は、低域(100Hz)では特に良く、3~10Wの間では測定器の限界以下であり、高域でも5Wで0.07%の低歪率であった。

(3)ゲインは4dB(33倍)で、左右チャンネルの誤差は0.1dBしかない。これは精密部品を使用してあるからだと思われる。

(4)電源のレギュレーションは、アイドリング状態 (コレクタ電流130mA)で±31Vのものが、35Wフルパワー時に28Vまでしか落ちないのは好ましい。

(5)ダンピングファクタの測定の話も出たが、OCLアンプのダンピングファクタは通常の測定器では、そう簡単に測れるものではなし、音質に大きな影響もないと、思われたので、割愛した。

(6)最小出力時から最大出力時まで、発振は全然見られなかった。

(7)放熱器のフインが横向きになっているのが、ちよっよ見馴れなかったが、最大出力のまま30分ばかり放置しても、温かくなる程度なので問題はないと思う。

(8)裏ブタを外した時に、配線がとてもきれいに、良くまとまっていると思ったので、ついでに述べておく。

ヒヤリングテストについてであるが製作者がとやかく述べるのも自画自賛になりかねないので、 5~6人の方々に聴いてもらった時の御意見も要約して見ると——

低音が非常に良くしまった感じで、アンセルメのサンサーンス交響曲3番のオルガン、アンドレワッツのリスト練習曲集のピアノの左手、ロストロポビッチのシューベルトのアルペジオーネソナタのチエロ及びピアノ伴奏などJBLのLE14Aのウーハで、今迄に経験しなかったような低音が出た。

一般に弦楽器の中高音は、きつい感じを受けるものなのだが、シエリングのバッハ、バイオリン協奏曲の1番などでも、自然の弦の音が聴けた(LE175DHL)。

管弦楽曲での各楽器の分離がすぐれており、ズービンメーターのホルスト組曲『惑星』など、少々ボリュームを上げても、にごりは全く感じられずパーカッシブ(Percussive)な管楽器の音がすばらしい。

と言った意見が出たので、ついでに述べておく。なお、同時に使用したプリアンプは、今月号より連載予定のクリスキット/マークVIカスタムで、カートリッジはグレースF8Cのシエルに、F8Eの針を付けたものを使用した。

最後に、この原稿のしめ切りの前日になって星電パーツの浜田氏が、『パワートランジスタ取り付け用のソケットが手に入りました』と知らせてくれた。当然クリスキットの材料セット中にも入っているわけだが、今更、本項を書き直すわけにも行かないので、別項に、その取り付け要領だけを示しておく。参考になれば幸いである。(おわり)

(訂正)

2月号77ページ第1図クリスキット全回路図において、Q3のベース電圧は下図のように0.7Vを−30.3Vに訂正いたします。

下図

以上、電波技術 1974年4月号