2021
07.13

最高級管球式プリアンプの製作 Chriskit MARK Ⅵ Castom 回路編の3

音らかす

フラットアンプ(ハイカット及びローブーストを含む)

V4とV5とで形成されているこのフラットアンプ段は、トーンコントロールユニット(Tone Control Unit)を兼ねていて、その増幅動作原理は、イコライザ段と全く同じである。違っている点は、イコライザ段のNFB素子が、周波数特性を持っていたのに比べて、この段のNFBは、ローブーストスイッチをフラット(FLAT)にしたときにVR-6(B-20kΩ)R-14(3.9kΩ)の純抵抗のみであるので、可聴全周波数に対して均一なNFBがかかるようになっている事である。これが、本機がアマチュアによる自作というメリットの一つであるが、VR-6(B-20kΩ)を動かす事により、そのNFB量を加減する事が出来る。ブロックダイヤグラムの下に示の(「し」の誤り)た増幅レベル表にある通り、 イコライザを含む、1,000Hzに於けるトータルゲインを29.5~44.5dBまで、 自分の装置に合わせて可減する事が出来る。

私の装置では、カートリッジが、グレースのF-8E、パワーアンプがクリスキットソリッドステートアンプP-35、 スピーカシステムがJBLのLE175DHL、 LE14Aであるが、VR-6を4.3kΩのところにまわした時が最適で、ボリュームが中点(12時の位置)で一番適当な音量になる。表にあるように、プリアンプの増幅率が63倍(36dB)、 パワーアンプのそれが33倍(30dB)で、66×33=2,080倍(69dB)になっている。VR-6を20kΩいっぱいにすると、 44.5 dB(168倍)×30dB(33倍)=74.5dB(5,544倍)にすれば、デンオン103にステップアップトランス(Input Transformer)なしでも、本機のイコライザ段の能率がずば抜けて良いので、充分余裕がある。

中には、自作の管球式パワーアンプで、設計ミスのために10倍しか増幅率のないものもあるようだが、そんなのと、非常に能率の悪いブックシェルフスピーカなどで、不足気味と言うのも困ったものであるが、そんな場合でもB20kΩをB50kΩに取り使えるだけで、充分余裕がとれる。

本機の前身である Chriskit MarkⅥにあったトーン回路は完全になくしてしまった。(製作編で詳述するが、Mark VIをすでに作ってしまった方々には、御希望によって、割合簡単に改造出来るようになっている。これが設計者の良心だと私は思う)

NFB型トーンコントロールの方が、CR減衰型のものより性能が良いと言う説がある。大間違いの勘五郎ぞなもし。実験してみて確証をつかんだのであるが、第10図の回路で、センタータップ付きとそうでないものを両方共作ってみた。測定結果でガッカリして、すぐにばらしてしまったので、そのとんでもない波形の写真を撮り忘れたのがかえすがえすも残念である。 トーンコントロールは、ボリュームを使おうと、切り換えスイッチを使おうと、やはり音をゆがめる回路であるかぎり、かえって悪い方に音質補償をしてしまうことになる。そこで考えついたのが、本機の回路である。

第10図

ハイカットフィルタ

一般に知られているハイカットとは多少考え方が違う。音楽好きの方は経験ずみの事だと思うが、その歯切れの良さから考えると、ホーン型スコーカの方が、コーン型のそれよりすぐれている点が多い。特に管楽器やピアノの音は絶対にホーン型の方がすぐれている。私も、以前のホーン型をYLの350Fに、更に昨年JBLのLE175DHLにとり換えてみて余計そう感じるようになった。一方高域の弦をこする音、つまリバイオリンの高域に於けるフォルテシモ(ff)が、録音によってはどうも耳障りなのが多い。生で聴くあの妙なる音が仲々出てこない。そこで、超高域だけをカットして少しでも音をやわらげようと言う考え方である。

普通、ハイカットフィルタは、6,000~8,000Hz位から上を切るようになっているが、10,000HZ以上を細工する方が合理的だと思う。と言って何ヘルツが適当だと決めつけるわけには行かない。リスニングルームによって、或るいはスピーカシステムによって変わるからである。自分の装置で、自分の耳で確かめながらその数値を決めようと言う設計である。だからカスタム(Custom made=誂えた)と名付けたわけである。50pF(C9)、100pF(C10)のコンデンサの値を大きくする程高域が落ちる。

ロープースト回路

ローブーストに限らず、トーンコントロールなどで持ち上げた低音は、私は嫌いである。どうしてもブーミイ(Boomy)になるからである。第11図が、一般のアンプに採用してあるローブースト回路の特性である。200Hzあたりで持ち上げようと思うと、60Hzあたりがベラボーに持ち上がって来るので、えらくボンついた音になる。3~6dBも持ち上がっている事を考えると、これは当たり前である。そしてそのまま上がりっぱなしで、10Hzで8~10dBも持ち上がっている。これはCR減衰型、NFB型を問わず、同じ事になるのは、それ等の特性カープを見れば解かる。本機のトーンコントロール回路を取り去ってしまったのはこのためである。せっかく最高級の音と折り紙をつけてもらったプリアンプである。ありきたりのトーンコントロール回路を使うわけにはいかぬ。

第11図、12図、13図

といって、フラットにして使用すると、スピーカシステム、リスニングルームによる条件にそのまま妥協する以外にない事になる。物事に妥協する事の出来ないタッチの私が考えついたのが、本機のローブースト回路である。

今まで、生演奏を聴くたびに思うのは、家庭で音楽を聴くのに一番むづかしいのは低音だということである。無理に出せばブーミイになり、ひっ込めると頼りない。といって家をぶっこわして、コンクリートホーンを作るわけにも行かぬ。永年使っていたコーラルの12L-1に見切りをつけて、JBL LE14Aに変えて大いに良くなったものの、やはり38cmウーファーを500リットル以上の箱に入れたものや、 コンクリートホーンのようなわけにも行かぬ。

そこで、60Hz前後だけと(「を」の誤り)、1~2dB位持ち上げた、第12図のようなカーブのローブーストだと、ブーミイーはおろか、不自然さの全然感じられない再生音が出る筈である。音響効果の良い音楽ホールと同じ理届である。

本機が、実測値で第12図のような特性になる理届を説明する。

性能の良いプリアンプでは、フラットな再生時に、20~20,000Hz位の間が出来るだけ真っ直ぐに伸びていなければならないものである。だからそのまま、トーンコントロールや、 ローブーストで低音を持ち上げると、第11図のように、低音が上がりっぱなしで、ブーミーになることは免れない。

第13図が、本機の出口にあるコンデンサの値を切り換えて、クリスキットP-35(入カインピーダンス47k Ω)で受けたときの特性の実測値のカープである。パワーアンプの入カインピーダンスを47kΩとしてプリアンプの出口のカップリングコンデンサ(C.C.)を0.047μFの場合には、次式により

から、グラフで見ると、72Hzで約3dB下がっている事が解かる。今までにアンプを作った経験のある方々はもうお気付きになった事と思うが、第11図と第13図を重ねて考えた時の、合成特性が第12図のようになるところが、設計のミソである。これまたカスタムで、それぞれ装置、リスニングルームに合わせて、一番具合いの良いと言うか、もっとも自然な低音の出るところで仕上げるわけである。コマーシャルメセイジみたいな言い方をすれば、「貴方だけの」音を作り上げようと言う考え方である。仕上げの項で述べるが、今までに9人の方々に作ってもらって、それぞれの装置での試聴報告によるととても豊かで、且つしまりのある申し分ない低音、と喜んでもらっている。C15、 C16の値を大きくする程、持ち上がってくる周波数が低くなり、C18の値を小さくする程、持ち上がったカーブが降り始める周波数が高くなる。両方を寄せ合う程山が低くなり、ひろげる程大きな山になる。つまり、持ち上がってくる周波数を下げ、降りてくる周波数を上げる程山が低くなり、その反対で高くそしてその山のすそがひろがって行くわけである。今までの実験では、ブロックダイヤグラムに書き込んだ数値で、大ていの装置に合うようである。但しこれは、パワーアンプにクリスキットP-35を並用した時の話で、入カインピーダンスの高い管球式パワーアンプの場合のために、製作編で詳述するが、低音特性のあまり良くないパワーアンプを並用する場合は問題外である。

バッファー段:

本機は、ローブーストの回路のところでも述べたように、あくまで、クリスキット・ソリッドステート・パワーアンプP-35を組み合わせたときに、その最高の性能を発揮出来るように設計してあるので、バッファー(Buffer)段にカソードフォロアーを設けた。

フラットアンプのNFBがかなり深いので、その出カインピーダンスは極めて低く、プリアンプの出口のインピーダンスを下げるだけなら、わざわざカソードフォロアーにする必要はないのだが、ソリッドステートパワーアンプは、スイッチオンですぐに音が飛び出すので、プリアンプと同時にスイッチを入れると、その瞬間的な、カップリングコンデンサからの直流もれによるノイズがスピーカからもれるのを防ぐために、 この段をもうけたわけである。こうしておけば、 ヒータがあたたまってくるまで、V6の球にはカソードヘの電流が流れてこないので、 この心配がなくなる。

カソードフォロアーの増幅率は0.9倍と言われているが、実測して見たら1倍だったので、 イコライザアンプーフラットアンプで約170倍に増幅されたものが、そのままの数値で、バッファー段の出力になり、パワーアンプに送り込まれる事になる。

カソードの負荷抵抗47kΩ(R-22)とパワーアンプの入カインピーダンスの47k Ωとの合成抵抗値が

になるので、歪みが増えるのではないか、と心配される向きがあるかも知れぬ。理届は長くなるので省略するが、そんな心配は全くない。マランツ♯7では、出力段のカソードフォロアーに27kΩの抵抗が入っている事でも、この点は御安心いただけると思う。

電源部:

本機が、ハムゼロの性能を持つ一つの要素に、電源部を上げる事が出来る。市販アンプやキットでは、 とてもこんな重装備は考えられない。こんなところにコストをかけるより、外観、パネルデザイン、つまみ、パイロットランプ等に金をかけなければ、商品としては売れない。コンデンサを一本でも少なくして、その分だけパンフレットや広告料、或るいは堤燈持ち評論家の方へまわした方が、売上げが伸びると言うものである。トランスも、電源同居型であるために特注した。

以上、電波技術 1974年4月号