2021
07.18

クリスキット・マークⅥカスタムとクリスキットP-35によるプリアンプとメインアンプの音のまとめ方 1

音らかす

管球式プリアンプ及びそれと接続するために設計されたソリッドステートパワーアンプの製作についてはそれぞれ3回に渡って詳述したが、今回はそれ等を使って音楽を聴く時の、再生音のまとめ方について述べる事にする。

イコライザ段(マークVIカスタム)について

回路編で述べたように、本機のイコライザ段は、マッキントッシュC-22から、RIAAの部分をそっくり取入れた。最近、本項と平行してアンプなどの測定に関する記事をまとめているので、C-22原機を始め、5台ばかりのマークⅥカスタムの実測を行なって見た(写真1参照)。いろいろ調べているうちに気がついた事がある。マッキントッシュC-22が市販されていた頃のパワーアンプは、一般に入力信号1V以上でフルパワーのものが多かったせいか、その感度の悪さを補うために、C-22のイコライザ段ゲインが非常に大きく、42dB(126倍)/1 kHzもある。

最近は、パワーアンプの感度が上って来て、0.5Vの入力でフルパワーになるものが標準になって来ているようである。(クリスキットP-35も入力感度0.5Vで、ゲィンが33倍≒30dBだから、フルパワーで、16.7V、つまり、16.7V2÷8Ω=35Wになっている)。

一方、最近のプリアンプは殊にトランジスタ化されるようになって、37dB(70倍)以下のものが大半で、多分、NFBを多量にかけることによって、少しでも最大許容入力を大きくし、カタログバリューをカッコよくしようという狙いだと思われる。

そこで第1図を見てみる。RIAAの上のカープが本機の特性を現わしたもので、その下に平行して走っているのが、今ここに述べる実験によるものである。

第1図

本機の裸のゲイン、つまりネットワーク素子により、NFBを掛ける前の増幅度が約65dB(1,778倍)であり、RIAAのNFBを掛けた後のゲインカープの左端、つまり、点線で現わした30~50Hzぁたりでは、裸のゲインの頂上線から、5~8dBしか余裕がない。この余裕の事をNFBマージンと呼んでいる。5~8 dBと言うと、最近のプリアンプの傾向から見ると、かなり余裕が少ない(マージンが小さい)イコライザアンプだと言える。

そこで、もし、真空管のバラツキ等で、その裸のゲインが、65dBのかわりに10%も少ないものがあったとしたらごくわずかであるが、このNFBマージン余裕が窮屈になる事も考えられる。(裸のゲインが少なくなると、NFB量もそれに比例して少なくなるので実際は殆んど無視出来るわけなのだが)

その上何かのはずみで、NFB量が多少でも少なくなったような場合にはこのマージンの余裕が更に縮まるかも知れない。

そんな考えから、C-22の原回路を少々さわって見た。第2図がその説明である。V1のカソードには、1.8kΩと2.2kΩの抵抗、つまり4kΩの抵抗値によるグリッドバイアスが掛けてあり、そのうちの1.8kΩの方が、NFBネットワークと相互に働いて、それぞれの周波数による選択性NFBの量が決まる事は回路編で述べた。

第2図

この1.8kΩと2.2kΩを上下入れ換えて見る。合計は、やはり4kΩで原回路の設計基準には変化はなく、NFB量だけが2 dBばかり深くなる。この時の測定値が、図にある下側のカーブである。これはマージンの余裕も7~10dB(2.2~3.16倍)と大きくなる。

この事に気が付いたのは、実は最近岩通のVOAC77をVOAC707に入れ換えたおかげである。回路編及び製作編で述べた本機のイコライザ・カープの偏差の図は、菊水のオーディオジェネレータ418及び、トリオのミリバル106及び106Fを使って測定したものであるが、御承知のように、従来のミリバルは、アナログ形式であるために、各レンジでの誤差が、フルスケール3%で、メータのリニアリティの信頼性に至っては、測定法の項で述べたように、あまりあてにならないものである。

イコライザ・カーブなるものは、そのカープの上に直線で示したように、(第3図参照)CRの時定数によりその周波数特性が得られるようになっているので、上に述べたようにあちこちに山あり、谷ありというのはどうもおかしいと考えたわけである。第4図で解かるように、マッキントッシュC-22も同じように測定したので、同じように山あり谷ありになっていた。

第3図

第4図

VOAC77の折には、その交流電圧計の周波数特性がうまくなかったので、RIAAの測定には使用出来なかったのだが、VOAC707だと30Hzから100 kHz位まで測れるのでまとめ方と測定法の項(7)の第2表の中にある電圧値にもとづいて測定したものを、シャープコンペットデジタルルールPC-1001でデシベルに換算をして見たら、思った通り、山や谷は消えて、ほぼ直線になっている事が判った。第4図の上側の線である。(左端が少し下っているのが解る)つまり30~50Hzぁたりで比較的せまいNFBマージンの影響があった事によるものかも知れない。勿論測定器の方にもそれ位の誤差はあり得る。とは言うもののもうすでに二千数百人の愛用者がいる事である。無責任な事は書けぬ。

そんな時にこのNFBマージンの事に考えついたわけである。いくらC-22の原機がそうだったからと言って気が付いて見ればほうって置いていいというものではない。

早速実験して見た。第4図の下の線がその測定値である。思った通り低域が持ち上った。ものは試しとは良く言ったものだ。これでやっと、本物の測定が出来た事になる。あらためてC-22のNFBネットワークの設計を見直したわけである。

と言っても、大いに音が変わるとも考えられないが、心なしか、低音が少々豊かになったように感じる。気のせいかも知れない。まあとにかく、アマチュアリズムに徹して何年もかかって仕上げた最高級のプリアンプである。良いと解れば、手を入れるのが本筋であろう。プリント基板に部品を取り付ける折に、1.8kΩと2.2kΩを入れ換えるだけの手間なのだから。(但しC-22に忠実でありたい方は、敢えて手を入れる事はない)その上このように手を加えると、それだけNFB量が増えるので、最大許容入力が、従来360mVだったのが、420mV(マークVは280mVであった)とかなり大きくなった。言って見ればオマケみたいなものである。

ついでながら、マッキントッシュC-22を今までに3台調べて見て気が付いた事がある。大方の読者の興味ある事なので、すこしふれてみる。その3台のうち1台に、1200pF(0.0012μF)のかわりに1000pFが入っていたのがあった。理由はあくまで私の想像であるがC-22ではNFBネットワーク素子に5%級の抵抗、コンデンサが使用してあるので、完成後テストして見て、と言っても、100Hz、l kHz、10 kHzの三点スポットなのであろうが、その誤差を修正したのかも知れない。

そんな事なら、始めから、2%級以上の精密級部品を使えば良い、と私は思うのだが、同機の他の部品はすべて10%級、中には20%級の抵抗が入っていた事から見てやはり、商品となるとコストダウンのため、外から見えないところには、あまり銭(かね)が掛けられないのであろう。

昨年ミシガン州のヒースキットの工場を見学したときに気が付いたのだがここでも国産のキットメーカーと同じように、測定器のアッテネータ用の1~2%級のものは別として、10~20%級の部品が殆んどあった事から見ても商品を作り上げるのは、2%級のものが、10%のものの6倍以上コスト高である事もあって、いろいろな制約があるものだと、つくづく感じた。

その点アマチュアだと、何台も生産して販売利益を上げるのが目的でないので、抵抗にしても、一台あたりせいぜい50個位しか使わないので、10%級が1個当たり¥10、2%で¥60もかかったとしても、¥2,500よけいに費るだけだから、大した事はない。メーカーだと2,000台出荷すれば、¥5,000,000余計にかかる勘定になる。そんな予算あれば、宣伝費にまわした方が良い。

ローブースト回路(マークVIカスタム)について

回路編でも述べたが、ここに使用するコンデンサの大きさで低域特性が変わるが、スピーカにより、リスニングルームにより、或るいは、好みによって、どこでどう持ち上げるのが最適だという決め手はない。この辺に、アマチュアリズムに徹して、最高級機を作る良さがある。

そのためには、C-15、C-16及びC-17は、アンプの蓋を取るだけで簡単に取り換えられように、組み立ての段階で考えておかないと、後日ヒアリングテストにより取り換えるのが憶劫になるもので、敢えて注意しておく。カスタムの名にふさわしいように、自分で納得の行く音作りをして欲しいものである。

本機の残留ノイズについて

本項の製作記事をもとに、プリアンプをお作りになる方々が全部ものの道理をわきまえておられる方々であれば何もあらためてこんな事を述べる必要はないのだが、なかにはとんでもない御質問を寄せて来られる方々があるので、スペースをさく気になった。

聖書の、ルカ伝に『100匹の羊のなかで迷える1匹があれば、それを尋ねて野こえ山こえ探し求めるのが、キリストの愛である』と書いてある。

折角、精魂こめて記事を書いているのである。ひとりでも多くの人々に、良い音だ、と喜んでもらいたいと願っているものにとっては、ものの道理を考えないで、実体図だけを頼りに、文字通リー夜づけで、でたらめ配線をやって、ノイズが出ると言って来られるのにぶつかると、やり切れない気持になる。

本機には、製産(「生産」の誤り)工程の合理化などの制約に一切とらわれない配線構造と、完全な一点アースポイントが仕組まれてある。したがって、長年にわたる実験をもとにして、必要と思われるところには、30芯以上の線を使うように指示して来たつもりである。それを出来るだけ守って欲しい。一点アースである限り、回路のアースラインがその点以外では、一切シャーシヘはアースされていない事を必ず確かめておく必要がある。やり方は簡単で、一点アースポイントのターミナルを外して各アース線(白色ビニール単線及び30芯)がアースから浮いているかどうかをチェックすれば良い。オシロスコープによる観察で、基線のふらつきが大きいのによくぶつかる。電源まわりの配線に手落ちがあるのにこんなのが多い。それでも幸いなことに本機ではハムは出ない。けれどもそれが原因になっているのか、はっきりした証拠はないが、こんなのに限って、サーッというノイズが大きいようである。

理屈の解らないアマチュアが、いろんな雑誌などによる耳学問を頼りに私の説明を無視して、と言うより、実体図以外にはロクに目を通さないで、シールド線のかわりに2C2Vをふんだんに使った、と言うのにぶつかった事がある。2C2Vはハンダづけがやりにくくて、とこぼしながら持って来られたアンプを測定してみると、かなり大きな残留ノイズがある。部品集めに苦労してくれたUNITE(ユナイト)にして見れば、こんなのもお客様の一人である事を思えば、私から『貴方なんぞに私の誠意が解かってたまるか』とも言えず、原稿書きが嫌になる事すらある。

かなり遠方から、神戸くんだりまで重いアンプをかついでで来られた方の御苦労に免じて、本職をほったらかして無料奉仕。先生も全く楽じゃない。

製作編で述べたように、もしも本機からノイズが出たら、スピーカに近い方から。つまりパワーアンプのみに灯を入れてのテスト、或るいは、プリアンプ以前のコンボーネント及び配線にその原因がないかどうかを調べる必要がある.

位相補正用コンデンサ(P-35)について

クリスキット・ソリッドステートパワーアンプは、全段直結になっているために、回路には入力用タンタルコンデンサ以外にカップリング・コンデンサは一本もない。Q3(2SC959)のコレクタ~ベース間に入れてあるC-4(20 pF)だけが唯一のコンデンサである。実はこのコンデンサ、音質上非常に大きな働きを持っている部品で原回路図では、NECの応用技術課で本機の試作品をあれこれ測定しているときに、周波数特性、歪率などが一番小さくなるところで、この20pFと言う値を選んだ。

何しろ街には、耳学問的オーディオ知識が氾濫している。F特がどうの、第3次高調波がどうの、と解ったような事をおっしゃるアマチュアが増えた。ポルノ雑誌の氾濫で、耳年増な若い女性が増えた弊害と同じようなものであまり感心した事ではないが、設計者としては、やはリカタログデーターを無視するわけには行かぬ。

私の考えはこうである。周波数特性のあまりよくない設計のアンプを高低域までのばすことは出来ないが、下から上までまっすぐにのびたものを上下で切る事はわけはない。

いつも述べているように、測定器で測った特性が良いから音が良い、と一概に決めつけるわけにはゆかないものである。スーパーツィータを外した時の方が、音が良い事はよく経験する事である。

誤解してもらっちゃ困るが、測定値はあくまで必要なもので、俺の耳は測定器より確かだと言った風な人は明らかに気違いで、自分はそれ程超人的であると自負しながら、内心では欲求不満を抱いているマニアである。こんな片輪な人々を、メーカーが、そしてオーディオ評論家が育ててしまったのである。全く罪な話である。

これが、本機に20pFのコンデンサを使うようになった所以である。とにかく5~475,000Hzまでフラットなアンプが出来上がったのは、NECの技術者の方々の御協力のたまものでありこんなに歪率の少ないアンプが出来たのもそのおかげである。しかしこれはあくまでカタログデーターであって、自分の装置につないで音を出すという事になると、音楽を聴くのであって、データーを見るためのものではないのだから、自分なりの音作りをするのが、アマチュアの楽しみであり、特権であるのだ、と私は思う。

そこでそのお手伝いをして見たい。写真2にあるように、プリント基板の裏から適当なコンデンサをハンダづけすることによって、20 pFの合成容量を増やすわけである。2、3分で出来る仕事だからわけはなぃ。20 pF~100pFまでのものをいろいろ入れ換えて見る(この時のコンデンサの値の変化による周波数特性の動き具合いを、シンクロスコープで撮影しておいた。写真3がその様子である)まり小刻みに値を変えて行ったのでは、コンガラがって分からなくなるので、まず100pFを入れて見る。音の線が太くなったように聴こえる筈である。そんな風にして、50pFなり100pFなりで試してみる。私の装置では100pFがもっとも適当であったようである。(但し、これは私の好みであってそれぞれのスピーカによって効果も変るので、実験の上で50pFなり100pFに決める)アマチュアの方々が良く言われる球の音と言える風な感じ、何だか評論家みたいな言い方であるが、暖か味のある音になる。

写真2

写真3

勿論こうする事によって、高域周波特性が下がるのは当然である。100pFより大きなコンデンサは、測定器を持っておられて、その正しい使用法を御存知の方以外にはおすすめしない。

信号基板