2021
07.28

モノシリックICによる全段直結差動OCLパワーアンプ 1

音らかす

私が、この種のアンプの必要を感じるようになったのは、大分以前の事である。

例えば、常用しているアンプに何か不都合が生じて、手を加えなければならない時、或るいは、音質改良の為に改造を施そうと思いついた時。そんな時には当然の事ながら、アンプをそのシステムから取り外さなければならない。レコードで、或るいはチューナでまたはテープで、音楽を、例え一時間でも毎日聴く事が、半ば癖のようになっている私にとって、このような時、音が出ない、というのは誠に不都合である。

それも、現在使っているアンプが故障して音が出なくなった、というような場合はともかく、例えば私が記事でここん所の抵抗値をどう変えれば、NFB量がこう変わって、その結果、音質がこうなるがなんて書いてみても、今鳴っているアンプを取り外して改造するという事は、案外おっくうなものである。そんな時にサブアンプがあって、アンプに手を加えている間にも音楽が聴けるというのは有難いもので、音質改良も割合気軽に出来るのではなかろうか。

といって、もう一台づつ、プリアンプとパワーアンプをしまって置くのも誠に不合理な話で、経費の無駄もさる事ながら、使わない時にしまって置くのに場所がいる。第一、そんな事に金をかける位なら、現用のアンプのグレードアップにその金を使うのが、合理的なオーディオリスナーと言うべきである。中には、めったに音楽らしいものは聴かないで、デモンストレーションレコードやその種のテープばかり鳴らしているのに、3台ものプリメインアンプを持っていて、あっちを鳴らしたり、こっちに灯を入れたりして、自作のオンボロ切り換えスイッチを使って、このレコードは、このアンプと:このスピーカの組み合わせがどうの、と自慢とも自惚れともつかない御託を並べるマニアは、私とは全く別の世界に住む人々で:、この範ちゆうからは外して考えたい。

以前にも述べたが、私はアンプ屋はない。色んな球を使ってあれを作ったり、これを組み立てたりする趣味もない。そんな事をしてたら、アンプがごろごろたまってマルチウエイにしても誰かにアンプを売らない限り、余ってしまう。第一、人に売る為のアンプを作るなんぞは、私の性に合わない。

自分で常用するものだから、精魂込めて作り上げる。そして少しでも気になるところが出てきたら、その原因なり理論を徹底的に追求して、グレードアップを考える(「。」が抜けている)大袈裟な話、ローマは一日にして成らず、というたてまえである。でなければ、クリスキットの設計者でござい、と大きな顔もしておられまい。

そんな時のサブアンプシステムとしてとにかく、4ヶ月かかってやっと作り上げたのが本機と近く発表するプリアンプである。

集積回路なるものは、もうかなり以前から、我々アマチュアにも入手出来た。けれどプリアンプ用はともかく、パワー用のICは殆どが混成集積回路(Hybrid Integrated Circuit)であった。私は、どうしても混成集積回路には興味を感じない。勿論、メーカーによっていろいろな方式もあるだろうが何となく考え方が、ゲルマ坊や相手のしろものくさく、ちゃちぃのが多いようである。

写真1は某メーカー製のハイプリッド(Hybrid=間の子の事)ICの中身である。どんな留め方をしてあるのか知らないが、ちょっとやそっとでは、蓋を取る事が出来ない。こわしてしまうのを承知で、ドライバーと金づちでこじ開けてみた。やっぱり私の思った通りである。

ハイブリッドという限り、回路中に一個でもICを使ってあれば、それで立派な間の子である。クリスキットP-35にも、その差動アンプにμPA41CというICを使ってあるのだから、混成集積回路の仲間入りが出来る。そして、素人には開けられないような蓋で中身を封入してしまい、たとえ、無理に蓋を開けて見たとしても、写真で解るように、黒色顔料を入れたポリエステル樹脂で固めてしまってある。この樹脂は一旦かたまってしまうと、溶剤を使おうが、熱を加えようが、元に戻す事が出来ないので、中に何が入っているのか調べるわけにはゆかない。外から見えるのは、日立のトランジスタとニチコンのケミカルコンデンサだけである。ポケットラジオに使うようごく安物のパーツを使ってあっても外からは見えない。

そんな時に知ったのがNECのモノリシック(Monolithic)IC、μPC571Cである。間の子でも父親(てて)無し子でもない、正真正銘の集積回路である。下請けの町工場で、ポリエステルで固めたものでないだけに、素性が解っているので安心して使える電子部品である。

こんな事から冒頭に書いた私の要求を、ほぼ充たしてくれるサブアンプが出来ると考えたわけである。そこで、その設計要点を述べてみる。

①特に、しまって置くときの事も考えて、出来るだけ小型に作れる事。
②サブアンプとはいえ、音が悪いのでは使いものにならないものである(「。」が抜けている)修理中にメーカーが貸してくれる。“貸し出しテレビ” のように、映れば良いというわけには行かない。その点は、測定とヒアリングテストの項で述べる様に、意外にいただける。
③実用機であるかぎり、丈夫でなければならない。何時ひっぱり出して来ても、立派にその性能を発揮してくれなければ使いものにならない。
④高級アンプの良さは、高級スピーカで、ある程度の音量を出した時にはじめてその価値が出るものである。若い学生が、パイトをしながら勉強をしている時代には、下宿の部屋も狭いだろうし、あまり馬鹿でかいスピーカを置くわけには行かないものである。そんな時に、16mシングルコーンのスピーカで、好きな音楽を聴くのに、何十ワットのアンプは、正に場違いである。そんな用途に小型で軽便なアンプとして使うのに、充分満足出来る音質でなければ安かろう悪かろう式のアンプなら、わざわざ製作記事を書く必要もないし、折角、長い問かかって作り上げたクリスキットの評判をおとしたくない。
⑤出来るだけ安価で、作り易いものという製作記事としての価値も考えなければならない。
⑥ハンダごてとラジオペンチさえあれば、テスタもなくても作る事が出来て、回路内容が全然解らない者が作っても、絶対に発振したりしない事。

と、まあこういった要求のすべてを満たすもの、という事で、こんなに簡単なアンプの製作記事に案外、時間を食った。

その上、自分でもよく使うつもりなので、出来るだけコストを押えながらも、パーツだけは高級機を作る時と同じグレードのものを使用した。第1表が、その使用部品の一覧表である。

第1表

部品に詳しい読者はお気付きになったと思うが、電解コンデンサが従来の日本ケミカルコンデンサのものが日本通信工業(株)の物に代わっている。あまり深い意味はないが、日通工の方が数倍大きい会社でもあるし、安心できると思い又、電電公社の規格に入っている物という事に興味を感じて入れ替えたわけである。

予定通り、シャーシには、出来合いの安物を避けて一寸贅沢をして見たが比較的安価に出来上がった。

おかげで、シャーシの特注を頼んだ鈴蘭堂の坪木さんが、『出来るだけカッコいいものを、出来るだけ安価に』という私の要求に大分こぼしていたようである。 「金銭(かね)のかかった良いものなら、やりがいがあるのですが』とこぼすこと、こぼすこと。しまいには、『安物なら、いくらでもパーツ屋にころがっていますよ』と、かまされた位である。

前置きはこの位にして、本論に入る。