2021
08.06

モノシリックICによる前段直結差動プリアンプの2 3

音らかす

〔測定結果〕

いつも思う事であるが、これから先は、本機を使ってオーディオを聴く方は勿論、本機を製作する場合には、全く不必要な事なのである。誰が日本人を、こんなにデーター好きにしてしまったのか知らないが、困った事である。

何度も申し上げているように、これ等のデーターからは、そのアンプから出て来る音は割り出せないものである。歪率が低いから、音が良いというのであれば、すこぶる事は簡単であるし、その筆法から行けば、世界中のアンプから、同じ音が出る事になる。

まして、データーの持つ本当の意味を知らないで、歪率がどうの、最大許容入力が大きいから、こんな音がする、なんて屁理屈をこれるに到っては、文字通り、救いようのないマニアである。論語読みの論語知らず。良くいわれる言葉である。

データーなんぞ不要である、と言っているのではない。アンプを設計し、製作するのに、データーがなければ、何を作っているのか解らない。コレクタ抵抗一本入れるのにも、それが最適な数値であるという裏付けは、データーがなければ不可能な事は言うまでもない。しかし、こうして作り上げられた市販のアンプのカタログに、やたらデーターが顔を出す。知ったかぶりのマニアが、そのデーターをもとに、あれこれと能書きをいう。そんなのに限って、 トウイターが外れていても気がつかないのが多いものである。何度も言うが、耳年増である。

外国製のオーディオ機器には比較的データーが少ない。JBLのスピーカにもグラフは付いていない。日本の雑誌に見られるものは、データー好きのマニアの為に、 日本の雑誌が作り上げたものである。そして、それ等の品物に、銘器という名が付けられる。

ホセラミレスのギターや、ストラデバリのヴァイオリンには、周波数特性のデーターや。残響特性はついていない。この分で行くと、日本製の楽器には、データーが付いてなければ、売れなくなる日が来るかも知れない。

重ねて言う。これ等のデーターは、そのもの試作検討をするために必要なものであって。そのデーターから、出て来る音はつかみようがないものなのである。

だから、本当は、私も本機のデーターについてはあまり 書き度くないのだが書いてないと、読者の不信を招く事にもなりかねない。他の品物のすべてにデーターが付いているのに、本機に付いていないのは不都合だ、と考える向きがあっても困るからである。

ついでに述べておく、が、本機をアマチュアが製作するのに必要なパーツセットは、それぞれ出来るだけ特性の揃ったものを集めてあるので、誤配線でもない限り、必ず所定の特性範囲内に入っているものである。多少贅沢だと思われる精密級部品を使ってあるのは、誰が作っても同じ特性がとれるように、という考えからである(第1表)。従って出来上がったアンプから、とんでもないノイズが出たり、高音がサッパリ出ない、 と言ったトラブルが出ない限り、街の測定屋に持ち込んで、データーをとってもらうのは、愚の骨頂である。

第1表

岡目八日、他人の事にケチをつけたがる癖のある人々だっている。非常識な測定をやって、重箱の隅をつつく人もある。つつかれた方も自信がないものだから、昨日迄、気嫌良く、良い音だと思っていたのに、途端に音が悪くなったような気がしたとしたら、お気の毒、と言う他はない。

①いつまで経っても、私には解らない事柄の一つに、周波数特性がある。ときどき感じる事であるが、私の耳では12,000Hzの音がやっと聴きわけられる。それもかなり調子の良い時での事で、19歳になる私の子供の方がかなり良いのは当然で、裏に住んでいる、お婆ちゃんとこの犬の方が逢かに高域に敏感である事は、何度も実験して解った事である。私等には全然、聴こえていない15,000HZ位のサインウエープの音に、耳がピクッと動くので、多分聴こえているのであろう。その為かどうか知らないが、20,000Hz以上、プリアンプで余り高域までのばすと、どうも音質が良くないようである。これも気のせいで、どうせ聴こえないのに50,000Hzのものと150,000Hzの特性を持つプリアンプの音質に差があるのは、何か他に原因があるのかも知れないけれど今迄の経験では、プリアンプでは20~30 kHz位迄、パワーアンプでは、かなり上迄、のばしておいた時の方が音が良いようである。
理屈はともあれ、第5図が、本機のポリューム、パランス中点時にした際のフラットアンプの周波数特性カープである。

第5図

②RIAAカーブ:精密抵抗を使って、その回路の計算が合っている場合には、その部品の誤差の範囲で正確なものになるのは当たり前の話である(第6図参照)。

第6図

③チャンネルセパレーション:小型であると言う事と、 ICを使った為に、アースの取り方に制約があるので、私としてはかなり多量にシールド線を使わなければならなかったせいか、このデーターが馬鹿に良い。説明を解り良くする為に、第7図に、マッキントッシュC-22、クリスキットマークVIカスタム及び本機のイコライザ段でのチャンネルセパレーションの比較を示しておく。耳で聴いた範囲では、マークⅥカスタムと大して変わったと思われないが、数値では、 8dB(5倍)ばかり良い。データー好きのマニアに喜ばれる事うけ合い。私にとって良い事はこの事から見て、少々デタラメに作っても、 トラブルが出ないという事であるから、 このデーターが良かったので大いに安心である。

第7図

④最大許容入力:ICであり、最大出力が各段共7V R.M.S.しかないので、110 V位でクリップする。なんて事を書いたら、大きな音が出せないのか、と心配する向きがあるかも知れぬ。ヒイキ目なしに、耳で聴いた限りでは、特にこの事は感じられなかった。(勿論このヒアリングテストは、クリスキット ミニP-1とつないで行なった)シンクロスコープで何度も波形を見たのであるが、ズービンメーターの『ツアラトゥーストラはかく語りき』によるグレースF-8Cでのテストでは、 波形がクリップしていないようであった。

⑤歪率:第8図に示してある。歪率が多いか少ないかは、グラフを見れば解ると思うので、特に意見は述べなくても良いと思う。測定は、菊水の低歪率ジェネレータ417AとNF回路プロック全自動歪率計154Aによったものである。歪率と音とは無関係のものであるとしても、データー好きの方々には興味があると思われたので、あえて示しておいた。

第8図

第9図

⑥残留ノイズ:電気的数値については、上記のグラフで解る。しかし、このノイズは電圧値では、その実体がつかめないものなので、耳によるのが一番早い。
ICのおかげで、スコーカー、 トゥイータからは、殆ど何も聴きとれない。ウーファーは20m以上耳を近づけると感知出来る位であった。本号が市販される頃迄に、プリント基板を縦に使って、シールド効果を良くした上で、もう一度テストした結果を発表するが、スピーカに耳をくっつけても何も聴き取れない所迄は持って行ける自信がある。

⑦ヒアリングテスト:前回のミニP-1と同じようなヒアリングテストをやってみた。一言で言えば、可もなく不可もなく、と言ったところが、皆の一致した意見であった。従って、高音がきれいとか低音の追力がどうとか言うことより、むしろ非常に素直な音である、という所である。

難を言えば、低音の追力が少し不足気味で、大音量にした時に、音がつまった感じがしないでもない。但し、これは、我が家のJBLで普段の倍位やかましい程の大きさでの話である事を付け加えておく。

結果とこして、この位のものであれば、特にクリスキットの信用を落と事はないだろうと言う自信がついたのでユナイトからのパーツセットの発売に踏みきった訳である。

(注意)
本機をクリスキット ミニP-1などのパワーアンプと接続して使う時に考えなければならない事であるが、一般にパワーアンプには、 レギュレーション及び大出力を主に考えて、 リーケージフラックスが比較的多いトランスが使われているのである。

このような理由から、アンプの並べ方により パワーアンプのトランスからの誘導ハムを受けやすい位置と、そうでない位置があるのは当然の事である。

従って、実際に、音楽を聴く場合には、プリアンプの方を向かって左側に置くなどして工夫すると、誘導ハムを全然受けない角度を見つける事が出来る。

以上、電波技術 1975年3月号