2021
11.15

もうえびす講かよ。

らかす日誌

月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり

ほんと、月日の経つのは早いもので、つい数日前に

「ねえ、新型コロナの感染拡大が止まらないのにえびす講はやるんだね」

といいながら、怖々2020年の桐生えびす講で公式カメラマンを務め終えたと思っていたら、もう明日から2021年の桐生えびす講である。冒頭の「奥の細道」び一節は、

「ええ、もう1年たっちゃったの!」

と唖然としているうちに、ふと頭に浮かんだ。
といっても、確か「百代の過客」だったよな、程度の切れ切れの記憶が蘇り、ネットで検索して確かめたのだから、私の教養も中途半端である。

ということで午前中は取材に出かけ、昼食を済ませた午後、えびす講の準備風景を見学してきた。明日から使う駐車場の場所を確かめるついでであった。

車を出て参道の上り坂を歩く。

「おいおい、この程度歩いただけで足がなんだかおかしくなる? 明日から大丈夫かよ」

と自分に問いかけながら、61段の石段を登る。明日から20日までの5日間、この坂道と石段を何度往復することになるのだろう? なんだか体力への自信がグズグズと融けていくような感じである。これが1年という月日が72歳に及ぼす影響か。

境内では20人ほどの人達が準備に余念がなかった。

「ご苦労さん」

「お疲れさん」

と声をかけながら歩く。私はカメラマンであって、えびす講の世話人ではない。準備作業をする必要がないから、気楽なものである。

「だけど、暖かいよね」

小太りのKさんが声をかけてきた。見ると、11月半ばにもかかわらず、長袖シャツ1枚の姿で汗を流している。

「歩いてきたんで汗かいちゃったんですよ」

確かに、温かい。気温は15、6度だろうが、日差しがあって全身を温める。

「やっぱ、温暖化なんですかねえ」

かつて桐生ではコタツを入れるのも足袋をはくのもえびす講から、といわれていた。いわば、桐生の寒の入りがえびす講だった。5、6年前えびす講公式カメラマンになった頃は

「なるほどな」

と思うほど、えびす講の桐生は冷え込んだ。

ところがここ数年、えびす講が暖かい。ダウンジャケットどころかマフラーも邪魔になるほどの暖かさである。予報では明日の最高気温は18℃。汗を拭きながらシャッターを切ることになりそうだ。やっぱり温暖化?

そういえば今年、地球温暖化予測の先駆けとなってノーベル賞を受賞した日本人がいた。目出度いことである。
が、疑り深い私はいまだに地球温暖化がよく分からない。本当に二酸化炭素の影響かよ、と半分ぐらい疑っている。

そんな私が、先日から西国を始めた「ローマ人の物語」が2冊目に入った。副題が「ハンニバル戦記」である。ローマは、史上最高の戦略家といわれるハンニバルと如何に闘い、勝ったのか。この本を買った時は、382ページもあるこの本をたった1日で読み終えた記憶がある。それほど面白い本である。

ハンニバルはフェニキア人がいまのチュニジアあたりに作ったカルタゴの将である。まだハンニバルが登場するところまで読み進んではいないが、面白い一節にぶつかった。

北アフリカ一帯は、今では雨も少なく緑にも恵まれない地方に変わってしまったが、古代ではまったくそうではなかった。カルタゴ人の農園経営能力は優れていたが、その能力を十全に発揮できる環境にも恵まれていたのである。

以上の記述は紀元前3世紀の北アフリカを描写したものだ。今から2200年以上前のことである。やっぱり、地球の環境変化とはこの程度の時間で見なければ分からないのじゃないか。わずかここ数年、数十年の変化で、本当に二酸化炭素のために地球が温暖化していると断定できるものなのかどうか。
地球が温暖化しようが、逆に寒冷化しようが、その趨勢がはっきりする頃には私はこの世にいるはずがない。だから過度に気にする必要はないのかも知れないが、世で大勢が唱える事を疑う精神だけは持っていたいと思う。
本当に地球は温暖化しているのか?

明日からえびす講と書いたが、16日スタートはコロナ対策の臨時措置で、平年は11月19,20日の2日間にわたって開催される習わしだ。ところが昨年からはコロナ下で開かざるを得なくなり、参拝客の分散を図るため期間を1週間に延ばし、露店も出さなかった。えびす講のはそもそも神事であるが、現実にはお祭りである。昨年は人混みのない、賑わいのないえびす講となった。

今年は開催期間を5日間とした。感染者数は落ち着きを見せているとはいえ、まだまだコロナへの備えは欠かせなからである。とはいいなが、ちょっぴ賑わいを取り戻そうと19、20日は露店も出す。露店を出す人達を街路商というが

「コロナ騒ぎで全国から祭が消えた。祭で生計を立ってる街路商の皆さんは大変だろう。彼らの暮らしが立たなくなれば街路商という仕事からみんなが逃げ出してしまう。そうなれば賑わいを醸し出す露店がなくなり、祭が成り立たない。彼らの暮らしを支えなければ」

というのも露店を出す理由である。あ、酒類の販売は一切禁止しだからそのおつもりで。

というわけです。あなたも気が向いたら、120年の歴史を持つ桐生えびす講に足をお運び下さい。ひょっとしたら、重いカメラを首からぶら下げてヨタヨタと歩き、時には座り込む私の姿を見て大笑いできるかも知れませんぞ。