2022
04.08

クリスキットの修理屋になったこのごろの私である。

らかす日誌

花の命はみじかくて苦しきことのみ多かりき

とは林芙美子の詩である。林さんがはたして「花」であったのか、どんな苦しみを嘗めたのかは不明にして知らないが、我が家の前の桜並木を見ていたら、ふとこの言葉が浮かんだ。

昨日は満開であった。我が家の駐車場でパイプタバコを楽しみながら目を上げると、まだ冠雪したままの浅間山を背景に、薄墨色の桜の花が咲き誇っていた。

ところが、今朝目をやると、もういけない。6割方は花が落ち、すっかり痩せ細っていた。落ちた花びらは我が家の駐車場に吹き寄せられるのが定番である。

「あれまあ、もう散っちゃったの」

朝は風が強かった。昨夜寝るときは風の音は聞こえなかったから、明け方近くから強風が吹いたのだろう。

パッと咲き、パッと散る。その潔さが日本男児のシンボルだった時代はすでに過去である。

♪貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
みごと散りましょ国のため

などという歌が頭に浮かぶのは、最近の映画鑑賞が「日本の戦争映画」編にあるからか。私を含めて最近の男児はパッと咲くこともなく、裂かないからパッと散ることもなく、ウジウジと生き続ける姿が目立つような気がするが、気のせいか?

と様々な思いがかすめるが、現実には散った桜の花びらの後処理を迫られる私である。今朝はちりとりに2杯掬い、ゴミ箱に入れた。落ち葉ならおおむね乾いているから処理も楽だが、花びらは地面に張り付いて扱いにくい。
ん? 桜も散った後はウジウジと地面にしがみつくのかな?

今朝は、最近クリスキットオーナーとなったNさん宅を訪れた。修理のためである。
Nさん宅にクリスキットを設置したのは3月21日のことである。その後、

「ちょいと置き方を変えたら、時々音が出んようになったんやわ」

との連絡をもらい、これはパワーアンプのスピーカー端子の不具合に違いないと見当をつけた。設置したときから、なんだか不安定だったからだ。
原因は、スピーカーコードである、とは最初に考えたことである。なにしろ、それまでNさんが使っていたSonyのモジュラーステレオ(アンプ、CDプレーヤー、チューナ等が一体になったステレオ)に使われていたスピーカーコードは

「ここまで原価をケチるか!」

と思わず唸ってしまうほど細かった。皮膜を剥いた端末はハンダでメッキをしたが、中古でやや噛みが甘くなっているスピーカー端子につないでも、何となくズルズル滑る感じで、具合が悪かった。それでも何とか音が出たので、

「これで聞いておいて」

と言い残して辞去したのであった。アンプ、スピーカーを動かしたときに接続が外れたのだろう。

だから、スピーカーコードを太くすれば大丈夫ななはず、と電話を受けた私は考え、電気店で太目のコードを買ってNさん宅を訪れたのは数日前である。

ところが、これでも駄目だった。スピーカーコードを押さえつける端子のバネが弱くなっているのか、これでも噛みが甘い。

「Nさん、音は出るようになったので使ってみて下さい。これで駄目なら、あとはアンプにスピーカーコードをハンダ付けしましょう」

ということにしたのだが、しかし、先のことを考えると、やっぱりスピーカーコード端子が正常であるにこしたことはない。そう考えて、ネットでスピーカーコード端子を探し、クリスキットに取り付け可能なものを発注した。それが昨日届き、今日はこの端子の取り換えに行ったのである。

パワーアンプの底蓋を開ける。端子にハンダ付けされているコードを外す。ネジを緩めて端子を取りはずす。新しい端子をネジ止めし、コードをハンダ付けする。裏蓋を取り付ける。修理の完成である。これで立派に働いてくれるはずだ。

パワーアンプを元に戻し、スピーカーコードを取り付けているときだった。右チャンネルの1本がなかなかはいらない。何度かやっているうちに

「あれ?!」

端子にはプラスチックでできた押し下げ用のボタンがある。これを押し下げると端子にスピーカーコードを通す穴が空き、話すとバネの力でコードを締め付ける仕組みである。そのボタンがポロリ、と落ちたのである。ついでに、その下にあるバネまでが飛び出した。

「おいおい、これではものの役に立たないではないか」

とバネを元の場所に戻し、プラスチックのボタンも元に戻そうと試みるのだが、さて、どんな仕組みになっているのか、なかなか戻ってくれない。だけど、ちょっとボタンを押したぐらいで使いものにならない新品って、いったい何なんだ?

焦る私に、Nさんが声をかけた。

「これと取り換えたらどうや?」

見ると、先ほど取りはずしたばかりのクリスキット純正品である。いや、そいつの具合が悪かったから、わざわざこの新品を取り寄せ、とりかえたばかりなのである。それが使えるのだったら、こんな苦労はしないのである。それに、もう一度取り換えるのは面倒だし……。

が、外れたボタンは元に戻ってくれない。念の為に、Nさんが示す純正品を手に取った。4つあるボタンを押してみる。おや? みんな正常に動くじゃないか! ボタンを押せば穴が出てくるし、離せば穴が閉じる。バネの力も、この新品より強いようである。

ということは、だ。不具合はこの端子にどこかに、ちいさなごみが引っかかっていたから起きたのか? 本体から取りはずした振動でごみがはずれ、正常に動くようになったのか?

再び端子取り替え作業に戻った。端子にスピーカーコードを接続してみる。何のことはない。全く緩まない。正常に稼働する!

パワーアンプを元に戻し、音楽を再生しながら考えた。

桝谷さんは、こんなパーツでも最も丈夫で長持ちするものを選んでいたのに違いない。流石である。
それにしても、だ。最近のパーツの柔なこと! いまはこんなものしか手に入らないのか?

ちなみにこのパーツ、1箇394円。それに送料が650円。実に高い買い物をしてしまった。

「大道さん、それでこれなんぼ?」

帰ろうとする私に、Nさんがそう声をかけた。

「いいですよ、こんなもの」

確かに私は修理に来た。修理をした。修理業者なら

「出張費が〇〇円、部品代が△△円、工賃が▢▢円」

と請求するはずである。
しかし、私は修理屋ではない。Nさんの友人として、クリスキットのサポーターとして訪れたのである。お金を頂くことはできない(もっと高額だったら、この原則は無視されるかも知れないが)。

「何かあったら、言ってください。また来ますから」

Nさんにはスピーカーを買い換えたいといわれている。さて、選ぶのは私の仕事らしいが、最近のスピーカーは見たことも聞いたこともない。場所が許せば、桝谷さんが唯一認めた市販スピーカーであるYAMAHA NS-1000Mを勧めるのだが、Nさん宅にはブックシェルフを置く場所しかない。
さて、何にしよう? 何を選んでもいまのペコペコのスピーカーより改善されるとは思うが、さて。

スピーカー選びに困っている私である。