2022
06.19

お久しぶりです。

らかす日誌

久々に「らかす日誌」を書く。前回が6月9日だからちょうど10日空いたことになる。これほど長く書かなかったのは、ひょっとして初めてかも知れない。

なぜ新しい原稿がアップされない? ひょっとして……、と73歳の私の健康を気遣って下さる方がどれほどいらっしゃるか分からないが、病に伏していたわけではないことをまずご報告しておく。いつものように取材をし、原稿を書き、時々飲みに出る暮らしを相変わらず続けている。

といって、仕事が忙しくて「らかす」を書く暇がなかったわけでもない。仕事は適宜こなしているが、73歳の仕事である。身動きが取れないほど時間に追われるような予定の入れ方は絶対にしない。

一言でいえば、ネタ不足である。日々仕事その他で体験していることを書けば、ひょっとしたら誰かのプライバシーを侵害してしまうかも知れない。そうでなくても、元新聞記者が、桐生いう地域の中での己の関心事に従って進めている取材の話、執筆の話を書いたところで、面白いはずはないと思うから、日々の暮らしからそれらを取り除く。残りはほとんどない。
心を焼き尽くすような美女に出会うことなど夢のまた夢でしかない桐生暮らしとは、そのようなものである。

とはいえ、最近、

「へえ」

と思った出来事がなかったわけではない。ウクライナをちょいと横に置いておけば、最大の「へえ」は、食べログ裁判だった。価格コムが運営するグルメサイト=食べログで、価格コムが投稿者の採点を元に店の評価をはじき出すアルゴリズム(私、この言葉が嫌いです。この場合は「計算の仕方」ということなのでしょうが、なんだか分かったような分からないような気にさせてくれる言葉だからです。誰か日本語にしてくれないものでしょうか?)を変更したところ、焼き肉チェーン店の点数が急落し、その影響で客足が減った。そのチェーン店が

「損害を補償しろ」

と訴えた裁判である。
何と、裁判所はチェーン店の訴えを認め、3840万円の賠償を価格コムに命じた。驚き桃の木山椒の木、であった。

食べログというサイトがどのようにして店の店数をはじき出しているのかは知らない。また、評価対象となった店と食べログとの関係も知らない。一定の金を払うから評価対象としてサイトに掲載してもらえるのか、それとも食べログが勝手に店を評価しているのか。ひょっとしたら、ユーザーが勝手に店を評価してアップしているのか。

まあ、それはどうでも良い。私が

「へえ」

と思ったのは、

「食べログの点数が下がったから客が減ったのなら、これまでは食べログの点数に支えられて店の経営が成り立っていたんじゃないの? その恩はどう評価するの?」

ということだった。

私も、何度か食べログで選ばれた店に行ったことがある(私が食べログを使って店を選んだのではない)。

「この店は食べログの評価が高いんだよ」

という説明と一緒に口にした食べ物は

「えっ、この味の評価が何で高いわけ?」

と首をひねりたくなるものばかりだった。そう、私にとって食べログとは、全くアテに出来なグルメサイトなのである。ちなみに、我が畏友・カルロスが経営する「ラ・プラーヤ」の点数をいま見たら、3.41だった。ラ・プラーヤの味を知る私は

「味の分からないヤツが多いんだな」

と思わざるを得ない。カルロスはそれほど低く評価されるようなへっぽこシェフではない。

そもそも、匿名性を前提に集められるデータにどれほどの価値があるのだろう? そんなつまらぬサイトの評価に頼って客集めをするような店に足を運ぶ気には、私はなれないのである。だって、そんな店だったら、サクラに金をばらまいてこのサイトの点数を上げようと考えることだってありうるではないか。料理の味の評価は、自分の舌でするしかない。レパートリーを広げたければ、

「こいつの舌は信頼できる」

という友を増やし、お互いに情報交換するしかない。ネットでの多数決(食べログがアルゴリズムを変更した、という点を見ると、それだけではないらしいが)では、多くの人が好む味は知ることが出来ても、本当に美味しいものはは決められないのである。料理の味も、音楽の善し悪しも、選挙も、本来多数決には馴染まないものであると私は思うのである。

それに、である。投稿者の投票を元に、独自のアルゴリズム(それは、サクラによる投票の影響力を減らすという狙いもあるはずだ)をかませて店の点数を決めて公表することが、

「優越的地位の乱用」

になるという裁判所の判断は、表現の自由を侵すものではないか? 新聞やテレビの世論調査だって、調査対象から得た数字だけで構成しているのではない。それぞれの報道機関が、出て来た数字に、それこそ各社独自のアルゴリズムを加味してはじき出しているのは多くの人が知るところである。今回の裁判所の論理が正しいとすれば、報道機関は世論調査の結果を報道することに制約を受けることになると、私は思うのだが、いかがだろう?

美味いものを食べたければ、自分の足で歩くしかない。味で客を増やしたければ、料理の質を上げ、クチコミで広がるのを待つしかない。
食べログで客集めをするのは、料理への敬意がない経営だと、私は思うのである。そして、裁判所がそれに加担してしまった。不思議な世の中である。