2023
01.29

「がんもどき」かも知れませんよ。

らかす日誌

昨日、1つ目のセカンドオピニオンを求めに高崎市まで走った。まずは走り方の誤謬についてご報告する。

初めて赴く病院だ。頼りになるのはiPhone付属の「マップ」である。私は住所を入れ、マップの示す道を辿って目的の病院に着いた。午後3時20分頃である。

「すみません。午後4時にS院長にお約束がある大道です」

と窓口の女性に声をかけた。

「えっ、Sですか? 午後4時に?」

彼女は怪訝は顔つきである。あんた、聞いていないのか。ご本人と約束したのだから、間違いはないのだ。

「少しお待ちください」

と彼女は引っ込んだ。しばらくすると、まだ40代と見える医師が顔を出した。

「どういうご用件でしょうか?」

「あのう、セカンドオピニオンを求めてきたのですが」

「当院はセカンドオピニオンはお引き受けしておりませんが」

「ええっ! あなたはS先生ではありませんか?」

「違います」

えっ、そんなことってあるのか。googleで検索して出て来た病院はここだけだぞ。なにが間違っているんだ?

「ひょっとしたら病院名が違ってる?」

とんでもないことに思い当たった。セカンドオピニオンを求めるため、桐生の病院で受け取ってきた資料が入った封筒には、この病院の名前とS院長の名前が書いてある。ということは、この資料を作ってもらうために桐生の病院に行ったときから私が病院名を間違っていたことになる。
それにしても、私が行かねばならないのは何という病院なんだ? はなから間違った病院名を覚え込んでしまったらしい私の頭には、いくべき病院の名前が残っていない!

あわてた。もう3時半である。約束の4時まで時間がない。どうする?

切羽詰まれば何らかの知恵は生まれるものだ。そうだ、この院長を私に紹介してくれたSさんにすがろう。その場で私はSさんに電話を掛けた。

「ああ、大道さん、どうしました?」

「Sさん、いまセカンドオピニオンを求めに高崎まで来てるんですが、私が行かねばならない病院って、何という病院でしたっけ?」

Sさんはあっけにとられたようである。大道が痴呆になった?

「どうしました?」

「いや、実はS院長がいらっしゃるのは〇〇病院だと思い込んで、その〇〇病院に今いるんですが、私を知らないとおっしゃる。さては病院名を間違って記憶したかと思いついたんですが、思い込んでいるぐらいだから正しい病院名が記憶にないんです。私はどこに行けばいいんでしょう?」

恐らくSさんは呆れ果てたはずだ。こいつ、自分の間違いを正確に説明できるから痴呆ではないらしい。しかし、いずれにしても大馬鹿者であることには間違いない。Sさんには、私に関するそんな正しい認識が植え付けられたのではないか?

Sさんに行くべき病院名と電話番後を教えてもらい、私は車を巡らせた。幸い、約束の4時になんとか間に合った。

初めてお目にかかったS院長は、痩身、小柄で笑みを絶やさないお医者さんであった。セカンドオピニオン用の資料を渡す。

「はあ、なるほど。MRIの画像を見ると、前立腺は少し肥大していますね」

はい、それは分かっております。

「あのね、いいですか。前立腺でステージ7ということは、がんであるかないかが分からない境界領域にあるということです。だからがんであるかも知れないし、がんではない『がんもどき』であるかも知れません。いずれにしても、前立腺がんで死ぬ人はいません。大丈夫です」

いや、そんなことをおっしゃっても、事前に送っていただいた資料では、10年生存率は97.98%とありました。死なないわけではなくて、死ぬ人が極めて少ないと言うことではないですか?

「いや、死ぬ人はすでに骨に転移している人です。転移のないあなたは立派に多数派、生き残り組です。そもそも、すでに骨に転移していればPSA値は50とか100に跳ね上がっています。あなたはそうではないでしょ?」

なるほど。少し安心しました。
ところで先生、あなたが私の立場だったらどんな治療をされますか?

「私もPSA値が8.5ありましたから、あなたと同じ立場です。でも、治療は何もしません。PSA値すら最近は見ません。無視です。あなたにも同じことをお勧めします」

治療なし、か。

「そもそもね、PSA値って当てにならないということで、いまそんな検査をしているのは世界で日本だけですよ。ここまで世界の最先端の知見を無視する日本の医療って、おかしいのです」

自信を持ってそう断言された。
だが、自信の裏付けは何なのだろう? 頂いた100本近い文書は全て目を通した。S院長の1つ1つの主張の裏には世界中の学術論文があることは承知している。
しかし、だ。学術論文とはいえ、中にはいい加減なものもある。

「STAP細胞はあります!」

と可愛らしいリケジョがテレビカメラの前でいくら力説しようと、STAP細胞はなかった。彼女も学術論文を書いていたはずである。
だから、自分の考えに沿う学術論文を探そうと思えば、いくらでも見付かるはずだ。トンデモ論文でも論文であることには違いないのだから。
そこでS院長、あなたが根拠とする学術論文は、どうやってトンデモ論文を排除しているのですか?

「はい、それは」

とS院長は語り始めた。

①製薬会社の紐付きの論文は相手にしない

②論文が発表された媒体を見る。信用できるのは英国の研究者集団が出しているものと、米国の研究者団体が出しているもの。

ここで追究をやめる私ではない。

あなたはそのような雑誌を定期購読しているのですか?

「いまはWebで読めます」

有料サイト?

「いや、無料です」

であれば、出版事業が成りたつはずはないではないですか。

「もちろん、スポンサーがついています。製薬会社ですけどね」

だったら、製薬企業の紐付き研究と何が違うのですか?

「あとは自分の頭で判断するしかありません」

医学の最先端を我が物にするとは、そのような難しい仕事らしい。S院長は毎日、少なくとも3時間を世界中の論文を読むことで費やしているとおっしゃった。

「ところで」

とS院長は言葉を継いだ。

「実は当院には、日本に2台しかないMRIがあります。この機械はがん細胞のなかのクエン酸濃度を検出できます。一般の細胞はクエン酸サイクルでエネルギーを創り出すのですが、がん細胞にはその能力がありません。だから、がん細胞のクエン酸濃度はずっと低くなります。クエン酸濃度を検出できるこのMRIを使えば、生検よりずっと確かに、がんであるかどうかを判断できます。やってみませんか?」

えっ、あんな思いまでして前立腺の細胞を採ったのに、がんがあるかどうかの判定はそんなに不確かなのですか?

「ええ、細胞を顕微鏡で覗いても、私たちでも確かな判断はできません。私たちの間では、がんかどうかは『顔つきを見て決める』っていうんです。いえ、あなたの顔つきではありません。がん細胞の顔つきです。そして、どうしてもがんかどうか分からない時は、『がん』と判定するのが多くの医者です。だって、がんじゃありません、といった後でその患者ががんで死んだら、医療過誤で訴えられかねない。『がんです』といっておけば、その患者が行き続けたときは『あなたは幸運です』とか『治療の甲斐あって』とかいろいろいえるでしょ? ま、医者の保身、ってやつです」

なるほど。マスメディアと一緒で、いつもオオカミ少年でいた方が安全なんですね。

「ところで、MRI、どうします? これ、保険が利かないのでご負担が増えますが、できればやっておいた方が安心できると思いますが」

ふむ、やっぱり『がんもどき』だったと分かれば安心もしようが、万一がんと決まっても安心できるかどうか。
でも、おいくらぐらいなのですか? 私、年金生活者なので。

「ええ、保険が効かないので2万円頂くことになります」

2万円!

「わかりました。その程度なら、逆立ちすれば払えないこともないと思います。やりましょう」

話はトントン拍子に進み、何と、明日30日、再びこの病院に行ってMIRの検査を受けることになった。乞うご期待、である。

それにしても、だ。このところ医者にばっかりいっている。昨日は以上の通りで、明日は再びこの病院に行き、午後4時は桐生市の歯科。翌31日は埼玉まででかけて2つ目のセカンドオピニオンを求めてくる。

医者通いが日常化する。73歳とはそのような年齢である。