2023
04.11

見てみたかったなあ……

らかす日誌

桐生でプロジェクトがひとつ潰れた。残念である。

桐生が誇る刺繍作家、大澤紀代美さんが今月、エリック・クラプトンの日本公演に出向く。だからだろう、大澤さんのアトリエに行くと、クラプトンの曲がかかっていることが多い。

せっかく武道館まで出向いてクラプトンを堪能する。大澤さんはちょっとしたアイデアを思いついた。クラプトンの肖像を刺繍し、彼にプレゼントしようというのである。大澤さんは世界で初めて刺繍で肖像を描いた作家である。19歳でキム・ノバックを手がけたあと、人に頼まれてリンカーン、ジョン・F・ケネディ、田中角栄、村山富市、力道山など、そうそうたる方々を刺繍で描いてきた。

桐生出身でUDO音楽事務所の元社長、T氏に話したところ、大乗り気。しばらく前、クラプトンの写真集、クラプトンが使ったギターの写真集、ジャケット写真などを抱えてT氏が大澤さんのアトリエを訪れ、どれにするかの検討会があった。

たまたま私も同席したのだが、T氏によるとクラプトンは自分顔が出るのを嫌うのだそうだ。 人前に出して恥ずかしい顔とは思わないが、そこは個人の自由である。私は2000年前後のクラプトンが一番魅力的だと思うが、顔を出せないのならどうする? そんなこんなを考え合わせて、

「これにしよう」

と決まったのは、のけぞりながらギターを弾くクラプトンだった。これなら顔がもろに出ることもないし、クラプトンご愛用のギターもたっぷりと拝める。

という運びで、クラプトン来日を目前にしたいま、大澤さんは自宅に引きこもって肖像刺繍を仕上げ、公演当日、武道館に詰めているT氏に渡してクラプトンに贈ってもらうはずだった。
ねえねえ、あのギターの神様が、桐生の地で大澤紀代美さんが横ビリミシンに向かって描き出した肖像を身近に置く。これって、凄いことだと思いませんか?

「あのね、ニュースがあるの」

昼過ぎ、大澤さんから突然電話が来た。ニュース? 何だろう?

「クラプトン、やめた、縫わない」

ん? 何があった?

「Tさんから電話があって、クラプトンは一切贈り物を受け取らないんだって。だから、私が縫ったってクラプトンに渡せないのよ。それじゃあ縫う意味ないからね。聴きに行くだけにした」

ほう、エリック・クラプトンとはそのような人であったか。ファンからの贈り物は一切受け取らない。己に厳しい人である。

ま、それはやむを得ない。だが、見たかったなあ、刺繍になったクラプトン!

「ねえ、大澤さん、だったら縫い上げて自分のアトリエに飾っておけばいいじゃない。俺は見たい。縫いなさいよ」

私は思いを素直に伝えた。

「だめ。縫わない。やめた」

ふむ、折角燃えていた製作意欲が一度水を差された。消えた火は、再点火できないのが作家というものなのかもしれない。

ああ、でも見てみたかったなあ……。