2023
05.26

私と朝日新聞 記者以前の7 裁判所にデモに行った

らかす日誌

入学した途端に始まった全学バリケードストライキは半年後に機動隊の導入でバリケードが撤去され、形だけは平穏な学園が戻った。しかし、バリケードを解かれたぐらいで一度燃え上がった火が消えるわけはない。目前に70年安保が迫っているのである。満足に授業もなく、私はほんの少しの授業に出て、生活費を稼ぎ出すためのアルバイトをこなし、ベ平連に顔を出し、デモに出て集会に参加し、残る時間は何故か大学生になると同時に大好きになった読書に浸っていた。

当時の私は活字中毒だった。ある日、学内の生協を覗くと、何だか読みたくなる本に出会った。財布を開くと500円少々しか入っていない。その本の価格は確か350円ほどである。

「ありゃー、これは本を買っちゃうと、明日の朝飯が食えないぞ」

瞬時迷った。しかし、この本はいま私が買わねば誰かに買われてしまうのではないか? そうなったら、俺はこの本に目を通す機会を永遠に失うのではないか?
そう思うと、もうダメである。私は勇気を振り絞ってその本を買ってしまったのである。

私は、下宿代を含めた生活費は総てアルバイトで稼いでいた。家庭教師、ガソリンスタンドの給油員、ゴルフのキャディー、貨車からの荷物の積み降ろし……。親には授業料の毎月1000円だけは負担してもらっている。それ以上の負担に耐える財布を、残念ながら私の両親は持ち合わせていなかった。であれば、自分で稼がねば命を繋ぐことすらできないのである。
それなのに、

「本なんて、買わずに図書館で読めばいいじゃないか。そうしたら翌日の朝飯も食える」

という考えは全く浮かばなかった。自分で読む本はお金を出して買うべきである。何故かは分からないが、そう信じて疑わない私だった。これを活字中毒といわずして何というか。

そんな私はある日、友人に法廷デモに誘われた。何でも学生運動で逮捕され、起訴された仲間の裁判が開かれる。不当裁判だから裁判所の中庭でデモをし、その後法廷に入って傍聴する。どうだ、お前も来ないか?

考えてみれば、弁護士になろうと考えながら、まだ法律書は読んだことがないし、裁判なるものを見たこともない。そうか、逮捕・起訴された学友を支え、あわせて裁判なるものを見物できるのならいい機会ではないか。
私も行くことにした。これも、後々進路変更をかんがるきっかけの1つになった。

参加者は20人ほどだったと記憶する。裁判所の中庭で隊列を組み、ジグザグデモを展開する。いま思えば、なんでこれが逮捕された学友の役に立つのか不明である。判決や量刑が、裁判所内で繰り広げられる少人数のデモに影響されるはずがないのだ。せいぜい、たった1人、被告として法廷に立つはずだったのが、

「あ、俺、ひょっとしたらひとりぼっちじゃないのかも」

という気持ちの安らぎを得られるのがせいぜいだろう。ま、それでも役に立たないわけではないか。

余談だが、このデモの最中、私の数人前にいた学生のポケットからタバコが落ちた。ハイライトだった。

「あとで返してやろう」

と拾い上げてポケットに入れ、デモ後の集会で

「これ、誰のタバコだ?」

と呼びかけたが、誰も自分のものだと申し出ない。行き場を失ったハイライトをやむなく下宿に持ち帰って机の上に置いた。封を切って2、3本しか吸われていない。
それまで私は、タバコを吸いたいと思ったことはない。金にゆとりが出来れば酒を飲みたいとは思ったが、タバコには全く関心がなかった。
それなのに、である。目の前にハイライトがある。さて、これをどうしよう? 捨てるか? もったいないなあ。
そんなことを考えているうちに、

「そうだ、俺はまだタバコを吸ったことがない。タバコとはいったいどんな味がするのか。何故みんな吸っているのか。吸ってみなければ分からないじゃないか」

との思いが沸き上がったのである。いわば、知的好奇心に駆られて、私はハイライトに火を点けたのであった。

最初は、この1箱を吸い終わったらタバコにバイバイするつもりだった。だが、残り2,3本になると、考えてしまったのである。

「ハイライト以外にも、ピース、ホープ、ショートホープ、いこい、若葉、なんてタバコがあるぞ。親父が吸ってるのは朝日だ。よし、全部の種類を一通り吸ってみよう。辞めるのはそれからでいいんじゃないか?」

当時私は20歳であった。あれから54年近くタバコを吸い続けることになるなど、当時の私の計画にはなかったのだ。
それにしても、貧乏学生の私に、タバコを買う金がよく用意できたな……。

話を元に戻す。
初めて見た裁判は、ちっとも面白くなかった。正面に裁判官が座って一同を見おろし、検察官と弁護士が交互に発言する。テレビで見たことがある裁判ドラマでは、検察、弁護双方が言葉の技術を尽くして自分の主張を展開する白熱した舞台なのに、目の前に或る裁判には全く熱気がない。

「書証1号から7号までは不知」

などとボソボソとした声が聞こえるだけである。これは戦いというより事務手続きではないか。いまここでは、不当逮捕された学生を自由の身に戻すべく、弁護士が闘っていなければならないのに、こんな事務手続きみたいなやりとりしかしないの?
弁護士という仕事が、何だかつまらなく見えてしまったのである。俺、大学を出たらこんなつまらない仕事を一生やるのか?

いまの私が当時の私に会ったら、

「バカヤロウ! お前が見たのは裁判の入口だけだ。裁判が先に進めば、知恵と知識を総動員して相手方の論理を打ち破る。それが弁護士の仕事だ。群盲象を撫でるような判断をするとは情けない……」

と叱りつけるはずである。だが、当時の私を叱りつける人はいなかった。裁判が終わると私は

弁護士とは退屈な仕事らしい

という認識を持って下宿に戻ったのである。

もっとも、だからといって、その場で弁護士になる希望を捨てたわけではない。仕事としては退屈でも、結果として弱い人、貧しい人の助けになることが出来るのなら、退屈を引き受けなければならないだろう。自分で自分をそう納得させていた。

うん、こう振り返ると、何だか

若者=馬鹿者

という公式を、当時の私が身をもって証明してしまったような気がするなあ。
いや、新聞記者になったことを公開しているわけではないが。