2006
07.19

2006年7月19日 日経さんよ

らかす日誌

今朝の日本経済新聞1面のコラム「春秋」に、こんな一節があった。

「問題の湯沸かし器の製造元、パロマ工業は、修理業者による改造が事故原因として、公表もせず、対策もなし。社会的責任について自覚ゼロの荒涼とした企業風土が透けて見える。ここでも疑問なのは、明らかに変死を遂げた犠牲者について、当局はどんな検死をしたのかという点である」

論理的一貫性と社会的良識に欠けたトンデモコラムである。

この一節にいたる文章は、秋田の連続殺人事件で、警察が初動捜査を怠って第2の殺人事件を起こしてしまったことを批判している。その通りだ。
この一節に続く文章は、湯沸かし器による変死者が出始めた1980年代に警察がまっとうな捜査をしていれば、その後の事故は防げたはずだと述べる。これもコラム氏の主張は納得できる。
なのに、この一節だけが変なのだ。パロマ工業を悪の権化とした点で。

まず、論理が乱れている。警察の手抜かり、怠慢と、パロマ工業の非(があるとして)がどう結びつくのか? コラム氏の頭の中では論理がつながっているのかもしれない。しかし、私には論理がつながらない。
こういうのを独りよがりの文章という。

それはまだいい。私だって独りよがりの文章をどこかで書いているかもしれない。どうしても納得できないのは、パロマ工業を悪の権化でもあるかのように表現していることである。

パロマ工業のガス湯沸かし器で一酸化炭素中毒事故が発生した。これは事実である。当初パロマ工業は、事故の原因は安全装置が不正に改造されていたためで、製品の欠陥ではないとして謝罪しなかった。
18日になって、パロマ工業として事故を調べたところ、経済産業省から指摘されたもの以外に10件の事故があり、合計で27件になったこと、14件は不正改造だったが、残りの13件は不正改造とは関係なかったことを公表し、初めて謝罪した。社長は責任を取って辞任する意志を漏らした。
経済産業省ですら把握していなかった事故の全貌を、パロマ工業は自力で解明し、しかも公表した。立派な企業姿勢である。

当初指摘を受けた段階では、事故の原因は安全装置の不正改造であり、メーカーには責任がないと判断した。だから記者会見はしたが、謝罪はしなかった。自動車メーカーが、不正改造が原因で起きた事故に責任を取る必要がないのと同じである。むやみやたらと「社会的責任」などといって訳の分からない謝罪する企業に比べれば、すがすがしささえ感じる。
ところが、連続した事故を自力で再調査したところ、事故の原因は不正改造とばかりはいえないことが分かった。だから謝罪し、社長が責任を取る。これも当然のことで、部下に責任を押しつけて見下回る経営者が目立つ昨今、爽やかである。

このどこに、コラム氏は「社会的責任について自覚ゼロの荒涼とした企業風土」を見たのだろう? 私には理解できない。

不確かな記憶だが、この事件発生当初から、メディアはパロマ工業に辛くあたった。不正改造が原因で製品には問題はなかったとして謝罪しないパロマ工業を批判した。そのころから私は、なぜパロマ工業が責められなければならないのか、理解できなかった。この時とばかりに責め立てるメディアに、

 「おいおい、もうちょっと良識を持ったらどうだ? パロマ工業がいっていることの方が筋が通ってるじゃん!」

と思い続けた。
何かが起きると、良識を欠いたメディアが、ここを先途とばかりに叩きまくる。いまやメディアは、総体として良識に欠けるようである。
叩かれた方は、なぜ自分が叩かれなければならないのか理解できないが、叩かれていることだけは分かる。それが度重なると、またやられるのはイヤだから、何かことが起きても隠し通せる間は隠し続ける。無責任なメディアの企業叩きはいま、世の中をそんな風にしてないか?
なにやら、戦争中の「非国民」叩きに似た構造を感じ取るのは、私だけだろうか。

しかも、だ。本当にパロマ工業に責任があった事故を発掘し、公表したのはパロマ工業である。経済産業省でもない。警察当局でもない。ましてや、メディアの腕利き記者でもない。パロマ工業自身なのだ。この事実は重い。パロマ工業には「社会的責任について自覚ゼロの荒涼とした企業風土」が、本当にあるのか?

当初、パロマ工業を叩いたのに、パロマ工業は謝罪しなかった。生意気な会社だ。と思い続けていたら、パロマ工業自身が、自らに責任がある事実を公表した。

「ほら、見ろ。やっぱりお前は悪人だったではないか」

と胸をなで下ろしながら居丈高になっているメディアの姿が、それこそ透けて見える思いがする。

無論、パロマ工業にも課題はある。これほどの短時日で事故の全貌を把握できたのだから、27件の調査データはすでに社内にあったに違いない。うち13件はパロマ工業に責任があるかもしれない事故である。この調査データが、社内でどのように取り扱われていたか、である。
一連の流れを見る限り、このデータに基づいた事項防止策は採られていない。そして、自ら公表して責任の取り方にも触れた社長には、これまで報告されていなかった、と見るしかない。
恐らく、担当部署が隠していたのだろう。人命に関わる重大な事故である。なのに、調査データを見て見ぬふりをしてきた担当部署の責任は限りなく重い。

今回の事故で、これから2つのことを見ていきたい。

・パロマ工業に責任がある死亡事故に対して、パロマ工業がどのような対応を取るか。
・調査データを隠蔽してきた責任者に、どのような対応を取るか。

この2点に、パロマ工業の企業姿勢、再発防止に向けた姿勢がかかっている。

にしても、我々は何というメディアを持ってしまったことか、と嘆きたくなることが多いなあ。