12.23
2006年12月23日 キヤノン
キヤノンが政治献金するんだってさ。これまでやったことがなかったのに。だからものの理屈が分かった人たちから評価されていたのに。
あーあ、
ブルータス、お前もか
ってのは、こんなことを言うんかい?
いや、政治献金は悪、なんてことを言うつもりはない。献金している企業の偉いさんから、
「我々だって、100%いいことだと思ってやっているわけではありません。だけど、我々まともな企業が献金しなかったら、喉から手が出るほど金がほしい自民党は、いかがわしい企業から金をもらうに決まっています。政治が汚れます。我々が献金した方が、まだましなのです」
と説明されたことがある。それこそ、その言い分を100%認めるわけではないけど、理屈はそれなりに通っていると認めざるを得ない。私だって、永田町に巣くっている人たち、金、金、金の世界で生きている人たちの大同団結を見たくはない。
だから、政治献金の是非は、この際横に置く。
あらまあ、と思ったのは、キヤノンだ。
キヤノンが政治献金をせず、政治の世界と距離を置いてきたのには、それなりの企業理念があったはずだ。デジキャスでともに働いたキヤノン組から聞いた話では、キヤノンは官庁とも距離を置いてきた。1円入札などばかげた手法で何とか官庁に食い込もうとする他社を相手にせず、もっぱら民間でシェアを広げてきた。
政治や行政の力を頼る安易な企業に背を向け、技術、デザイン、営業力などで企業の実力を磨き続けた。立派な企業理念がいまのキヤノンを作った。何かといえば政治や行政に寄りかかる数多くの企業に、爪の垢を煎じて飲ませたいものだと思ってきた。
なのに、何故政治献金を始めるのか?
どう考えても、理由は一つしかない。
御手洗富士夫会長が日本経団連の会長におさまったためである。
経団連は、一時企業献金をやめた。だが、2004年、奥田碩会長の下で再開した。御手洗氏は2年後の2006年、奥田氏の後任として就任した。
御手洗氏が後継候補に挙がったとき、意外感に襲われた。キヤノンはもともと地味をモットーとする会社で、本社はいまでも東京のはずれ、下丸子にある。財界活動にも熱心ではなかった。その会社の社長(当時の御手洗氏)が財界総理になる? 絵として、どうにも構図が決まらなかった。ちぐはぐなのである。それに、キヤノンの後任社長もあやふやだった。
違和感の根底には、キヤノンが政治献金に手を染めていなかったことがあった。政治献金の再開を決めた経団連会長が、そんな企業のトップを後継に選ぶはずがない。
だが、御手洗氏は経団連会長になった。キヤノンは御手洗氏個人のために政治献金を始めるのか? まさか……。まさかが本当になった。
キヤノンに何が起きたのか? 奥田前会長に説得されて、あるいは、先に紹介した「政治献金の理」に賛同して、長年献金をしなかった非を悔い、新たな道に踏み出したのか?
私は意地が悪い。意地が悪い男の目から見ると、違った絵が見えてくる。
金が貯まり、地位ができ、女を喜ばせる能力を失った男が最後に求めるのは名誉だそうだ。どれにも無縁の私には想像するしかない世界だが、キヤノンの政治献金開始を知ると、やはりそういうものかと思う。
キヤノン丸の方向を変えたのは、ワンマンといわれた御手洗氏の個人的名誉欲だったのではないか?
そうではないことを願う。だが、もし、私のやぶにらみが的中していたら?
いずれ御手洗氏は経団連会長の座を離れる。だが、だからといってキヤノンは政治献金をやめるわけにはいくまい。一度始めた献金をやめるのは限りなく難しいのである。かくしてキヤノンも、凡百の政治献金企業と横並びになる。長年守り続けてきた尊敬すべき企業理念を、たった1人の男の名誉のために捨て去ったキヤノンはどこに行くのか? やがて業績にかげりが出たら、永田町に、霞ヶ関に泣きつく哀れな企業になりはてるのか?
我が家のプリンターはキヤノン製である。長年使ってきたエプソンから切り替えた。つい最近、キヤノンのデジタル一眼レフ、EOS Kiss デジタルX ダブルズ-ムレンズキットも買った。いまや立派なキャノンユーザーである。
だからではあるまいが、闇雲に企業減税を主張する御手洗経団連の動向とともに、キヤノンのこれからが気になって仕方がない。