10.09
2007年10月9日 メロンパン屋さん
唐突だが、あなたはエリック・クラプトンをご存知だろうか?
唐突だが、あなたはエリック・クラプトンがお好きだろうか?
恐らく、我が日誌をお読みいただいている方の中にも、クラプトンをご存知の方、クラプトンをお好みの方、はきっといらっしゃるはずである。だけでなく、
「クラプトン? 何か分からないことがあったら私に聞いてよ。クラプトンファンということでは、人後に落ちないという自負があるんだけどさぁ」
とおっしゃる、通の方もいらっしゃるのでは、と期待する。
そう、想像するのではなく、期待する。
その方々にお尋ねしてみたい。
あなたは、そのクラプトンにメロンパン屋さんの歌があるのをご存知だろうか? えっ、と思われるかもしれないが、あるのです。もしご存じないとしたら、あなたは通と胸を張り続けることができますか?
7日の日曜日から今日まで、妻と四日市まで出かけてきた。彼の地に暮らす長女を訪ねたのである。いや、訪ねたのは長女ではない。その檀那でもない。2人の一粒種、啓樹に会いに出かけたのである。
啓樹は全身全霊で歓迎してくれた。我々の顔を見るなり、
「エギギ、グギギ、パオ、モワー」
などという、製作・育成責任者である娘夫妻にも解読不能な宇宙語で出迎えてくれた。いや、分からないのは娘夫妻だけである。ひょっとしたら、我が妻にも分からなかったかもしれない。だが、私には分かる。
啓樹は、体の奥底から抑えようもなくわき上がってくる喜びを、なんとか言葉にして伝えようとしたのである。そのようなとき人は、言葉を失う。自分でも制御できない感情は、叫び声として外に出るしかない。
たとえその喜びが、欲しかった玩具を買ってくれる人物がやっと登場したことによってもたらされたものだとしても、歓迎された我々2人の喜びが減じるものではない。
その日、近くのトイザらスに赴き、「すいすいETCドライブ」「高速道路にぎやかドライブ」を購入した。啓樹の興奮はいや増した。私の喜びも高まった。減じたのは、私の財布の中身だけである。
いや、いつものように横道にそれた。話を本筋に戻そう。
「ママ、メロンパン屋、聞きたい」
昨日の午後、啓樹が言い出した。
「メロンパン屋の曲? フーン、子供向けにそんな歌があるのか」
普通はそう思う。私もそう思った。が、娘が取り出したのははエリック・クラプトンのCDだった。
「確か、これだと思ったけど」
そういいながら、クリスキットのアンプに火を入れ、CDプレーヤにセットした。啓樹の目が輝いたのは5曲目だった。
「メロンパン屋、メロンパン屋」
とCDに合わせて歌い、ついには、この夏買い与えた子供用のストラップ付きギターを取り出し、左手でフィンガーボードを押さえ、右手で弦をかき鳴らしながら、
「メロンパン屋、メロンパン屋」
と歌い始めた。
なるほど、そういわれれば、クラプトンは確かに、
「メロンパン屋、メロンパン屋」
と歌っている……。
娘が取り出したのは、1983年にクラプトンが出したアルバム、「Money and Cigarettes」である。5曲目は、「Man Overboard」。その中で繰り返されるフレーズに、
I like a man on fire, man on fire, a man overboard
という一節がある。この 「man on fire」が啓樹の耳には「メロンパン屋」に聞こえる。いや、啓樹の耳にだけではない。私の耳にも、そう聞こえてしまう。クラプトン、ひょっとしたら発音が悪いのかもしれない。
「おい、啓樹はなんでこんな曲を知ってるんだ?」
娘に聞いてみた。
「車でCDを聞いてたのよ。そしたら、1回聞いただけでこの曲が気に入ったみたいで、『メロンパン屋の曲』を何度もリクエストされたのよね」
啓樹、2歳と10ヶ月足らず。サザンを好み、ビートルズを敬愛し、クラプトンを聞きこなしてギターを片手に「メロンパン屋」を歌う。音程は、驚くほど正確である。
「この子は大変よ。才能はどこまでも伸ばしてやりたい」
という妻は、単なるババ馬鹿である。
私・ボスは、音楽を楽しむゆとりを持った人間に育ってもらいたいだけだ。啓樹には可能性がある。その芽が素直に育ってほしい。
で、今朝啓樹と分かれて、夕方横浜の自宅に着いた。
「啓樹も横浜行く」
とぐずっていた啓樹は、
「ママがいなくて眠れる?」
という娘の脅しに屈して同行しなかった。
帰りの高速道路は、今日から始まった集中工事期間であちこちで渋滞した。それでものんびりと運転できたのは、おそらく、私の頭の中で「メロンパン屋」のメロディが何度もリプレイされたのと、ぐずる啓樹の姿が脳裏に鮮明だったからである。
自宅に戻り、「Money and Cigarettes」を引きずり出して5曲目の「Man Overboard」を3度聞いた。
何度聞いても「メロンパン屋」と聞こえた。
老いては子に従え、か?