2007
11.17

2007年11月17日 オーブンレンジ

らかす日誌

「何か、レンジが焦げ臭いのよね」

妻がそんなことを言い始めたのは。確か2週間ほど前の朝のことだった。

電子レンジが臭う。任せなさい。私は、臭う電子レンジのプロである。何しろ、臭わないレンジを臭うようにし、その臭いを取るのに努力を傾けた経験があるのだ(事実関係は、「グルメらかす 第18回:ステーキ」をご参照ください)。

プロを身内に飼っている。妻は幸せ者である。

 「食べ物の臭いが庫内にこびりついているのだ。まず庫内を綺麗にしなさい」

通常は、この一言で問題は解決するはずである。

次の朝だった。また妻が言った。

「掃除したんだけど、やっぱり臭うのよね」

ふむ、なかなかしつこい臭いである。だが、これも経験済みである。プロとは経験の固まりなのだ。

「茶葉を器に入れて、レンジを回しなさい。使う器は陶器を避けるように。陶器だと、釉薬が溶けて茶葉の色素が陶器に染みこむから」

経験済みの失敗である。失敗の積み重ねもプロになる条件なのだ。

これですべて問題は解決したと思っていた。

「ねえ、レンジ、どうしてくれるの?」

今朝の食事時、唐突に妻が言った。唐突さは妻の最も得意とするところである。今回の唐突さは、まだ理解の届く範囲だった。

そうか、まだ臭うか。であれば、別の原因を疑わなければならない。庫内に原因がないとすれば、疑うべきは電源部、発熱部である。ここに埃が入り込み、通電するたびに埃が焦げて焦げ臭い臭いを出す。電気製品にはよくあることだ。であれば、妻には対処できない。いよいよプロの出番である。

朝食を終え、作業に取りかかった。

電子レンジ(東芝オーブンレンジ ER-FX1)を設置場所から作業のしやすいダイニングに移した。工具箱を持ち出し。プラスドライバーで裏蓋、全体を覆うカバーを固定しているねじをはずす。電源部を見るためである。

ねじをすべてはずし終え、裏蓋、カバーを取り去った。基盤が見えた。ファンが現れた。後はなにやら見当もつかない部品が並んでいる。まあ、部品の見当がつかなくても、埃を取り去るぐらいの作業はできる。

が、おかしい。埃はほとんどない。埃が原因ではなかったのか?

まあ、ほんのわずかな埃でも、臭いの原因にはなりうる。せっかく裏蓋をはずしたのだ。埃はできるだけ取り去っておいた方がいい。

作業を終え、裏蓋を取り付け始めた。その時、ふとしたことに気がついた。

庫内の天上に沿って、パイプが走っている。カバーをはずした状態で上から見ると、そのパイプは金属製の板で覆ってある。そうか、オーブンレンジだから、このパイプはヒーターに違いない。中には電熱線が走っているのであろう。ここに埃が入り込めば、通電するたびに焦げ臭い臭いがするはずだ。

私は、金属製の板を取り外す作業に取りかかった。数本のねじをはずし、板を取り去った。ん? 少なくとも、目で見た限りでは埃は見えない。埃はどこだ? 臭いの元はどこにある?

念のため、パイプを点検した。数カ所にこびりついたものがある。これは臭いの元になりうる。できるだけ綺麗な状態にしておいた方がいい。水を含ませた布巾でパイプの清掃に取りかかった。

パキン!

えっ?!

パイプが、割れた。パイプは、このパイプを庫内から外に出すための穴に一部が引っかかっていた。そこに、わずかな力を加えた。折り曲げられる格好になったパイプは、その物理特性に従って破砕した。現象的にはそれだけのことである。

だが、生活の一局面では、それだけのことではすまない。

「あれ、部品が折れちゃったよ」

そういいながら、思わず妻の顔を覗き込んだ。罵声が飛んでくるのを覚悟した。

「これ、もう使えないな。新しいのを買うしかないようだ」

恐る恐る言葉を継いだ。妻の口からは、何の言葉も出なかった。しばらくしてぽつりと言った。

「オーブンはいらないから。暖めるだけのシンプルな電子レンジでいいから」

この電子レンジは、一人息子が結婚する際、不要品として我が家に残していった。長男は10年近く1人暮らしをしていた。

そうか。このオーブンレンジ、かなりの年代物だ。修理するはずが、廃家電にしてしまった私に罵声が飛んでこなかったのは、新しい電子レンジがほしかったからか……。

その時になって気がついた。妻は茶葉を使った臭い鶏を試みたのであろうか? そんな話はしていなかったが。

この2点に関しては、妻に確認の取材をしていない。いまさら、恐ろしくてお伺いを立てることもできない。

だから、この2点は私の勝手な思いこみである。

にしても、である。

プロの道は厳しい。また失敗の経験を積み重ねてしまった。いつになったら、失敗のない立派なプロになれるのであろうか?

とりあえず、イチローでも4割は打てなかったのだ、と自分を慰めておく。

なお、これをお読みになった皆さんには、決して真似をされないようアドバイスしておく。下手に真似をして家族の冷たい蔑みの視線を浴びるのはお避けになるのが、精神衛生を健康に保つには必須であると愚考する次第である。