02.03
2008年2月3日 来客
今日は日曜日である。にもかかわらず、朝から雪が降って積もった。おかげで、長靴を履いて犬の散歩に行く羽目になった。雪に一言ぐらい文句を言いたくなる日である。
さらに、雪の日曜日にもかかわらず、来客があった。というか、人を招いた。話は1週間ほどさかのぼる。
「あのー、クリスキットを使っているんですけど、最近、プリアンプのボリュームに手を近づけるとブーンって音が出るようになりまして、触るとパワーアンプのスピーカー保護回路のヒューズが飛ぶんです」
そんな電話をもらったのは、1月26日土曜日の夜だった。こんな話は、できることなら願い下げにしたい。こちとら、自慢ではないが、小さい文字を読むのが不自由になっているのである。細かい手作業など、やる気にもならない。
が、話を聞いて気が変わった。なんでも8年ほど前、私が組み立てたのだという。そういえば、断り切れずに組み立てたヤツがあった。であれば、無碍に断るのも気が引ける。加えて、桝谷英哉さんのクリスキットで音楽を堪能してたのに、突然の不具合で途方に暮れている人の顔が見えてくる。なにしろ、クリスキットは販売をやめた。壊れたからといって、新しいクリスキットはもう手に入らないのである。
これは、何とかせずばなるまい。
「分かりました。とりあえず送って下さい。どうなるか分からないけど、とにかく見てみましょう」
私は、クリスキットを組み立てることはできる。だが修理のノウハウはない。修理をするには不具合がどこに発生しているか見極める深い知識と計器がいる。自慢ではないが、そのどちらも手元にないのである。
昨日、届いていた荷物を開いた。気は進まないが、引き受けた以上、責任は取らねばならない。
プリアンプの天板をはずす。はずしながら、どこが悪いのだろうと乏しい知識で考える。私が知っているクリスキットは、正常に動き始めれば壊れない。一度正常に動き始めれば、不具合が起きる箇所はないのである。
「だとすれば、どこかハンダの不具合か?」
黙視だけでは確認できないハンダ付けの不具合がある。だから、ハンダ付けしたあとは必ず引っ張ってみるのだが、引っ張り忘れた箇所でもあったか? それが、時の流れの中で本性を現したか?
天板を取り除いて、ハンダ付けした箇所を引っ張ってみた。抜けるところは一つもない。
「だとすれば、これが正常に動かないはずがない」
私のオーディオセットにつないでみた。異音は出ない。ボリュームに手を触れても、何も起きない。これは正常である。耐震偽装などが頻出する時代にもかかわらず、私の組み立て作業に手抜きはなかったことが証明された。
であれば、とパワーアンプを開封した。プリアンプにつなぎ、スピーカーに接続する。スイッチを入れる。プスッ、という音がした気がした。スピーカーからは何の音も出てこない。スピーカー保護回路のヒューズが飛んだのである。不具合は、パワーアンプにある。私はパワーアンプの組み立てに際して、手抜きをしたのだろうか?
ボンネットを取り去った。何のおかしなところもない。裏豚をはずした。大量の埃が出てきた。口で吹き飛ばし、中を点検する。何の異常もない。配線コードを引っ張っても、はずれるところは一つもない。こいつは正常に作動し続けてもいいはずだ。でも、さっきはヒューズが飛んだ。どこかに不具合がある。でも、どこに不具合があるのかわからない。これでは、手の下しようがない。途方に暮れた。
こうなれば、基本に戻るしかない。
まず、目で見て、光沢のないハンダ付け箇所をすべて暖めなおした。天ぷらハンダになっているかも知れないからである。できる作業はその程度だ。
そして基本に返る。組み立てたときのチェックをやり直すのである。
まず、電源部の電圧のチェックだ。30V。正常である。とすれば、不具合はそれ以降、2枚の基板にあることになる。とはいえ、トランジスタやら、コンデンサやら、抵抗やらが並んでいるのが基板である。どの部品が壊れているかなど、判断できるものではない。しかも、ヒューズは左右が一緒に飛ぶ。両方の基板の部品が同時に壊れるなどということはあり得ないことである。だが、ノウハウのない私は、こう考えるしかなかった。
「まあ、最悪の場合は、基板からすべての部品をはずし、組み立て直せばいいや」
次はDCバランスである。スピーカー端子にテスターを突っ込んだ。DCで0Vになれば正常だ。電源を入れる。ん? おかしな数字が出る。テスターが壊れたか? いぶかりながら、DCバランスを調整する半固定抵抗を回す。どんなに回しても、テスターの数値はいっこうに変化しない。何かが壊れてる……。
あ、そうか。ヒューズが切れっぱなしだった。これじゃあ、スピーカー端子に突っ込んだテスターに数値が出るわけがない。
ヒューズを取り替え、再びスイッチを入れる。0Vから少しずれたが、それに近い数値が出た。しかも判固定低抵抗を回すと、数字が変わる。
「正常ではないか!」
残るはアイドリング電流の調整だ。パワートランジスタのコレクタの配線をはずし、テスターにつなぐ。スイッチを入れる。正常に数値が出る。しばらく待って、100mAに調整し、電源を落とす。なんだ、基板も正常に動いてるじゃない。
さて、パワーアンプを組み立てる際、調整するのはこの3つだけである。この3つが正常であれば、パワーアンプは必ず正常に作動する。それが桝谷さんの教えであった。
「でも、このパワーアンプ、ヒューズが飛んだんだよな……」
自分の 知識とノウハウにいまいち自信が持てない私は、この結果に当惑した。修理を依頼されたのに、実はどこも修理をしていない。
しかし、私の限られた知識は、このパワーアンプは正常であるはずだ、と告げる。恐る恐るプリアンプにつなぎ、スピーカーに接続した。ソースにはiPodを使った。スイッチを入れる。iPodを稼働させる。
音が、出ない! ボリュームを最大にしても、スピーカーはウンともスンとも言わない!! えっ、やっぱり私には修理できない?
スピーカーに耳を近づけた。かすかにジーッというトランジスタノイズが聞こえる。ということは、ヒューズは飛ばず、パワーアンプとの接続は確保されているわけだ。
どうして、音が出ない?! ヒューズは飛ばなくなったのに、ほかのところを壊しちゃった?
もう一度、接続を点検した。iPodをRec Outにつないでいた……。
iPodの接続をやり直した。ちゃんと音が出た。でも、私は何もしていない。どうして正常に動くわけ?
というわけで、私は本日、私に修理を依頼した冒険者、というか世間知らずというか、お人好しというか、とにかく今津さんを招いた。
というわけ、というのは、今津さんの耳で、正常に作動していることを確認してほしかったのである。何しろ、修理を依頼されたものの、修理らしきことはやっていない。なのに、このまま送り返していいのか? そんな引け目があるから、我が家では正常に作動することを確認してもらいたい。確認の上で、我が家を出たクリスキットが正常に動こうが動くまいが、私の責任ではない!! 私は責任逃れをしようと思ったのである。
雪の中、愛車をかけって川崎駅まで迎えに行った。
今津さんはたいそう喜んでくれた。主にジャズを愛好する彼は、マル・ウォルドロンの「Left Alone」など3枚のCDを持参し、マルチアンプの我が家のシステムの音を楽しんでくれた。気分が良くなって、もう数年前から使わなくなっているカセットテープデッキを引き取ってもらえないかとお願いした。
最初は拒絶された。それはそうであろう。世の中は、すでにカセットテープの時代ではない。話をそらしかけたら。今津さんの瞳が光った。
「いや、あの」
これは桝谷さんと相談した結果買ったテープデッキである。CDからダビングしても、ほとんど音の劣化が分からないほどの優れものである。そうした私の売り込みが功を奏して心が動いたらしい。
「あれだった、頂いていこうかな、と」
願ったり叶ったりだった。喜んで差し上げた。もちろん、ロハである。如何に優れたデッキであっても、我が家では無用の長物と化しているのである。彼にいただいたのは、クリスキットの最低修理料3000円のみである。それも、私が修理をしたのかしなかったのか、内心忸怩たるものはあった。が、規定は規定なのだ。
3時過ぎ、今津さんを川崎駅まで送った。彼は所沢まで帰る。にしては、プリアンプ、メインアンプ、それにテープデッキとたいそうな荷物だった。
今津さん、ご苦労様でした。この日誌、読んで頂けましたか? 読んで、3000円なんて払いすぎたと思ったりしませんよね?
ところで、と考える。堅牢なクリスキットは何故に不具合に陥ったのか?
原因は2つしか考えつかない。
1つは、どこかのハンダが天ぷらになっていたことである。それが、たまたま私が暖めなおした箇所の一つで、従って全快した。が、これだと、左右のヒューズが飛んだ理由が説明しにくい。
だとすると、2つめだ。パワーアンプの裏蓋を取り除いたら出てきた埃である。こいつが湿気を吸い、どこかをショートさせていた。これが、いちばん納得の行く説明である。
とすると、今津さんは、たかが埃の取り除きに大枚3000円を払ったことになる。やっぱりもらいすぎだったかなあ。今津さん、ごめん!!
末永く、クリスキットで音楽を楽しんで下さい!!!
なお、本日の日誌は、「音らかす」をもう一度お読み頂ければ理解がグンと進むと思います。余裕と関心のある方は、音らかすを訪れていただければ幸いです。
ついでにもう一つ。私の力量はお読み戴いたとおりです。まかり間違っても、私にクリスキットの修理を依頼する人が再発してほしくありません。
ご自愛下さい。